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予想外の結果に終わったカンヌ映画祭

 終わってみないと映画祭はわからないもの。5月22日夜の授賞式は予想外の結果にプレスは唖然呆然。前日までプレスの星取表のトップを走っていたマーレン・アーデの『トニ・エルトマン(原題)』もジム・ジャームッシュの『パターソン(原題)』もペドロ・アルモドバルの『ジュリエッタ(原題)』も無冠に終わり、パルム・ドールに選ばれたのはケン・ローチの『アイ・ダニエル・ブレイク(原題)』で、ローチは2度目のパルム受賞だ。

 『アイ・ダニエル・ブレイク(原題)』は、心臓発作を起こして仕事ができなくなった大工のダニエル・ブレイクが、失業保険を申請しようとして人間味のない福祉行政に翻弄される物語。近年コンペ部門が常連で占められるようになり、その結果、作風よりはテーマの切実さに重きが置かれるようになっているようだ。昨年の『ディーパンの闘い』の移民問題に続いて、社会問題をテーマにした本作が高く評価されたのはその表れだろう。

 次席のグランプリは、グザヴィエ・ドランの『イッツ・オンリー・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド(英題)』に。エイズで亡くなったフランスの劇作家の舞台の映画化で、死を前にした作家が疎遠だった家族に別れを告げに来るという話を、劇作家ギャスパー・ウリエル 、母ナタリー・バイ、兄ヴァンサン・カッセル、兄嫁マリオン・コティヤール、妹レア・セドゥというオールスターキャストで描く。カンヌの申し子ドランは、今回もパルムを狙っていたのに次席に終わり、授賞式では感謝のスピーチをしていたが、その後の記者会見では明らかにがっかり顔。そんなにがっかりしなくても、まだ27歳なのだから、この後いくつでもパルムを狙えるだろうに。

 授賞式の中継をご覧になった方はご存知だろうが、今年は監督賞が2人に授与され、逆に2つの賞がダブって1人に授与されるという変則的な結果になった。これは審査員の中で評価が割れ、全員の意見が完全に一致しなかったことを表している。

 監督賞を分け合ったのはクリスティアン・ムンジウとオリヴィエ・アサイヤス。ムンジウの『バカロレア(原題)』は娘の大学入試を無事にパスさせようといろいろ手を回す父親を通してルーマニアの社会情勢を描いたもので、『4ヶ月、3週と2日』でパルムを受賞したムンジウの手堅い演出が見どころ。アサイヤスの『パーソナル・ショッパー(原題)』は、有名人の専任スタイリストのクリステン・スチュワートが霊能職者で、兄の霊と交流しようとする話と、雇い主の有名人の殺人事件が並行して描かれるホラーのようなスリラーのような不思議な映画。1つ1つのエピソードは面白いが、よく言えば実験的、悪く言えばまとまりがなく、何を描きたかったのか最後までわからなかった。審査員の中に盟友がいるので、誰が彼を押したのかは明らか。アサイヤスはカンヌの常連で、これまでコンペに4度出品していて受賞がなかっただけに、本当にうれしそうだった。

 一方、脚本賞と男優賞の2賞をダブル受賞したのがアスガー・ファルハディの『ザ・セールスマン(原題)』。主人公はアーサー・ミラー作「セールスマンの死」を上演中の夫婦で、引っ越したばかりの家で妻が何者かに襲われ、犯人を突き止めて復讐しようとする夫が意外な事実を知る物語と、上演中の舞台が交互に描かれる。『別離』や『ある過去の行方』で知られるファルハディらしい巧みな構成で見せる。

 女優賞は、覚せい剤の密売で逮捕された父母を助けようと汚職警官に渡すための裏金を何とか工面しようとする家族の一夜を描いたブリランテ・メンドーサの『マ・ローザ(原題)』で、タイトルロールの肝っ玉母さんを演じたジャクリン・ホセに。

 審査員賞の『アメリカン・ハニー(原題)』は、車でアメリカの田舎町をめぐりながら雑誌の購読料詐欺をして暮らすグループに加わる少女を描いたもの。今年の特徴は、ストーリーらしいストーリーがなく、ロードムービーのように状況の流れをそのまま撮ったような長い映画が多かったことで、この作品もその1本。主人公を演じた新人のサシャ・レーンのみずみずしい魅力が見どころ。彼女が心を寄せる先輩をシャイア・ラブーフが演じていた。