シネマトゥデイ

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17世紀オランダの天才画家フェルメールの肖像画をモチーフにしたベストセラー小説を映画化。天才画家フェルメールと、彼と運命で結ばれ絵のモデルになった少女のプラトニックでありながらも官能的な愛の物語『真珠の耳飾りの少女』で画家フェルメールを演じたコリン・ファースに役づくりや、キャスト、スタッフについて話しを聞いた。

Q.監督のピーター・ウェーバーがヨハネス・フェルメールの役を持って来た時、台本を読むなりすぐに、役を快諾したと聞きましたが?
コリン・ファース:小説はまだ読んでいなかったけど、とても新鮮だったんだ。大きな声ではいえないけど、たいていの台本と違い、内容がとてもまじめなものだった。この役は僕にとって、新たなチャレンジだったんだ。

Q.抑えた演技がかえって魅力的でしたが、フェルメールという天才画家を演じる上で、気をつけたことはありますか?
コリン・ファース:表面上いろいろなことが起こるわけではないから、演技は抑えたものになった。役をどう演じるかで変わってしまう繊細なドラマだからね。これはフェルメールの作品と似ているものがある。

Q:ヨハンソン扮するグリートとフェルメールはひかれあいながらも、触れることすら許されない。そんな関係をどう思われますか?
コリン・ファース:グリートの色彩感覚、構成力に気づいたフェエルメールは、はじめて自分のことを理解する人がいることを知った。それまで彼は自分が周囲の誰からも理解されないと思い、アトリエに自分だけの世界を作っていたんだ。それゆえにフェルメールは身分や年齢さえも越え、彼女に惹かれていく。でも周囲の状況もあってグリートとの距離を保とうとする。作品を描くことに集中しようとするが、それも出来ない。会いたい気持ちも抑えようとするため、2人の気持ちもすれ違ってしまう。当然、2人の関係は苦しみになっていったんだ。

 

Q.監督のピーター・ウェーバーとの仕事はどうでしたか?
コリン・ファース:監督は1つの場面でのいろいろな表現方法を熱心に試していた。とても感動的な台本でも、台詞のトーンが違うだけで、全く違ったシーンになってしまうことがある。映画の撮影とフェルメールの作品には共通点があるようだ。彼の作品をX線で見たなら、一度塗った箇所をまた塗りつぶしていることに気がつくだろう。それは映画のセットでもよくあることだ。映画の撮影はみんなの努力が1つになって完成するものだから、台本に息を吹きかけるためにから、みんな朝から頑張る。朝からずっと同様のテンションを保ち続けるのは大変なことだが、調子のいい時のフィーリングを忘れないことが大切なんだ。誰にでも調子のいい時はあるからね。監督はそれをよくわかっているようだった。

Q.フェルメールや彼の作品を勉強したと聞きましたが絵の描き方については勉強しなかったのですか?
コリン・ファース:僕には絵の才能がないから、絵の描き方を習うことは無駄だった。唯一出来ることは、自分は絵がかけると自分自身に信じ込ませることであり、他の人にもそう信じ込ませることだった。ブラシを握っている時や絵の具を混ぜている時は、自信を持つようにした。偉大な画家も、素人もブラシを持っている時はみんな同じように見えてしまうだろうし。

Q・フェルメール自身にも大変興味があると聞きましたが?
コリン・ファース:謎が多い人だからね。彼の作品を現代の批評家は陳腐だと言うかもしれないが―作品からはその時の会話がまるで聞こえてくるようかのようなんだ。その上、とても公平なやさしさに包まれている。乳搾りの女性も、女主人もみんな平等に扱われている。今日残っている30数点の作品のうち、20作品は同じ部屋の同じ角で描かれている。彼の家は11人の子供がいる非常に騒々しい家だったにもかかわらず、彼は1階のアトリエで静かに作品を描いていた。17世紀、デルフトの画家達は市民としての義務も果たす職人だった。徒弟制度があり、組合が権利を守ってくれていた。反抗的な芸術家達が台頭してくるだいぶ前なので、良い市民であり、良い夫であり、さらに偉大な芸術家であることが可能な時代だった。


Q.この映画の見どころは?
コリン・ファース:この映画は決して美術の勉強映画ではない。画家とモデルの親密な関係が、どれほどの強さのものなのかを表現できればと思っていた。絵の謎が解かれ、家族が崩壊していくほどのね。

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