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『フェア・ゲーム』への前奏曲(プレリュード) ~ ウソで固めたイラク戦争

イラク戦争の根拠がアメリカ政府のでっち上げたウソだったら……。国のリーダーたちが国民に真顔でウソをつき、そのせいで愛する人が犠牲になったとしたら……。そんな信じられないようなテーマが『フェア・ゲーム』の軸になっています。

2001年の911同時多発テロ事件が起きたとき、すでにロサンゼルス在住だったわたしは、アメリカがイラク戦争に向けてなだれ込んでいくさまを背筋の寒くなる思いで見守っていました。当時、CNNや公共放送を見ていて、アルカイダはイラクにはいないはず、ビンラディンも911の後にアフガニスタンからパキスタンに逃亡したはず、911とイラクは関係ないはず……などと思っていたからです。でもブッシュ元大統領を含めた国のリーダーたちが、「イラクは悪の根源である!」と連日連夜言っているのを聞いて、「政府は一般国民の知らない極秘情報を基に発言しているのだろうか……」などと思い始めていました。

当時のアメリカ一般市民にとって、タリバンとアルカイダ、ビンラディンとサダム・フセインの関係を理解している人は非常に少なく、イランやらイラクやら一体誰がテロ事件の悪者なのか、国中が困惑していました。しかし、振り返ってみれば国民のそんな動揺は当時のブッシュ政権にとって非常に好都合だったのです。

ホワイトハウスの奥深くではそのとき、すでに対イラクの開戦に向けて準備が着々と進められていました。黒幕は副大統領のディック・チェイニー。大統領ジョージ・W・ブッシュは、往々にしてチェイニー副大統領の政策を国民に紹介するためのスポークスマン役に過ぎなかったのです。当時の大統領周りのスタッフはPBS(公共放送)のドキュメンタリーで、「大切な法案は大統領のオフィスからよりもチェイニー副大統領のオフィスから出てくることのほうが多かった」という証言しているほどです。

『フェア・ゲーム』の見えない主役はホラー映画よりもコワいチェイニー副大統領!?

ディック・チェイニーという人物はニクソン大統領時代には大統領次席法律顧問として活躍(暗躍!?)しており、ウォーターゲート事件により辞任した後、再びジェラルド・フォード政権で返り咲くという芸当を見せ、大統領首席補佐官という重要な役職に、史上最年少の34歳で起用されました。1995年~2000年には世界最大といわれる石油採掘機販売会社ハリバートンのCEOとして君臨し、湾岸戦争とイラク戦争は同社に巨額の利益をもたらしたといわれています。

チェイニーは、おそらくこの時期にもいずれは自分が大統領を操り、うっとうしいアメリカ連邦議会から大統領の威厳とパワーを取り戻し、自分が陰の大役者となることを画策していたと思われます。ジョージ・W・ブッシュが大統領に立候補したとき、チェイニーはまさに期が熟したとほくそ笑んだことでしょう。父親ブッシュへのコンプレックスを抱え、一旗揚げたいと思っていたブッシュ・ジュニアは大した外交経験もなく、チェイニーにとっては格好の操り人形だったわけです。

911同時多発テロ事件はチェイニーにとって私腹を肥やし、自分のパワーを行使するまたとないチャンスとなりました。周囲を優秀だけど骨抜きの言いなり官僚たちで固めると、イラクには大量虐殺兵器があり核兵器を製造するためのチューブとウランも買い込んでいるという偽の情報をCIAにつかませました。そしてイラク戦争を正当化すべく、猛烈なプッシュを始めたのです。これが、映画『フェア・ゲーム』のストーリーにつながるプロローグです。

ウソのような本当の話……

映画『フェア・ゲーム』の原作は国家安全保障会議のアフリカ担当部長だったジョセフ・ウィルソン氏(映画ではショーン・ペンが演じている)の書いた回顧録が基になっています。ウィルソン氏は自国のリーダーたちがイラクと開戦するために国民にウソをつくことを阻止しようとしたため、ブッシュ政権から常識では考えられないような報復を受けた方です。

ウィルソン氏は元イラク大使代理そしてガボン大使を務めたこともある人で、正義感の強い人物として知られていました。イラクの大量虐殺兵器疑惑そして核兵器用ウランとチューブの購入疑惑が持ち上がったとき、彼はCIAから任命されて疑惑の真偽を調べるために調査に乗り出しました。豊富なコネを利用して、ウィルソン氏が行き着いた調査の結果は、「疑惑の真実性なし」という最終報告でした。しかしウィルソン氏の報告書はチェイニーのチームによって難なくもみ消されてしまいます。でも、これで黙っているウィルソン氏ではありません。ブッシュ政権が不当な疑惑をでっちあげイラク戦争を肯定しようとしているというコラムをニューヨークタイムズ紙に寄稿し世論に訴えたのです。大変な恥をかかされたチェイニーたちは、その仕返しにウィルソン氏の妻でありCIA工作員だったヴァレリー・プレイムさんの身分を漏えいし、彼女の命が危険にさらされたばかりか、キャリアもメチャメチャに……という間接的かつ汚い報復を仕向けたのです。

詳細は映画をご覧いただくとして、合点がいかないのが情報漏えい罪に間接的に関与したとして起訴されたのが、チェイニー首席補佐官を務めていたルイス・リビー(スクーター・リビー)だけ。おまけにリビーの二年半という実刑判決は、ブッシュが大統領権限を使用して減刑し、保護観察と罰金刑に軽減。そして当然のことながら黒幕のチェイニーは行政特権を主張して裁判で尋問されることもなく無罪放免で済んだという点です。チェイニー副大統領はまさにパルパティーンも真っ青のダークサイドです。

この話題を続けるとどれだけ長くなるかわからないので今回はこのへんにしておきますが(苦笑)、とにかくブッシュ政権はパパ・ブッシュもブッシュ・ジュニアも残念ながら悪い意味で、たくさんのハリウッド映画ネタを提供してくれました。サブプライム住宅ローン問題にせよ、リーマン・ブラザーズの破産、そしてドミノ倒し式に起きた世界規模の経済危機もブッシュ政権が好き勝手をしたための惨状でそれが現在に至っているわけです。

アメリカの政権や日本の経済情勢はその国だけでなく世界中に影響を及ぼします。個人の力では何もできませんが、わたしたち一人一人が時事や政治にもう少しだけ目を向けることで知識を養い、自分たちのリーダーを監視していく気持ちを持つようにすべきなのかもしれません。
(取材・文 神津明美 / Addie・Akemi・Tosto)

About Addie

高校留学以来ロサンゼルスに在住し、CMやハリウッド映画の製作助手を経て現在に至る。アカデミー賞のレポートや全米ボックスオフィス考など、Yahoo! Japan、シネマトゥデイなどの媒体で執筆中。全米映画協会(MPAA)公認のフォト・ジャーナリスト。
日本語ツイッター始めました!→@akemi_k_tosto

アップル社のスティーブ・ジョブズ氏が亡くなってえらくヘコんだ。ジョブズ氏のいない世界を想像するのは寂しすぎる。合掌……。

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