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今週のクローズアップ 徹底解剖! 山田洋次監督『東京家族』の姿

 名匠・小津安二郎監督の『東京物語』をモチーフに製作された山田洋次監督『東京家族』。今回は、1月19(土)公開となる『東京家族』をクローズアップ。本作が完成するまでの波乱のドラマから、『東京物語』との徹底比較までたっぷりと紹介する。

映画史に残る名作『東京物語』

 『東京物語』は小津安二郎監督の第46作。1953年(昭和28年)7月から10月にかけて撮影された。脚本は、後年の小津作品を支え続けた野田高梧と小津の共同脚本。小津は、『東京の女』『東京の宿』など「東京」と名のつく作品を多数手掛けているが、『東京物語』は「小津安二郎の東京」の集大成ともいえる代表的作品となっている。2012年には、英国映画協会発行の「サイト・アンド・サウンド」誌で、最も優れた映画に選ばれた。

 当時の撮影台本には、ただ一行「親と子の関係を描きたい」と記されており、小津いわく「親と子の成長を通じて、日本の家族制度がどう崩壊するかを描いてみたんだ。ぼくの映画の中ではメロドラマの傾向が一番強い作品です」(田中眞澄 2001年 小津安二郎「東京物語」ほか みすず書房)。

 

『東京物語』
監督/小津安二郎(C)1953松竹

世界の巨匠・小津安二郎

 『東京物語』を撮った小津安二郎はどのような人物だったのだろうか。小津は、1903年(明治36年)東京・深川区(現在の江東区)に生まれ。1923年(大正12年)に、松竹キネマ蒲田撮影所に撮影部助手として入社し、映画人としてのキャリアをスタート。1927年(昭和2年)から1962年(昭和37年)までの監督生活の間に54本の映画を遺(のこ)した。

 1951年(昭和26年)、『麦秋』で、芸術祭文部大臣賞を受賞、1958年(昭和33年)には紫綬褒章を受章するなど、その功績には枚挙にいとまがない。ローポジション、カメラの固定、人物の正面からの撮影、繰り返し同じテーマで作品を撮るといった「小津調」と呼ばれる独自の技法で、ホームドラマを中心に多くの名作を作り上げた。

 

小津安二郎監督-小津安二郎生誕110年記念プロジェクト2013

『東京物語』をモチーフに『東京家族』を

 そんな小津安二郎監督『東京物語』をモチーフに、今回『東京家族』を撮り上げたのが山田洋次監督だ。山田監督は、1931年(昭和6年)大阪・豊中市生まれの81歳。東京大学法学部を卒業後、1954年(昭和29年)、松竹に補欠入社。その後、誰もが知る『男はつらいよ』シリーズなどを手掛けた。1996年には紫綬褒章、2004年には文化功労者、2012年には文化勲章に選ばれている。

 実は、山田監督は松竹に入社した当時、すでに社会的にも評価され、松竹においても絶対的存在となっていた小津監督の作品を全く評価していなかったという。そんな山田監督が『東京物語』をモチーフとした作品を撮るという構想から始まった『東京家族』だが、公開までには長い道のりがあった。

山田洋次監督。今年監督50周年となる

『東京家族』完成までの物語

 『東京家族』は当初2011年12月に公開される予定だった。しかし、クランクインを予定していた2011年4月の直前、3月11日に、あの東日本大震災が起きる。その約1か月後の4月14日、山田監督は以下のようなコメントと共に『東京家族』の製作延期を発表した。

 「一年以上の歳月をかけて入念に準備を整え、間近なクランクインを控えてスタッフやキャストの気力が充実しきっていた時、3月11日の大災害が発生しました。このままそ知らぬ顔で既に完成している脚本に従って撮影していいのだろうか。いや、もしかして3月11日以前と以後の東京の、あるいは日本の人々の心のありかたは違ってしまうのではないか僕は何日も悩み、会社ともくり返し相談した結果、それこそ苦渋の選択をしました。撮影を中断して今年の終わりまでにこの国の様子を見よう、その時点で脚本を全面的に見直した上で戦後最大の災害を経た東京、つまり2012年の春の東京を舞台にした物語をこそ描くべきだ、と云うことです。来年、ぼくたちは新たな気力を奮い立てて『東京家族』の製作に挑みます」。


映画『東京家族』より-(C)2013「東京家族」製作委員会

 その後、山田監督は、宮城県南三陸町、岩手県陸前高田市といった被災地を巡り、震災以後の状況を見つめた上で、脚本に手を加えた。結果的には、次男・昌次と紀子の出会いのきっかけが被災地のボランティアだったこと、周吉の友人・服部の妻の家族が津波で亡くなったことなどの変更を行った。そして、2012年2月27日ついにクランクイン。5月末までの3か月間、東京・東宝スタジオ内セットをメインに撮影が行われた。


延期により、周吉役は菅原文太から橋爪功、とみこ役は市原悦子から吉行和子へ変更された
映画『東京家族』より-(C)2013「東京家族」製作委員会

山田洋次が作り上げた『東京家族』

 こうして、2012年5月31日にクランクアップし、ポストプロダクションを経て、完成した『東京家族』。それは『東京物語』であり、『東京物語』ではなかった。「小津調」と呼ばれる独特のカメラワークは踏襲され、年老いた夫婦が東京で暮らす子どもたちに田舎から会いにくるというストーリー、そこで行われる会話の内容、登場人物の設定や名前まで基本的には同じだ。しかし山田監督は、そっくりそのままコピーした訳ではない。現代版にアレンジされ、しっかりと山田流『東京物語』になっている。

 2作品を比べた際に大きく違う点は、『東京物語』で原節子が演じた紀子の存在である。『東京物語』では紀子は戦死した次男・昌次の妻、つまり未亡人として描かれているが、『東京家族』では妻夫木聡演じる昌次(舞台美術の仕事をしている設定になっている)の恋人として登場し、蒼井優が演じている。


昌次役・妻夫木聡と紀子役・蒼井優
映画『東京家族』より-(C)2013「東京家族」製作委員会

 両作品共に、この紀子という人物が、東京に出てきたのにもかかわらず、子どもらにあまり相手にしてもらえない夫婦の希望となっているのは共通している。しかし、未亡人という設定ゆえか、どこか物悲しさがつきまとう感じのある『東京物語』の紀子と比べ、『東京家族』の紀子は明るく朗らかな「感じのいい人」だ(劇中で何度もそう表現される)。紀子と接する、吉行和子演じるとみこは本当にうれしそうだ。この幸せな時間が、後半、とみこが倒れてから以降のシーンに生きてきて、物語がよりドラマチックになる。冷徹な視線で人物を見つめる『東京物語』に対し、山田監督の『東京家族』は情感豊かに物語る。この辺りが、両作品の大きく異なる点だろう。


とみこは、紀子と出会えたことを心から喜ぶ
映画『東京家族』より-(C)2013「東京家族」製作委員会

 本作は、小津安二郎監督の作品を基に、山田洋次監督が撮った作品ということで、年配客の関心を集めることは予想できるが、ぜひとも若い人に観てもらいたい。特に親元を離れて生活している単身者や、結婚して実家を離れている人などは「家族とは何なのか」ということを見つめ直すきっかけになる作品となるだろう。


現代日本の「家族の在り方」がしっかりと描かれている
映画『東京家族』より-(C)2013「東京家族」製作委員会

文・構成:シネマトゥデイ編集部 堀達夫

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