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渡辺謙&佐藤浩市
『許されざる者』
この年になってお互いの印象を話すのは照れくさい
『許されざる者』渡辺謙&佐藤浩市 単独インタビュー

取材・文:森田真帆 撮影:金井堯子

第65回アカデミー賞で作品賞をはじめ4冠に輝いたクリント・イーストウッド監督・主演の同名作を、李相日監督が新たに映画化した『許されざる者』。主演の渡辺謙と佐藤浩市は、意外にも本作が映画初共演となる。主演の渡辺が演じるのは、かつて「人斬り十兵衛」と恐れられながらも、刀を捨てることを選んだ男・釜田十兵衛。一方、佐藤は暴力で町を支配し、十兵衛と宿命的な対決を果たすこととなる町の支配者・大石一蔵を演じる。本作で男同士の壮絶な戦いを体現した二人が、北海道での過酷な撮影を振り返った。

■今、この映画だからこそ良かったと思えた「初共演」

Q:今回、初めて同じ現場に立たれた感想をお聞かせください。

渡辺謙(以下、渡辺):うちのかみさん(注:南果歩)が浩市さんと共演をしていて、その現場に遊びに行ったことは、これまでもあったんです。だけどやっぱり一つの役柄をお互いが背負って、同じ映画を作るとなると、まったく違ってくる。今回、俳優としての力量を試されるような厳しい現場で同じフレームの中にいられたというのは幸せなことですよね。

佐藤浩市(以下、佐藤):もしも20代とか30代で共演していたら……と考えたときに、仲良くなっていたのか、ケンカしていたのか想像がつかない。お互い顔見知りだし、会えば冗談も言う間柄だったけれど、このときまで待って、この映画の、この役で対峙(たいじ)できて良かったなという思いが強いです。

Q:初共演というのが意外でしたが、お互いにどんな印象を持っていたのでしょうか?

渡辺:あまり一緒に仕事をしたこともないし、たくさん接点があったわけではないから、若い頃には特に意識したことはなかったんだけど、ある時期を越えると、もうリスペクトしかない。お互いに役者として時間を過ごしてきた大変さもわかるからね。

佐藤:若い頃は出所出自が違うぶん、それなりにいろいろありますよね。でも謙さんがおっしゃったように、本当にある時期を迎えると「この人もいろいろつらかったんだろうな」っていう気持ちが出てくる。ただ、この年になって男同士お互いの印象を話すっていうのも何か恥ずかしいもんですよ(笑)。女性って、そういったことを普通にしゃべれるんだけど、男はどうも……。

渡辺:ないよね! うちの嫁さんも、そういうことをよく聞いてくる。「○○さんのお子さんは元気~?」とかね。けど「そんな話はしないんだよ! 現場では!」ってよく言っていたよ(笑)。男ってそんなもんですよ。

■死の恐怖すら覚えた北海道での過酷なロケ

Q:お二人が対峙するシーンは、本当に目を覆いたくなるほど壮絶でした。

渡辺:例えば映画を観ている途中で「すごい映像だけどこれもCG(作り物)だからな」ってお客さんがちょっと引いてしまう瞬間がありますよね? その危惧(きぐ)は暴力シーンも同じで。僕らも、決められた型を単純に再現するだけなら、それ以上のものは生まれない。十兵衛を完膚なきまでたたきのめす一蔵と、それを受け止める十兵衛。監督からは、「痛みや砂をかむような思いが、そこにあるのか」と追及されていましたから、全部本気でしたよ。

佐藤:一蔵が殺す寸前で止めるというラインに到達するには、十兵衛をボコボコにする中で「この男はもはや何者でもない。抜け殻なんだ」と一蔵が思えるかどうかが重要だったんです。「なぜ手加減したのか?」と観客が疑問に思うことがないように、ビンタは全部全力でやりましたね。

渡辺:でも、殴られるよりも殴る方がよっぽどつらい。浩市さんは今回、痛めつけるシーンが多かったからつらかったと思うよ。

佐藤:柄本(明)さんを拷問するシーンでは、最初は竹刀を使っていたんです。でも、竹刀だと揺らぎが出てしまうので、鉄の芯が入った竹刀に替えたんですよ。参ったなあと思っていたら、膝用のサポーターを柄本さんの体の一部分に着けて、そこを目がけてパンパン殴っていくという指示を受けて、あのときほどゴルフをやっていて良かったと思ったことはなかったですね(笑)。

■李監督のスパルタ演出にベテランもタジタジ!?

Q:それだけ過酷な現場で、精神的に追い詰められることはなかったんですか?

佐藤:ある程度のキャリアを積んできたぶん、たとえ追い詰められたとしても顔に出ることはなかったと思います。でも若い頃は、顔に出てしまっていましたよ。最近は、若い俳優を追い詰めるような現場がないけれど、僕らが若いときは日常茶飯事でしたよね?

渡辺:あったねえ。涙がちょちょぎれるような瞬間が、山のようにあった。監督やスタッフから、けちょんけちょんに言われてきましたよ。だから追い詰められることには、僕らは強いんです。でもね、撮影の笠松則通さんと照明の渡邉孝一さんと僕は全員50代なわけですよ。ボコボコにされるシーンを撮った後、「撮ったよね。もう終わりだよね!」っていうムードになったときに、「じゃあ次は俯瞰のショットやりましょう」って、李監督が言ったんです。そのときに渡邉さんがクククッて笑ったから、「あ、今笑ったでしょ!」って寄っていったら「本当に……若い監督って……キツイ!」ってつぶやいたの。もう笠松さんと一緒に無言でうなずいちゃった(笑)。

■日本版だからこそ生まれた、新たな痛みと悲しさ

Q:アメリカで製作されたオリジナルを、日本で新たに作り直したことの意義は、どんなところにあると思いますか?

渡辺:オリジナルと同じ時代設定にしたというのは、まずすごいことだと思うんです。ウエスタンというのは、当時アウトローが集まっていた場所だったと思うし、そこは北海道の蝦夷地と共通していると思います。ただ武士だった者は、刀で人をあやめなければ生きられなかった、という時代背景があるぶん、それぞれの役柄が持っている業の深さは違ってくる。

佐藤:確かにこの作品を日本で作ることによって、排他的な部分を含め、登場人物たちの背景がわかりやすくなっていると思うんです。だからこちらの作品は、オリジナルよりももっとウエットで、よりデリケートな作品になっていると思いますね。

渡辺:それに、演じていて特に痛感したのは、ガンファイトって相手との距離があるということ。もちろん引き金を引いている感覚や、人に弾が当たっている感覚があるにしても、やっぱり刀で人をあやめたり、傷つけたりすることの手に残る感触の痛みや重みにはかなわない気がする。だから刀で人をあやめる重みというのは、この映画に登場する人物たち全員が持っている「痛み」をさらに深めたんじゃないかと思っています。それによって作品全体から、苦しく痛みを感じる人間の業が伝わってくる。

佐藤:自分が演じた一蔵は、長州の武士出身の男です。その男が小さな町とはいえ、ようやく一国一城のあるじになった。それを守るため、自分のやり方がどんどんエスカレートしていってしまう。暴力にブレーキが利かなくなっていってしまうんだけど、彼だってもともとはそこまでひどい人間ではなかったんじゃないかと思うんです。それに、最後の十兵衛の立ち回り。あそこは悲しさ以外の何物でもないんですよね。観客に、そういう痛みや悲しみを感じてもらえたら、日本版『許されざる者』を作った意味がすごくあると思っています。

ロケを振り返った二人の「記憶が定かじゃなくなっている」という言葉からは、時に氷点下となる厳寒の地で、真夜中に及んだ撮影の壮絶さがひしひしと伝わってきた。「たとえつらくても仕事だからね。妥協はしたくない」と言う渡辺、「使われなかったシーンも山ほどあるけれど、それが映画」と言い切る佐藤からは、30年近く日本の映画界をけん引してきた男の強さと、映画への愛が感じられた。渡辺と佐藤が魂を込めて演じ切った、許されざる者たちの痛みを、ぜひスクリーンから感じてもらいたい。

映画『許されざる者』は9月13日より全国公開

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