チャーチル首相を憑依させたゲイリー・オールドマンに脱帽!『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
第90回アカデミー賞
やはりオスカーにノミネートされている『ダンケルク』を、内側であるロンドンから語るストーリー。『ダンケルク』がフランスの海辺に観客をぶち込み、若い兵士たちと一緒に大混乱を体験させるのに対し、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、その頃のイギリスがいかに絶望的な状況にあったのかを描き、ひとつ違っていたらという恐怖をじわりと感じさせるものだ。(文・猿渡由紀)
映画の舞台は、1940年5月。ドイツ軍が猛威をふるう中、戦時中のリーダーとして力量不足を批判されたネヴィル・チェンバレン(ロナルド・ピックアップ)首相は、辞任に追い込まれる。次に選ばれたのが、チャーチル(ゲイリー・オールドマン)だった。党としては野党を考慮した妥協の選択で、チャーチルも「船が沈む時に選ばれるのは、むしろ復讐だな」と言いつつも、首相になるという長年の夢の実現を、喜んで受け入れる。
実際、チャーチルは、結構な曲者だ。朝からスコッチを飲み、ランチにはシャンパン。夜は夜でもちろん飲む。そのことを仲間内に隠しもせず、王に「なぜ昼から飲めるのか」と聞かれ、「練習のおかげです」と言ったりする。若い女性秘書をどなりつけたり、今ならばセクハラと受け止められるような行動も取ったりと、人間としては欠点もあった。しかし、彼にはヒトラーという独裁者に絶対に屈しないという、強い信念があったのである。
それを貫くのは、だが、容易ではない。あと数日でイギリス軍は全滅するかもしれず、アメリカの協力も得られない。ヨーロッパの同盟国は次々に堕ちており、イギリスはひとりでこの危機に直面しているのだ。最後まで戦うというのは、自殺行為であり、ロマンチックな空想であり、現実を見ていないことだと、強いプレッシャーをかけられるチャーチル。そんな窮地に立たされた彼の内面の苦悩を、ゲイリー・オールドマンが、細やかかつパワフルに表現する。
演技派として俳優仲間に長年尊敬されてきたが、意外にも、オールドマンは『裏切りのサーカス』(2011)まで、一度もオスカーにノミネートされたことがなかった。二度目のノミネーションとなった今作ではおそらく受賞するだろうというのが、大方の予測だ。彼はもちろん、特殊メイクでまるで別人のように彼を変身させてみせた特殊メイクアップアーティストの辻一弘も、十分、受賞に値する。
もうひとつ、小さな感動をくれるのが、王とチャーチルの関係だ。ここに登場するジョージ6世は、『英国王のスピーチ』でコリン・ファースが演じたのと同じ人物。今作では、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で悪役だったベン・メンデルソーンが、人間味たっぷりに名演している。
王だから当然といえばそうなのだが、世界の運命を決めた裏には、彼をはじめとする、ほかの人の声もあった。そこには、政治家だけでなく、一般市民も含まれる。彼らの勇気が、原題にもある最も暗い時間(原題『Darkest Hour』)を乗り切るという奇跡を達成させたのだ。不安に満ちたこの時代、この話は、大きな感動と、少しの希望を与えてくれる。
ゲイリー・オールドマン驚異の役づくり!映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』予告編