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三陸地方唯一の映画館閉館!新たな映画文化を築くために奔走する人たち【映画で何ができるのか】(1/6)

三陸地方唯一の映画館閉館!新たな映画文化を築くために奔走する人たち
みやこシネマリーン入口ーいわて生活共同組合のショッピングセンター「マリンコープDORA」の2階にある2スクリーン(シネマリーン1は85席。シネマリーン2は62席)の映画館。

 三陸地方唯一の映画館だったみやこシネマリーン(岩手県宮古市)が9月25日に19年の歴史に幕を閉じる。東日本大震災後、落ち込んだ来場者数が回復しなかった事も一つの要因だ。今度は定期上映や巡回上映を行っていく方針だが、いかにして映画文化を守り続けていくか? 新たな挑戦が始まっている。(取材・文:中山治美)

東日本大震災から15日で営業再開

 忘れられない記事がある。

 2011年3月26日の日刊スポーツに、東日本大震災で被害を受けた映画館が、15日ぶりに営業を再開したことを報じていた。記事の横には、『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~』(2011)を楽しむ親子の写真が。その映画館こそが、みやこシネマリーン。支配人の櫛桁一則さんが「春休みなのに被災地の子供たちは楽しみが少ない。映画館で元気を取り戻して欲しい」という思いを込めた、英断だった。個人的なことだがそれは、テレビで流れる被災地の惨状の目にしてオロオロしていることしかできない自分に、何か手助けができることがあるのではないか? と考えるきっかけを与えてくれ、そして本連載をはじめるきっかけにもなった。

サイン色紙
東日本大震災後、みやこシネマリーンを訪問した映画監督や俳優たちのサイン色紙。釜石てっぱん映画祭の翌日は、永瀬正敏がサプライズ訪問したという。

 同様の思いを抱いた映画関係者は多かったのだろう。みやこシネマリーンの館内には、震災後、同劇場を訪問した映画監督や俳優のサインがずらりと並ぶ。確かに劇場の注目度は高まった。しかし宮古市の人口は、震災前の平成22年度(2010年)の5万9,430人から平成27年度(2015年)は5万6,569人と2,861人減少(*いずれも国勢調査より)。

同劇場の入場者数も、『千と千尋の神隠し』(2001)が公開された2001年の約5万人をピークに、2011年度は1万6,402人とワーストを記録。以降も数字は伸びず、毎年約900万円の事業損失を被っていたことから閉館の道を選ばざるを得なかったという。櫛桁さんが苦い表情を浮かべながら語る。

永瀬正敏
第1回釜石てっぱん映画祭では永瀬正敏をゲストに迎え、『あん』(2015)と『我が人生最悪の時』(1994)の上映とトークイベントを行った。100席のチケットは完売。

「震災前は、近隣の釜石市や大槌町から足を運んでくれる人も多かったのです。でも震災で山田線(JR東日本)の宮古・釜石間は不通となり、公共交通機関がなかなか復旧せず。また大槌町のように壊滅状態となった町も多数あり、復興にはまだまだ時間を要します。いまだ仮設住宅で暮らしている方も多いので、映画どころではないのでしょう。震災以降、ずっと我慢して営業してきましたが、今後、震災前の入場者数に戻るということは難しい。このまま続けていたらもっと大変なことになると思い閉館を決めました」。


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