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精神科医・帚木蓬生「閉鎖病棟」に込めた思い

(写真左から)秀丸(笑福亭鶴瓶)、チュウさん(綾野剛)、由紀(小松菜奈)
(写真左から)秀丸(笑福亭鶴瓶)、チュウさん(綾野剛)、由紀(小松菜奈) - (c)2019「閉鎖病棟」製作委員会

 落語家でタレントの笑福亭鶴瓶主演で精神科病棟を舞台にした映画『閉鎖病棟(仮)』(平山秀幸監督。11月公開)は、異例とも言える実際の精神科の専門医療施設である独立行政法人国立病院機構・小諸高原病院で撮影が行われた。「撮影が実現した背景には作者の帚木蓬生(ははきぎほうせい)が作家であると同時に、現役の精神科医であったことも大きかったようだ」専門医がどのような思いを小説にしたためたのか。

 映画化の感想を帚木に尋ねると、開口一番「難しいですよ、この作品を映画化するのは」と返ってきた。確かに、登場人物はいずれも厄介な事情を抱えた人たちばかりだ。

笑福亭鶴瓶と綾野剛
病院で出会い、親交を深めていく秀丸(笑福亭鶴瓶)とチュウさん(綾野剛) - (c)2019「閉鎖病棟」製作委員会

 主人公・秀丸は家族を殺害した罪で刑が執行されるも失敗に終わり、生きながらえている元死刑囚。加えて執行の際に脊髄を痛め、車椅子生活を強いられている。ほか、統合失調症のチュウさん。自殺未遂歴のある不登校生の由紀etc……。彼らは人里離れた病院で暮らしていた。だが、ある日病院内で殺人事件が勃発。図らずもその一件を契機に、彼らが再び前向きに歩みはじめるまでを描いている。

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 帚木が執筆したのは1983年頃。赴任先の福岡県立精神医療センター太宰府病院に勤務していた当時のエピソードを基に、九州大学病院へ戻ってから執筆したという。由紀のみ創作だがそれぞれのキャラクターにはモデルがいるそうで、なぜ彼らが精神科病棟に入院することになったのか、その背景を丁寧に描きつつ、家族や世間の偏見といった現実も医師ならではの視点で詳細につづられており、第8回山本周五郎賞を受賞している。

帚木蓬生と平山秀幸監督
陣中見舞いに訪れた原作者帚木蓬生(写真右)と平山秀幸監督 - (c)2019「閉鎖病棟」製作委員会

 当初のタイトルは「休鳥たちの杜」。そこに帚木の思いが詰まっている。「小説ではチュウさんのことを姉夫婦が退院させないのですが、実際にありました。『今はおとなしいですよ』と説明しても『暴れるのでとんでもない』と言う。そこで、何年前の話かと尋ねると『25年前』だと。患者を病院に押し込めたままで、治療の過程を見ていない家族もいました。ですので精神科病棟は終の棲家ではなく、いずれは飛び立っていく場所なのだということを訴えたかった」と振り返る。

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 映画版は、精神科治療を取り巻く環境の変化を出来るだけ現代に近づけようと、時代設定を2006年~2008年に変更した。主人公もチュウさんから、秀丸をメインにした。脚本を手がけたのは平山監督自身で、意外にも初脚本作でもある。平山監督は「これまで、どれだけ自分が脚本家たちに無茶な要求をしてきたのかと、改めて思いました」と苦笑いしつつ、本作への思いを明かす。

小諸高原病院
病院での撮影は、実際の精神科の専門医療施設である独立行政法人国立病院機構・小諸高原病院で2週間にわたって行われた - 撮影:中山治美

 「原作が書かれた20年以上前と比べて、今ではスマホやパソコンで生活は便利になったけれど、むしろ、自分の荷物を抱えきれずに、心の病にかかる人が増えた気がする。自身もどん底で苦しいのに、他人の痛みを思いやる……原作で、秀丸がみせる“自己犠牲”に圧倒され、どうしても映画化したいと脚本を書き始めました」(平山監督)

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 ただ、精神科病棟を舞台にした作品は重厚な社会派ドラマになりがちだが、平山監督はそこをあえて娯楽作として描く意向だという。それは、主演を鶴瓶に託した点にも見て取れる。平山監督は鶴瓶に出演依頼した理由について「鶴瓶さんは、観客に“答えはひとつじゃない”と思わせる表情を持っている不思議なキャラクターの方です。『そのままでいてください』と言って撮った表情に、載せる音楽次第で、喜劇にもサスペンスにもなります。加えて目。俳優が持つ、芝居をする目じゃない凄みがあります」。

笑福亭鶴瓶、綾野剛、平山秀幸
笑福亭鶴瓶と綾野剛に演出する平山秀幸監督(写真右) - 撮影:中山治美

 帚木も、秀丸役の鶴瓶について「雰囲気は似ているなという感じがしましたね。髪は(秀丸のモデルの方が)ちょっと多かったですけど」と太鼓判を押す。

 何より帚木は、撮影現場で秀丸(鶴瓶)が乗る車椅子をチュウさん(綾野剛)が押しつつ、由紀(小松菜奈)たちと病院の玄関を並んで歩いているシーンを見ただけで、胸が詰まったという。

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 「見ていて、涙が出そうになりました。玄関の作りも太宰府病院と似てまして、あの光景はデジャヴュかと思いました。多分、モデルの皆さんはもう亡くなっていると思いますが、映画を見たら喜んだと思います」

笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈
撮影の合間に談笑する笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈 - 撮影:中山治美

 心の病は社会問題となっているにも関わらず、日本ではなかなか映画の題材としてはもちろん、公で語られにくいのが現実だ。しかし海外ではジャック・ニコルソン主演『カッコーの巣の上で』(1975)や『17歳のカルテ』(1999)のような名作があり、平山監督も撮影に挑む前にこれらを参考に鑑賞したという。

 平山監督は「病気のことを掘り下げていくのはドキュメントにはかないません。小諸高原病院で出会った患者さんにも取材し、時々、ユーモラスとも思える場面に出会うことがあり、それを参考にしていますが、患者さんのことを茶化すつもりは全くありません。“笑い”を取り入れると差別だと誤解されてしまうこともあるかもしれませんが、それを怖がっていては、映画は作れません。その覚悟はあります」。

 平山監督といえばこれまでも、下田治美原作『愛を乞うひと』(1998)、桐野夏生原作『OUT』(2002)など数々の映像化困難と言われてきた難作を実現させてきた名手。本作にかける力強い言葉に、一層期待が高まる。(取材・文:中山治美)
 
※ 5月13日 13:53内容の一部を訂正いたしました。 関係者の皆様と読者の方々にお詫び申し上げます。

映画『閉鎖病棟(仮)』は11月公開

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