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第11回フランス映画祭レポート

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文・インタビュー/今 祥枝

Q チェーホフのあまりにも有名な戯曲『かもめ』を、なぜいま映画化したのでしょう?


ミレール 『かもめ』は、昔と変わらずいまでも私の心をうつ戯曲だ。ロシアの19世紀の演劇の世界を取り扱った戯曲が、なぜいまでも注意深く読むと、人を感動させ、胸をどきどきさせてくれるのか? それを理解したいと思って映画化を決めた。映画化に際しては、原作の登場人物たちが所属している演劇の世界を、現代に合った世界、現代的な職業にするために映画業界に移し変えた。この変更は、この戯曲がいまでも通用するのはなぜなのかを理解するするものであり、チェーホフが創造したような課題や状況が、現代でも起こり得るということを示したかったからでもある。


Q 『かもめ』に描かれているなかで、最も惹き付けられた主題は何ですか?

ミレール 若い世代ともう若くない世代、もう人生を終わろうとしている世代、そうした人々の“関係”だ。英語で言えばマネージメント、お互いがお互いを管理するやり方、若い人が自分よりも年上の人をマネージメントして、年上の人たちは若者たちを管理しようとする。そのマネージのやり方というのは、いまでも本当に現代的であって、本質的なテーマではないだろうか。


Q 『可愛いリリィ』は『かもめ』をモチーフにしながらも、ラストは大胆に変更されていますね。これはどういった意図からですか?

ミレール 戯曲のラストは、もちろん『かもめ』のような大傑作に対して私が意見を述べるのは思いあがりではあるのだが、しかしあのラストは現代性が欠けていると思った。若者が自殺する、若者が絶望するというラストは、私が語りたいと思うものではないし、思考することにふさわしくないと思った。私が興味を持ったのは、ふたりの主人公、映画監督を目指す青年ジュリアンと、彼のかつての恋人でただの田舎娘から映画女優にのし上ったリリィが、仕事で何らかの成功を収めることで、どれほど自分の過去の苦悩や経験が自分の仕事を満たして豊かにしているか、ということを映画で示すことだった。自分の過去や苦しみを自分の仕事の材料にできる、その苦しみによって職業的な成功を得られるというのは、アーティストの特権なんだ。

今年で61歳の御大ミレール。『可愛いリリィ』はミレールの集大成との評判も高い。ヘタなお世辞は受け付けない生真面目な印象だが、一つ一つの質問にとても丁寧に答えてくれた。

Q それはあなた自身にも言えることですか?

ミレール もちろんだよ。尺度の違いはあるけどね。ただ、リリィの苦しみは例外的なものではない。成功しないこともあればすることもある、そのために犠牲を払うということは、極当たり前のことだ。リリィのような苦しみは、人生では誰もが感じたことがあるんじゃないだろうか? 私もリリィと同じぐらい野心を持ったり、認めてもらいたいといった欲求を持ったことがある。リリィだけでなく、ジュリアンもそうだろう。そしてふたりとも同じだと思うが、私自身もまた自分の後ろには過去の痕跡を引きずって生きている。そしてこの過去の痕跡のなかには、幸福も不幸も入っているんだ。そうしたことをこの映画は、なるべく忠実に、正直に反映している。


Q 戯曲を映画化することで、これまでの作品と違った演出方法、アプローチを取りましたか?


ミレール それはないと思う。この映画を作ろうと思った時、私が興味を持ったのは演劇的な構造ではない。この戯曲の中にある人物、状況、そこにかけられている課題、それを映画にしようと思った。だから本のことは忘れることにして、シナリオを書き始めてからは、本は開かないと決めていた。ただ、戯曲を単に映画にしてしまうと新たな演出がひとつ付け加えるだけになってしまうので、この戯曲の中にある状況を取り出して、前に述べたように現代的なテーマを追求した。


Q リリィ役のリュディヴィーヌ・サニエは、『8人の女たち』で日本でも注目を集めました。キャスティングはどの段階で決めたのですか?


ミレール シナリオが完全に出来上がった段階で、誰をリリィにするかは決めていなかった。シナリオは特定の誰かを想定して書いたものではない。その後、いつもと同じように10人ほどの若いフランス人の女優を選んでテストをしたんだが、かなり早い時期にリュディヴィーヌに決めたよ。


Q 今回の映画で特に印象深いのが、俳優たちの視線による演技です。なかでもジュリアンの母親マド役のニコール・ガルシアの視線には、女性のカンの鋭さを感じてゾッとするほどでした。こうした演出は意図したものですか?


ミレール 視線については厳密な演出をしている。俳優たちには細かい指示を出した。それは出来上がりの映画の中で、自分が表現したかったことが明確に出るようにと考えてのことだ。人間というのは非常に強い、激しい感情を持っている時は、それが言葉になっては出てこないものだ。言葉は仮面のように働いてしまって、本心を語っているのは視線だけだ。映画の中でそういうことを見るのは個人的にも好きなので、自分の映画の中でもそういうものを出そうとしたんだ。それから、女性のカンの鋭さに気づいてもらってとても嬉しいよ。ブリス(マドの恋人)とジュリアンの恋人であるリリィが森の中で初めてキスをしている間、マドは家にいる。だが、マドは森の中で何が起こっているかをわかっているんだ。自分の心ではわかっているんだけどそれを言わないということが、彼女の視線によって見えてくるはずだ。
Q これまでにも『なまいきシャルロット』や『ニコラ』など、リリィのように多感な少年少女を多く描いています。あなたは青年期特有のすぐに失われてしまうもの、はかなさのようなものに主題を見い出している、こだわりがあるように思うのですが。


ミレール 「はかないもの」というのは、若さだけではなく、老人であることもはかないものなんだよ。間もなく死ぬわけだからね。いずれにしろ、人生ははかない。私は確かに若さという状態に、情緒的に感動させられる。だが、それは若さが持つはかなさゆえではなく、若い時に持っている一種の渇きのようなもの、何かを得たいという強い欲望によってなんだ。それは人生に立ち向かっていく、人生を進んでいくために必要なエネルギーになるものだ。老人になるということは、そのような欲求や野心がだんだんと少なくなっていくこと、人生や物事を消費していきたいという欲求がしぼんでいくことだと思う。それはもちろん楽しい状態ではないが、受け入れなければならない。だから、人間はいつも若かった時、過去に対するノスタルジィがあると思うんだ。若さは、人生の中でいちばんエネルギッシュな状態ではないだろうか。


Q あなたの映画に対する情熱は、若い時といまとではどのように変化しましたか?

ミレール 私に情熱があるように見えますか?

Q もちろん、そう見えますよ!


ミレール あなたがいま言ってくれたように、私もそう確信したいと思うよ(笑)。前よりも情熱が弱まったというわけではないが、情熱は確かに違うものになった。若い時に持っていた「映画を作りたい」という渇きは癒されている。いま映画を作っているわけだからね。私はすでに、これから作る映画の数よりも、これまでに作った数の方が絶対に多い段階にきている。だから、その渇きは癒されているのは当然だろう。いま映画を作っているのは、人生をよりよく理解したいと思っているからだ。私が唯一できることである映画という手段を使って、人生を理解したい。自分がいま興味があるのは、映画のための映画よりもむしろ“実存”であり、よりよく生きることに興味があると考えている。


Q 『可愛いリリィ』は、私のなかのさまざまな思考や感情を呼び起こしたような気がします。


ミレール そんなふうに思ってもらえてよかったと思うよ。個人的には、映画を観て心をうたれるのは、その映画を観て考えさせられるというよりも、その映画のおかげで人の心、自分の心を知るうちで、一歩前進したという印象を与えてくれる映画だ。少しでも他人や自分に対する知識、理解を豊かにすることができれば、それは映画が心を打つ内容だということになる。そうした可能性は、全ての芸術的な仕事につきものなんだ。

 可愛いリリィ
 シャルロット・ゲンズブール主演作『なまいきシャルロット』『小さな泥棒』で知られるベテラン、クロード・ミレール監督の新作。チェーホフの名作『かもめ』を現代に舞台を移し、大胆に脚色した本作は、今年のカンヌ国際映画祭で高い評価を得た。
 南ブルターニュの別荘でヴァカンスを過ごしていた、高名な女優マドと息子ジュリアン、兄シモン、恋人であり監督のブリス。ある晩、駆け出しの映画監督であるジュリアンは、母親とブリスに自分の監督作を見せる。マドは映画を酷評するが、ブリスは映画に出演している少女リリィに心を奪われてしまい……。
 主演はフランソワ・オゾン監督作『焼け石に水』『8人の女たち』のフランス期待の若手リュディヴィーヌ・サニエ。共演は、ルー・ドワイヨン共演作『デルフィーヌの場合』や『ソン・フレールー兄弟』にも出演しているロバンソン・ステヴナン。監督とサニエ、ステヴナンがそろって来日する。
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