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第4回 『野火』への道~塚本晋也の頭の中~

『野火』への道

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 大岡昇平の原作小説「野火」の映画化を思い立ってから二十数年。塚本晋也監督が遂に夢を実現し、映画『野火』が7月25日に東京・渋谷ユーロスペースほかで全国順次公開されます。劇場映画デビュー作『鉄男 TETSUO』(1989年)から常に独創的かつ挑発的な作品を発表し続けてきた鬼才がなぜ、戦争文学の代表作といわれる「野火」にたどり着いたのか? 製作過程を追いながら、塚本監督の頭の中身を全8回にわたって探っていきます。(取材・文:中山治美)

■『野火』へ

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1から造り上げたヘルメットと銃。© SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 塚本晋也監督の映画を観ると、何より作品全体から放たれている強烈なエネルギーに圧倒される人が多いだろう。その源は何か。「どうしてもこの映画が作りたい」という塚本監督本人の抑えきれない衝動と強い意思がそうさせているのではないか。『野火』の製作過程を追うと、そう実感する。2013年3月27日に原作権の許諾を得ると、ここから2014年9月のベネチア国際映画祭でのワールドプレミアまで塚本監督は全力で疾走することになる。

 まず考えたのが衣装だ。戦争映画には大勢の兵隊が登場する。その衣装を用意しなければならない。しかし、予算は全くない。頼ったのは、東京・上野にあるミリタリーショップ「中田商店」。そこに協力を要請する手紙をしたため、軍服を一式だけ買い、銃、剣、手りゅう弾を一式ずつお借りすることとなった。それだけではない。それを増やすにはどうしたらいいのか。それを考えるところからスタートしたのだ。

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友人から出演者募集の情報を聞きオーディションで永松役に選ばれた森優作。森は、オーディションに参加するまで塚本監督のことを知らなかったという。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER
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ツイッターでフィリピン人女性役を募集した時に塚本監督が書いたイメージイラスト © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 次に行ったのが脚本をシーンごとに解体し、いかに効率よく撮影していくかを考える作業だ。原作を読んだときに鮮明に焼き付いたフィリピンの自然を映した映像は必須。主人公の田村が自然の中にいるシーンと現地の人とのシーンだけをフィリピンで撮影することに。他の俳優に出演していただく場合は、フィリピンに近い風景が期待でき、かつ渡航費を少し抑えられる沖縄で。病院の爆破や戦闘といった大掛かりな仕掛けが必要となるシーンは東京近郊で。こうしてバラバラに撮ったシーンが一本の作品として違和感なく成立するか。パズルのように脳内で組み立ていく緻密な準備作業が行われた。

 「このときにはもう、エキストラが必要となる戦闘シーンでの衣装分類表なども絵付きで作っていますね。それが2013年4月7日。翌4月8日には、この衣装や装具を作ってくれるボランティアの募集をツイートしています。今回はスタッフやエキストラは全てツイッターで集めました。全部で50~60人からの応募がありました」(塚本監督)。

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ボランティア・スタッフの一部は継続して配給宣伝業務にも参加中。一つの作品の製作過程から世に出るまでが学べる、映画虎の門 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 ボランティアスタッフで映画を作る - 。これは『野火』が極めて低予算だからという理由だけではない。塚本監督の映画製作会社「海獣シアター」の伝統なのだ。最初はボランティアで参加してもらい、2回目からはプロとして雇って賃金も支払うという方式。製作・監督・撮影・脚本・編集・美術を塚本本人がこなし、あとはプロとアマが混在しながら映画制作にまい進するという異色のスタイルだ。だが、このボランティアスタッフは確実に成長し、『純喫茶磯辺』(2008)などの吉田恵輔監督、『症例X』(2008)で第30回ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞を受賞した吉田光希監督、ベルリン国際映画祭映画国際批評家連盟賞受賞作である『FORMA-フォルマ-』(2013)の坂本あゆみ監督、ドキュメンタリー作品『はじまりの記憶 杉本博司』(2011)の中村佑子監督、そしてドラマ「猫侍」シリーズの脚本家であり、作家として小説「鬼がらす恋芝居 1 剣客花道」(双葉文庫)でデビューした黒木久勝らを輩出している。映画界の常識にとらわれない塚本監督の生きざまに憧れを抱く若者は非常に多く、実際に海獣シアターの事務所には、ボランティア志願の若者からの電話が定期的にかかってくる。映画学校などから塚本監督への講師の依頼も多い。だが塚本監督は、よほどの理由がある場合以外断り続けている。

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 「大学時代、美術教員の免許取得のために母校の日本大学鶴ヶ丘高等学校で教育実習をしたこともあるのです。でもデッサンなど基本的なことを教えることはできても、それ以上のことは教えることは僕にはできない。その後、『あなたが映画作りをしている後ろ姿を見せてくれればいい』と多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科で教授を務めましたが、とてもありがたいお誘いと思いつつ、自分には勤め上げることができないと思い、1年だけ思い切りがんばってやらせていただき、辞めさせていただきました。やっぱり映画のことは、自分の現場に来てもらって実際に体験してもらうのが一番だと思っています」(塚本監督)

■塚本作品の現場

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多数のエキストラが参加した戦闘シーンの準備前。皆、この日のために減量に励み、そして自ら顔を黒く塗って撮影に向かう。埼玉県内の荒川沿いで撮影された。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 ボランティアスタッフの面接も、今回の『野火』では塚本監督本人が行った。塚本映画ファンもいれば、プロを目指す者たちもいる。その一人が言う。「世界的な存在となっても自主制作スタイルを保ち続けている稀有(けう)な監督。どんなふうに撮影を行っているのか、実際に見てみたかった」。

そんな彼らに、今回、面接で塚本監督が与えたお題も実践的だ。

「ここに軍服1着と、銃1丁があります。これを50着、20丁に増やさなければなりません。あなたならどうしますか?」

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血のりの準備をするスタッフを見守る塚本監督 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 塚本監督がデビュー映画『鉄男 TETSUO』(1989)の鉄男の造形を作るときに、廃材から作り上げて以来、何でも一から作り出すのが海獣シアターのスタイル。この問いに食らいついてくるようなたくましき精神を持ち合わせていることが採用の決め手となる。

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エキストラを集めて、絵コンテを見せながら撮影の動きを説明する塚本監督 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

「軍服は日常生活の中から見つけられるものではないので、自分たちで増やすしかない。今回は文化服装学院の人から応募があったので、しめしめ……と採用しました。文化服装学の人は、学校の課題も多いので鍛えられている人が多いのです。今回は、一緒に軍服用の布を探しに行くところから始まりました。銃に関しては、薄いベニヤ板を銃の形に切り抜いて重ね合わせるというアイデアを提案した人がいて採用しました。結果的にはそのアイデアを部分的に生かしつつ、木を丁寧に削って作り上げていきました」(塚本監督)。

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ハワイ・カウアイ島ロケに参加したものの、疲れて眠るボランティア・スタッフのために、塚本監督自らハンドルを握って車を運転する。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 こうしてネタばらしをしても、映画を観ても全く気付かないであろうほどに、精巧にできている。ヘルメットは発泡スチロールで型を取った合成樹脂製のお手製であり、遺体造形は日本兵らしい顔のスタッフ2人から顔型を取り、撮影現場近くの理髪店からもらった髪を張り合わせている。また、護送車は、ダンボールで作られているというから驚きだ。

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沖縄ロケでも、現地でエキストラを募集した © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

さらに、さまざまなトリックも駆使されている。

「例えば肉体から出るウジは、最初に本物を見せておけば、次のシーンでパスタで代用していても人間の脳は、ウジだと錯覚するんです」(塚本監督)。

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撮影の合間の中村達也さん。俳優としても活躍している中村さんは、勝手の分からないボランティア・スタッフに「シーンとシーンの繋ぎを考えた方がいいんじゃない?」などアドバイスをし、皆のアニキとしても撮影現場を支えていたという © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER
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撮影に辿り着くまでに、絵コンテなどをなんども書きながら撮影のイメージを膨らませていく。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 人選も、より実用的である。ボランティアスタッフは、裏方の仕事はもちろん、場合によっては飢餓状態の兵士として出演もしなければならない。おのずと細身な体形の人が選ばれる。彼らにはいつでも出演できるよう、クランクイン前までにひげを生やし、日焼けをすることも要請された。彼らに刺激を受け、伍長役で出演した中村達也は、自ら遺体役のエキストラを務めたシーンもあるという。

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製作費が限られているため、誰にどんな装備が必要なのか? 戦闘シーンでちぎれた手足は何体分必要なのか? などが綿密に計算されたイラスト。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 ボランティアスタッフにとっては、こうして自分も製作の大きな歯車の一つとなって完成までこぎ着けた実感が、大きな自信となるようだ。映画製作志望のスタッフが言う。「自分でも映画が作れるんじゃないかと思った」。

 そして製作に参加したボランティアスタッフの一部は、引き続き配給宣伝業務でも大きな力を発揮している。作品から放たれるエネルギーは、塚本監督本人だけのものではない。ボランティアスタッフをはじめ、作品に携わった多くの関係者の情熱の塊を吸収しながら作品に投影されているのだ。

映画『野火』は7月25日より渋谷・ユーロスペース、立川シネマシティほかにて公開
オフィシャルサイト

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