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しんゆり映画祭『主戦場』上映中止問題、市民からも前向きな提案が

(写真左から)呼びかけ人の配給会社ノンデライコの大澤一生代表、KAWASAKIしんゆり映画祭・中山周治代表、映画祭事務局の大多喜ゆかりさん。
(写真左から)呼びかけ人の配給会社ノンデライコの大澤一生代表、KAWASAKIしんゆり映画祭・中山周治代表、映画祭事務局の大多喜ゆかりさん。 - (写真:中山治美)

 慰安婦問題をテーマにしたドキュメンタリー映画『主戦場』(ミキ・デザキ監督)の上映中止問題で揺れている第25回KAWASAKIしんゆり映画祭で30日、「オープンマイクイベント:しんゆり映画祭で表現の自由を問う」が川崎市アートセンターで開催された。約140人の市民に加えて、当事者であるデザキ監督や『主戦場』の配給会社など映画関係者が多数詰めかけ、当初の予定より1時間オーバーの3時間に渡って激しい議論が展開された。

 この日のイベントの呼び掛け人は、今回の映画祭に映画『沈没家族 劇場版』(2018)で参加している配給会社ノンデライコの大澤一生代表と、映画『ある精肉店のはなし』の纐纈あや監督。『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2011)と『止められるか、俺たちを』(2018)を出品していた若松プロダクションは上映取り下げで映画祭の判断に抗議を示したが、纐纈監督たちは、表現の自由について皆で語り合うことで今後への糸口をつかむことを選んだ。イベントには映画祭の中山周治代表と事務局の大多喜ゆかりも登壇した。

入りきれないほどの観衆
メイン会場の川崎市アートセンターのコラボレーションスペースでは入りきれず、同館内のアルテリオ小劇場がサテライト会場として用意された。(撮影:中山治美)

 まず大多喜から『主戦場』が選ばれた経緯の説明があった。同作は、日系アメリカ人YouTuberであるデザキ監督が、今だ論争が続く従軍慰安婦問題の論点である「従軍慰安婦の数は20万人だった」「強制連行は本当にあったのか?」などの問題に対して、ジャーナリストの櫻井よしこ杉田水脈衆議院議員、元慰安婦の娘など両方の論者にインタビューして検証していくもの。4月20日に東京・渋谷シアター・イメージフォーラムで公開されるや、幅広い観客が訪れ、11月8日までのロングラン上映を記録している。

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 この話題作に同映画祭も反応。作品を選ぶ際、市民スタッフの投票で選ぶシステムも採用しており、結果、『主戦場』は7位に選ばれた。早速、企画担当スタッフの越智あいが配給会社の東風との上映に向けての交渉を開始した。一方で『主戦場』に対して、取材方法に問題があったなどとして出演者の一部が上映差し止めなどを求めて提訴した。合わせて「映画『主戦場』被害者を支える会」による公共施設での上映に対する抗議および上映中止の申し入れ活動が始まった。

 そこで映画祭側は、同会による申し入れがあった帯広と松本の事例を共催団体の一つである川崎市市民文化局市民文化振興室に情報を共有し、もし、申入書が届いた場合の対応を依頼していたという。

越智あい
映画祭の企画担当スタッフの越智あいさん。(撮影:中山治美)

 すると以降、同振興室から頻繁に『主戦場』が選出された経緯などの問い合わせが入るようになり、8月5日に「裁判になっているものを市の共催事業で行うのは難しい」という「懸念」の連絡が入った。それは、あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」の中止が発表された2日後のことだった。

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 中山代表は「今まで市が上映内容について口を出すことはなく、その市が“難しい”という言葉を発したことを重く受け止めた。その後、日韓関係の悪化など作品を取り巻く状況の変化があり、安全面を確保するのが難しい」と判断し、9月9日付けで東風に上映申し込みキャンセルの正式な文書を送付したという。あくまで自主的な判断であり、映画祭開催費用約1,300万円のうちの約600万円を負担している市に対する忖度ではなく自主的な判断と強調した。

 中山代表は「あいちトリエンナーレとわれわれの映画祭の規模は全然違うが、報道を逐一チェックする中で見えない恐怖におびえた。ぶざまかもしれないし、妄想と思われても仕方ないが、お客様に何かあったら対抗する手段がない」と吐露した。

木下繁貴
『主戦場』の上映素材を持参し、涙ながらに「何とか上映をお願いしたい」と訴えた配給会社・東風の木下繁貴代表。(撮影:中山治美)

 しかし中止の判断は映画祭の運営委員会だけで行われたそうで、事務局スタッフは納得いっていない様子。この日も「結局、中止決定に至るまでどんな話し合いが行われたのかブラックボックスに入ってしまった。説明してほしい」「運営委員だけですべてが覆されてしまった。それが独裁じゃなくて何なのか」と厳しい声が上がった。

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 その上で越智は「(特集上映が行われている)井浦新さんにも『ピンチをチャンスに変えて』と言われました。わたしは『主戦場』を上映したい」と改めて上映を訴えた。

 来場していた、『主戦場』を配給する東風の木下繁貴代表もマイクを握り「(上映中止は)すごく悔しかったんです。それをこうした形でもう一回、話し合っていただけることに感謝しています。今日はなんとか上映をお願いしたいと思ってきました」と涙ながらに訴えながら上映素材を取り出すと会場から拍手が沸き起こった。

市民からも意見
一般市民の方からも積極的な意見が出た。(撮影:中山治美)

 この流れに会場からも、今年起こった問題は今年のうちに解決すべしと11月4日までの会期中での上映を要望する声が多数上がり、この場での判断を迫られると、中山代表が「わたしが皆さんの圧力に屈してイエスと言ったら、それは大問題になってくる。一旦持ち帰らせてほしい」と発言したことから一時、会場が騒然となる一幕もあった。

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 討論で見えてきたのは、同映画祭の決定機関である運営委員と現場スタッフの意思疎通の不足。市側から「懸念」が伝えられた際に、何の疑問もぶつけずに受け入れてしまった対応のまずさ。並びに同映画祭は市民ボランティアが中心で学校の文化祭に参加するような感覚で参加を楽しんでいる者も多く、自分の人生をかけて映画を作っている出品者との映画祭に対する認識の違いによる温度差は激しい。

 さらに上映中止問題が大きくなり、「行政に萎縮するな」や「表現の自由を守れ」と批判されることへの戸惑いと恐怖が、意見をしてくる人たちへの敵対心を生んでいることもうかがえた。

ミキ・デザキ監督
最後までトークの行方を見守っていた映画『主戦場』のミキ・デザキ監督。(撮影:中山治美)

 そこで会場の市民から「運営側もわれわれも敵ではありません。懸念という面目で圧力をかけてきた市側に問題がある」や、「スタッフだけで何とかしようと思わないで市民を巻き込んでください。この映画祭で『靖国 YASUKUNI』(2007)が上映された時も皆で立ち上がったのですよ」の声が。

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 また昨年、横浜で『沈黙-立ち上がる慰安婦』(2017)や、先月も同じ川崎で元慰安婦女性を追った映画『まわり道』が上映されて問題が起きなかった事例も報告され、セキュリティー対策の情報を共有していくことの提案もあった。

 最後にデザキ監督からも「これは『主戦場』の問題だけでなく、(圧力に屈するという)もっと大きな課題になっています。あなたたちの決断が世界へのメッセージとなることを認識してください。わたしたちは敵ではありません。表現の自由を守るために一緒に戦いましょう」と共闘を呼びかけた。同映画祭では改めて、『主戦場』上映を実行するか否かの結論を近日中に出すことを約束した。(取材・文:中山治美)

第25回KAWASAKIしんゆり映画祭は11月4日まで開催

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