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映画『8番出口』名もなき主人公は「世間そのもの」 川村元気監督が明かす裏側

映画『8番出口』より二宮和也演じる名もなき主人公
映画『8番出口』より二宮和也演じる名もなき主人公 - (C) 2025 映画「8番出口」製作委員会

 累計販売本数190万本超のヒットを記録したインディーゲームを二宮和也主演で実写映画化した『8番出口』(公開中)。地下通路内で起きる異変を見つけるだけのシンプルなゲームを95分のサバイバルスリラーに作り上げた本作は、二宮にとって独立後、初の主演映画となり、第78回カンヌ国際映画祭「ミッドナイト・スクリーニング」部門に出品されるなど海外でも注目を浴びた。本作の川村元気監督が、制作の経緯、映画のテーマなど、制作の裏側を語った(※一部ネタバレあり)。

【画像】『8番出口』メイキング<4枚>

 2023年にインディーゲームクリエイターの KOTAKE CREATE が制作したゲームは、無限に繰り返される地下道の空間を「異変を見逃さないこと」「異変を見つけたら、すぐに引き返すこと」「異変が見つからなかったら、引き返さないこと」「8番出口から外に出ること」という4つのルールにのっとり、出口を探していく。正しく進めれば1番出口、2番出口と8番出口に近づいていき、異変を見逃したりあるいは異変と思い込んで引き返せば0番出口(振りだし)に戻る。映画ではゲームのプレイヤーにあたるのが二宮演じる「迷う男」で、主に彼の視点で物語が展開する。

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 これまで新海誠監督の『君の名は。』(2016)、是枝裕和監督の『怪物』(2023)など数々の映画をプロデュースし、『世界から猫が消えたなら』『四月になれば彼女は』『私の馬』などの小説を発表してきた川村だが、2022年公開の『百花』で長編映画監督デビュー。自身の小説を映画化した同作は、第70回サン・セバスティアン国際映画祭で日本人初となる最優秀監督賞を受賞した。監督第2作となる『8番出口』制作の経緯を、川村監督はこう語る。

 「ゲームに出会ったのは2023年。特に素晴らしいなと思ったのは、そのデザイン。白く整然とした地下道がループする日本的なデザインがすごくいいと思い、そこにグローバルなテーマをもってきてはどうかと。例えば「見て見ないふりをする罪」というのはすべての人の心に堆積しているはずで。スマホばかり見て、世界で起きている異変から目をそらしている。デザインは日本的だけど、体験としてはグローバルな作品にできるのではないかと直感で思った。ただ、よくよく考えてみたら物語がない。そのことに気づいて、どうしたらいいのか……と絶望するところからスタートした感じです」

撮影中の川村元気監督

 物語の主人公は、二宮演じる名もなき男。職業、年齢など何も情報が明かされていないが、川村監督いわく「言うなら彼は“世間”」とのこと。

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 「例えば、電車に乗っていて赤ちゃんが泣いている。そのお母さんに怒鳴っている男がいたとして、大抵の人が見て見ぬふりをしますよね。僕もきっと見て見ぬふりをして、スマホを見ると思う。そのスマホの中で戦争が起きていて、子供が死んでいますというニュースを見てもスワイプする。それが世間で、主人公もその一人です」

 映画の舞台はほとんどが地下通路。「東京メトロ」が協力としてクレジットされていることから、実際に地下通路でロケを行ったのかと問うと、それについては「企業秘密」との回答。

 「“これは一体どうやって撮ったんだろう”と思っていただけるような映像にしたいと思っていました。これまで、自分のアニメーションを多く作ってきたので、それをひとつのアイデンティティとしたいと思っていました。本来繋がらない空間が繋がったり、時間がループしてしまう感覚といったアニメーション的な表現を実写映画に取り入れた時に、観る人が“今何を見ているんだろう?”と混乱するような映画体験を作りたいと」

 そして、作品を象徴するかのように使われているモーリス・ラヴェル作曲の「ボレロ」。起用した理由は「世界で1番有名なループミュージック」であること。

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 「今回、日本的なデザインで世界に届けることが目標だったので、なるべく言葉を使わずに表現したかった。冒頭でボレロがかかった瞬間に世界中の人に“これから我々はループを見るんだ”と思ってもらえるのではないか。ループしながら徐々に盛り上がっていく作りになっているので、0番出口から8番出口を目指す物語そのものを表してもいる。音楽だけではなく、地下通路にエッシャーのだまし絵のポスターがかかっているのですが、あの絵を見れば“今いる場所はエッシャーのだまし絵みたいな空間なんだ”と思うはずで。そういうふうに、音楽や美術の力を借りて、言葉の説明を外していきました」

 ところで、本作には川村監督の前作『百花』といくつもの共通点がある。例えば『8番出口』で主人公が地下通路をループするように、『百花』にも認知症が進行しつつある女性(原田美枝子)がスーパーの同じ場所で同じ行動を繰り返す描写がある。両作はテイストもジャンルも全く異なるが、川村監督は「自分の中では『百花』との連続性をかなり意識して作っている」という。

 「表象が全く違うように見えて、描いていることのテーマは近しい。『百花』で評価されたのは、おそらくループの映像手法で。認知症を患う女性が見ている時間や空間、本来繋がらないはずのものが繋がっていくみたいな表現でした。今度はその手法を取り出して、そこに特化した映画を作ってみたいと。ネタバレになるので詳細は伏せますが、両作で共通するモチーフで言うと『雨月物語』(1953・溝口健二監督)と『シャイニング』(1980・スタンリー・キューブリック監督)です。現代的なデザインだけどテーマは普遍的。加えて僕は何か「自分の欠損したものを探す、発見していく」みたいなことに興味があって、それは『世界から猫が消えたなら』の頃から続いています」

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 なお、映画公開前には川村が執筆した小説版が発売された。「ネタバレ厳禁」であるにもかかわらず、小説を先に世に出すことのデメリットは考えなかったのか? どのような意図があるのか?

 「もちろんネタバレしたくない気持ちも大きかったですけど、映画と小説はいわば双子みたいな関係で。映画ではほとんど主人公は話しませんが、小説で描かれる「心の声」は雄弁で“この時、こういう風に考えていたんだ”“だからこれが怖いんだ”とか、小説を読むことで埋まるようにできているし、そんな逆もしかりで。なおかつ、原作が2択のゲームなので、エンターテイメントとしても観客が“小説から入るか、映画から入るか”を選ぶところからスタートすることがあってもいいのではないかと思いました」

 小説版には、映画にないエピソードも加えられており、映画とセットで読むことでより理解を深められる。随所に遊び心も見られ、小説の“異変探し”をしてみるのも一興だ。(取材・文:編集部 石井百合子)

川村元気プロフィール

 1979年横浜生まれ。『告白』(2010)、『君の名は。』(2016)、『怪物』(2023)などの映画を製作。2012年に発表した小説「世界から猫が消えたなら」が35カ国で翻訳出版され、世界累計270万部を突破するベストセラーに。その他の小説に「億男」「四月になれば彼女は」「私の馬」など。2022年、自身の小説を原作とした長編監督作『百花』が第70回サン・セバスティアン国際映画祭で日本人初となる最優秀監督賞を受賞した。公式HP:genkikawamura.com

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