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吉田恵輔監督が非行少年描く『四月の余白』6月26日公開!一ノ瀬ワタルが劇場映画初主演

『四月の余白』より
『四月の余白』より - (C)2025 N.R.E

 『ミッシング』『空白』などの吉田恵輔監督(※吉=つちよし)の新作映画『四月の余白』が、2026年6月26日より新宿ピカデリーほか全国で公開されることが決定した。あわせて、緊迫感あふれる特報映像と場面写真が公開。主演は、Netflixシリーズ「サンクチュアリ -聖域-」で注目を浴びた一ノ瀬ワタルが務め、本作が劇場映画初主演となる。

【動画】衝撃の一言で始まる『四月の余白』特報

 本作は、吉田監督が多感な時期に出会った非行少年や彼らを取り巻くコミュニティをモデルに描くオリジナル脚本作品。他人の痛みも常識も理解できない少年たちと、彼らに本気でぶつかりながら寄り添おうともがく大人の姿を描く。

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 一ノ瀬が演じるのは、「変わらない子はいない」と信じて少年たちに向き合う、元半グレで更生施設「みらいの里」の寮長・西健吾。柔道の特待生として高校に入学し、のちに格闘家として活躍した一ノ瀬の身体能力が、劇中のアクションシーンでも遺憾なく発揮される。

 西ら大人たちを翻弄する中学3年生の少年・海斗役には、吉田監督が抜擢した新星・上阪隼人が選ばれた。対話で解決する教育方針に限界を感じる中学教師・草野冬子役に夏帆。さらに篠原篤占部房子和田庵山崎七海ら実力派と若手が脇を固める。

 特報映像は、留置場の面会室で海斗(上阪)が放つ「先生……人が痛くても、俺はちっとも痛くないんだけど」という衝撃的な言葉から始まる。バットを振り回す少年の危うさと、それでも彼を信じようとする大人たちの切実な願いが交錯する、胸を締め付ける内容となっている。

 吉田監督は本作について、「対話で何ともならない子供を見てきた自分としては、現在の教育で狂気に走る子供達を、どうやって導いたらいいのか疑問を持っています」と吐露。 「この映画が、教師の環境問題、理解を超えた子供との向き合い方を見つめ直すきっかけになれば」とコメントを寄せている。

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 一ノ瀬、夏帆、上阪、吉田監督のコメント全文は下記の通り。

主演:一ノ瀬ワタル (西健吾役)

 西健吾という過去に悪かった男が、現在では子供達の更生施設を運営している所から物語がはじまります。四月の余白のスタッフに小学校の先生をやられていた方がいて、その方は一旦教師を辞めて社会を学ぶ為にいろんな仕事をして経験を積んでると仰っていました。確かに学校で学ぶ事って勉強だけじゃないし、西健吾みたいな人生を歩んできたからこそ子供達に教えれる事ってあるんじゃないかなって思いました。子供達の為に体罰は必要なのか、何が子供達にとっての幸せなのか。人は更生できるのか。過去の罪は許されないのか。この映画を観終わった後に、皆様の心に問う作品だと思います。「四月の余白」ぜひ劇場でご覧ください。

夏帆 (草野冬子役)

 初めての吉田組は、毎日とんでもないスピードでぐんぐん進んでいき、的確で無駄がないのに、遊び心のある吉田さんの演出に、ただただ圧倒されるばかりでした。わたしは冬子という教師を演じています。人を指導することのむずかしさ、歯痒さ、そして罪を償うこととは? 許すこと、許せないこと、答えのない問いに精一杯向き合いながら演じさせていただきました。一ノ瀬さん、そして上阪くんをはじめ、生徒役のみなさんと対峙した時間が、今もまだ強く記憶に残っています。ぜひ、劇場に足を運んでいただけたらうれしいです。

上阪隼人 (澤海斗役)

 作品への出演が決まったときは、大きな喜びと同時に身の引き締まる思いがありました。常識にとらわれず、ユーモアと深い洞察をあわせ持つ吉田監督の現場は、常に和やかで笑いに満ちており、理解が難しい場面についても丁寧に向き合ってくださったことで、ある意味で「素の自分」で役を演じる事ができたと感じています。その年頃にしか分からない親や社会への反発心、何が彼(海斗)をあんなふうにさせてしまったのか、役と向き合う中で、僕自身も多くのことを考えさせられました。この作品は自分自身の人生を大きく変える一本になると思います。初めての経験も多く、何が本当の正解かはまだ分かりませんが、この作品に僕は全力を注ぎました。人生の中で吉田監督の作品に携わり、海斗として生きた時間は、僕にとって一生の宝物です。

吉田恵輔 (監督・脚本)

 この物語は私の実体験や、周りで起こったことをベースに書きました。子供の頃に育った地域は治安が悪く、不良からヤクザになる人が沢山いました。私も誰かを傷つけたり、暴力を振るう事に罪悪感など考える事がなく、それが当たり前と思っている環境でした。その環境でも仲間や、理解のある大人との出会いで少しずつ、まともになっていった気がします。しかし、その成長過程で、飛び抜けて狂気に走る子供が何人かいました。皆が痛みの限度を知る中で、全く共感性などの理解がなく、仲間の中でも孤立していき、嘘をつき、弱い人間を徹底的に痛めつけ全てを奪う。そういう子供は、喧嘩が弱く、強いリーダーの陰に隠れて悪さをするタイプが多かった気がします。当時の学校教育は、教師が生徒を叩いたり、力でねじ伏せていました。そこで、ゲンコツの痛みを知って大人の階段を登る時代でした。しかし、現在の教育では教師が生徒に手を挙げる事ことは、当然ダメで強く叱ることも、場合によってはクレームがくる状況です。対話で理解させる。これが今の教育。対話で何ともならない子供を見てきた自分としては、現在の教育で狂気に走る子供達を、どうやって導いたらいいのか疑問を持っています。勿論、子供に手を上げることは推奨していません。だとしたら、同じ目線で徹底的に向き合うしか道はないと思いますが、日本の教師は、あまりに時間がありません。授業を終えても、課外を作り、テスト採点をして、部活の顧問もやらなくてはいけない。給料だって高くなく、負担だけが多い職業となっています。この映画が、教師の環境問題、理解を超えた子供との向き合い方を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

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