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~第3回 2009年1月~

INTERVIEW@big apple

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INTERVIEW@big apple

今月は、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品アカデミー賞最有力といわれている作品の取材、そして殺害された女優のチャリティー・イベントをご紹介します。

11月17日殺害されたエイドリアン・シェリーのチャリティー(ニューヨーク・ユニヴァーシティー・スカーボール・センターにて)

エイドリアン・シェリー財団

2006年の11月に、首つり自殺と見せかけ、殺害された女優で監督のエイドリアン・シェリー。その彼女に敬意を表するために、短編や長編作品にかかわっている女性監督、女性脚本家、そして女優たちに賞を贈っているチャリティー・イベント。

ケリー・ラッセル、シェリル・ハインズ、ポール・ラッド、リリ・テイラー、アンドリュー・オストロイ、ジェレミー・シスト

ケリー・ラッセル/リリー・テイラー

事件から2年が経ち、エイドリアンの夫アンドリュー・オストロイは、4歳の娘に、できる限り母親の思い出を残そうとエイドリアンの話をしているらしい。この財団が、エイドリアンの死から3週間後に設立されたことについてアンドリューは「確かに少し設立には早過ぎる感じはしたが、エイドリアンの映画の宣伝以外に、悲しみを紛らわせる何かに没頭する必要あったんだ」と答えてくれた。

映画『ウェイトレス ~おいしい人生のつくりかた~』で共演したシェリル・ハインズは、エイドリアンが生前に書いた脚本『シリアス・ムーンライト』(原題)の監督で、2009年に劇場公開される予定らしい。シェリルはこのイベントで「23時間は電話口の対応で、残りの1時間はコーヒーを作っている」そうだが、もちろんジョークだ。エイドリアンの作品で主演を演じたケリー・ラッセルは「女性の声をしっかり人に聞かせようと努力していた情熱的な人よ。彼女の意思をこういう形でつなげていくことができて、本当に幸せなの」とエイドリアンの人柄を語ってくれた。

11月19日ショーン・ペンをはじめ、スターたちが登場!(リージェンシー・ホテルにて)

映画『ミルク』(原題)

サンフランシスコの市会議員に当選したハーヴェイ・ミルクは、その選挙にかかわったボランティア、ゲイの友人、恋人たちとともに、積極的に政治に参加し、同性愛者の世間認知を図ろうと努力する。映画は、選挙前後を通して華のあるミルクの魅力をショーン・ペンが存分に引き出している。

ショーン・ペン、ガス・ヴァン・サント監督、ジョシュ・ブローリン、エミール・ハーシュ、ジェームズ・フランコ、アリソン・ピル、ダスティン・ランス・ブラック

フリードリンクです!/記者がすでに席を取っています……!

これだけのスターが一堂に会する上、アメリカの記者会見やインタビューに応じないことで有名なショーン・ペンが登場すると聞いて、会場は混雑必至かと思われた。そのため普段より早めに会場に行ったのだが、記者はわずか30人程度。マスコミは事前に選考されていたのである。撮影中、ジェームズは、ミルクが活動していたカストロ通りの北にある、義理の兄のアパートに泊めてもらい、ミルクを暗殺したダン・ホワイトを演じたそうだ。ジェームズは、ダンを演じることで周囲からバッシングされるだろうと思っていたそうだが、街全体がこの映画を支持し、協力的だったことに驚いたそうだ。

ショーンは、ミルクのしぐさをマスターするため、ドキュメンタリー映画や過去の映像を何度も観て、役作りに挑んだそうだ。撮影監督のハリス・サヴィデスはマドンナのお気に入りの撮影監督。多忙なハリスに参加を依頼し、OKをもらうのに大変苦労したとサント監督が話すと、横にいたショーンが「おれがマドンナの元夫だったから、問題解決さ!」とジョークを飛ばし、会場を爆笑に包んだ。

11月20日携帯電話をなくしてしまったパルムドール受賞監督!(ニューヨーク リージェンシー・ホテルにて)

映画『ザ・クラス』(原題)

教職経験を持つ作家フランソワ・ベガデユーが、原作だけでなく主演も演じた本作は、教育の格差などが増えつつある現在のフランスの問題点を、移民労働者から発生する人種問題などを通して浮き彫りにした作品。カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した作品である。

ローラン・カンテ監督

ローラン・カンテ監督/シェリル・ハインズとアンドリュー・オストロイ

毎週水曜日に生徒たちとともに、数時間のワークショップを開催したローラン監督の指導や人柄が良かったのか、生徒たちは皆真剣で、学校の教師たちはローラン監督に嫉妬(しっと)してしまうほどだったそうだ。フランスの学校では、毎学期ごとにそれぞれのクラス代表の生徒2名と教師たちが集まり、会議を開くらしい。クラスで起きた問題点を議論し、その会議の報告をクラス代表の生徒が、残りの生徒たちに伝達するというシステムらしい。これは、学校を一つの小さな社会と仮定し、生徒自身に責任をしっかり植え付けさせるために行われるもの。

劇中で、生徒と教師が激しく議論を交わすシーンがある。これが日本ならば、生徒は廊下に立たされそうだが、しかしこの映画を観ていると、生徒と教師の間に激しい議論が起きない日本の学校が異常に思えてしまった。ちなみに、僕の取材がこの日の最後となったローラン監督。取材が終わり、後片付けをし始めたローラン監督だったが、携帯をなくしたことに気付いたらしく、僕も含めスタッフ全員で部屋の隅々まで探したのだが、結局出てこなかった。思い出深いエピソードだが、ローラン監督にとっては気の毒な出来事である。

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