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聖職者による性的虐待を暴く衝撃のドキュメンタリー「キーパーズ」シーズン1評

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キーパーズ
1969年11月に行方不明になり、その2か月後に遺体となって発見されたキーオ高校の教師で修道女のシスター・キャシー・セズニック。事件は迷宮入りとなった

 今年5月にNetflixで世界同時配信されたドキュメンタリー・シリーズが、一つのムーブメントを巻き起こしている。1969年に米国ボルチモアで起きた高校教師の修道女、シスター・キャシー・セズニックが殺害された未解決事件の真相を追いながら、聖職者による性犯罪を隠蔽するカトリック教会の闇を暴き出す「キーパーズ」(全7話)だ。未解決の刑事事件を扱うドキュメンタリーというと、日本ではバラエティー的なうさんくさいものを思い浮かべてしまう人も多いはず。だが、近年アメリカのエンターテインメントにおいて、犯罪ドキュメンタリーは制作本数も多くジャンルとして確立されていると言っていい。

 証言者の中心となるのは、キャシーの元教え子でキーオ高校の卒業生であるジェマ・ホスキンズアビー・シャウブ。彼女たちはFacebookで特設ページを立ち上げ、事件を風化させないように活動を続けているパワフルな女性たちだ。第1話は、キャシーがどういう人物だったのか、また事件当夜の足取りなどが関係者の証言や当時の記録などから語られる。生徒からの人望も厚かった25歳の魅力的な女性キャシーの人柄を丁寧に伝える一方で、同時期に近い場所で起きていた若い女性ジョイス・マレキーの殺人事件を取り上げ、二つの殺人の関連性を示唆する。

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キーパーズ
神父による性的虐待を告白した、元キーオ高校の生徒ジーン・ウエーナー。当時、神父によってシスターの死体が遺棄された場所に連れて行かれたという

 事件が起きたのは、メリーランド州ボルチモア。アメリカで最初にカトリックが根付いた土地で、当時は家に鍵をかける習慣もなく安全な地域だったという。そんな土地で、何が起きたのか? 導入としては完璧で、関係者にとっては不謹慎な言い方にはなってしまうが、俄然事件の真相に興味がわく作り。自らを“引退したナンシー・ドリュー”(※アメリカの児童向け推理小説の主人公の名前)になぞらえるジェマたちの探偵ぶりも親しみやすい。だが、第2話で空気は一変する。キャシーの殺人事件は、実は1994年にキーオ高校の元生徒である匿名女性の告発によって全米の注目を集めていたのだが、第2話でこの匿名女性=ジーン・ウエーナーが登場し、当時高校で「何があったのか」をつまびらかにしていく。それはキーオ高校を支配していた2人の神父、ジョセフ・マスケルニール・マグナスによって行われていた、おぞましい性的虐待の実態だ。

 正直、ジーンがカメラの前で語る事実は衝撃的すぎて、視聴を続けるのをためらうほど残酷でむごたらしい。生徒たちのバックグラウンドを調べ上げて、獲物を物色していたマスケルたちにとって、幼い頃、おじから性的虐待を受けていたというジーンは、いわば格好の獲物だった。心理的にも物理的にも逃げ場を失い、他言すれば命はないと脅され、レイプされ続けたジーン。時には他の男性もおり、中には警官や軍関係者、地元の名士らもいたという。警察や軍のチャプレン(施設や組織で働く聖職者)でカウンセラーでもあったマスケルは、そうした組織を後ろ盾とし、見返りとして女生徒たちを与えてもいたのだ。修道女が運営する厳しい学校で、神にも等しい権力を持ったマスケルとマグナスに対して、少女たちに何ができただろうか? この学校内で行われていた犯罪を確信し、何らかの手段をとろうとしていたのがキャシーだった。

キーパーズ
キャシーの失踪後、妹のマリリンにキャシーから手紙が届いた。しかし、未開封のまま警察に渡したのち手紙は紛失され、内容はわからないままに……

 ここで一つの筋書きが浮か上がるわけだが、自身のおばがキャシーの教え子だったことから本件に関心を持ったというライアン・ホワイト監督(秀作ドキュメンタリー映画『ジェンダー・マリアージュ ~全米を揺るがした同性婚裁判~』(2014))の手腕は実に巧みだ。取材と調査による膨大な情報量を手際よく編集し、犯人探しという大筋に沿いながら、1話ごとに視聴者がええっ!? と驚く新展開、新情報を効果的に明かしていく。確実に次のエピソードへと引っ張る作りは連続ドラマの王道だ(この点においてドラマチックに過ぎるという意見もあるだろう)。一方で、こうしたセンセーショナルな内容にも関わらず、興味本位といった印象はなく、のぞき趣味的な背徳感を視聴者に抱かせることもない。それはホワイトが事件に真摯に向き合い、何よりも被害者である女性たちとサポートする人々に寄り添っているからにほかならない。

 もとより本作が約7時間かけて浮き彫りにしているのは、犯人探しやカトリック教会の隠蔽体質を暴くという以上に、性犯罪の被害者が声を上げることがいかに困難であるかという現実だ。前述のジーンによる1994年の告発が不起訴に終わったことは、本作の前提となっている。100人もの被害者が声を上げたにも関わらず、州検事は訴追せず、マスケルは当時まだ神父だったという。警察は証拠となる文書を紛失し、捜査を妨害し、虐待された女生徒を診察した婦人科医、弁護士も含めて、すべてが教会という絶対的な権力の味方。身を切るような思いで証言した被害者の声は無視され、現在ではトラウマ、PTSDとして広く認識されているが「何十年も前の封印していた記憶を取り戻す」なんてことは作り話であると、カトリック教会御用達の学者が笑顔で断言する(1990年代には記憶を取り戻した人々による性的虐待の告発が相次いだ)。被害者たちは、「なぜ逃げなかったのか?」と非難され、差別や偏見にさらされる。そして忘れられていくのだ。

キーパーズ
著名な法医学者が、キャシーが亡くなった時の様子を「側頭部に欠損があり、殴られてからすぐには死んでいなかったことが予測される」と推測

 これ、今年5月にレイプの告発が、いかにしてもみ消されたのかを記者会見で語った詩織さんの事件を思い浮かべた人も多いのでは。その内容は、驚くほどに本作と重なるものがある。詩織さんが勇気をもって訴える姿に心を動かされずにはいられないように、本作に登場する被害者とサポーターたちが、大きな挫折や無力感を何度も味わいながら、決してあきらめず、事件を風化させまいと闘い続ける忍耐力と勇気、献身を思うたびに涙がこぼれてしまう。こうした「性犯罪を絶対に許さない」という強い意志のもとに築かれた人々の絆、連帯の尊さを伝える点にこそ、「キーパーズ」の真価があるのだと思う。

 この連帯の広がりは、Facebookと本作を通じて世界規模となっている。新たな情報が寄せられ、ほんの少しだけ状況を改善する法案が通ったり、沈黙していた他の被害者が声を上げるなど、収録中から作品が公開されたあとも、確実に社会の変化を促している。日本にいても、一つの作品が現在進行形で社会を動かしていくさまを目の当たりにし、体験することができるのは、本作を含めオリジナルシリーズは基本的に世界同時配信を旨とするオンライン動画配信サービスのNetflixならではと言えるだろう。

キーパーズ
キャシーと同時期に殺害されたジョイス・マレキーの墓。20歳の若さで亡くなった彼女の事件もまた迷宮入りとなっている

 犯罪ドキュメンタリーのジャンルにおける先達は、有料チャンネルのHBOである。疑惑の富豪が収録中に殺人を告白した「ザ・ジンクス:ザ・ライフ・アンド・デス・オフ・ロバート・ダースト(原題)/ The Jinx: The Life and Deaths of Robert Durst」(2015)などが代表的で、秀作も多い。Netflixでは、シリーズものとしては冤罪を扱った「殺人者への道」(2015)が大きな成功を収めたことが記憶に新しく(『キーパーズ』の方が制作開始が早い)、オリジナル映画『アマンダ・ノックス』(2016)ほか、このジャンルはNetflixの大きな強みにもなっている。そうした中で、「キーパーズ」がとりわけ人々の心に強く訴えるものがあり、今年のエミー賞候補になるなど評価されている最大の要因は、やはり被害者の物語を伝えている点にあると思う。マスケルやマグナスが、いかに常軌を逸したサイコパスであるかを好奇の目で暴くのではなく、わたしたちの記憶に残るのは、シスター・キャシーの輝くような笑顔であり、困難に立ち向かい、連帯する人々の姿なのだ。

Facebook:The Keepers Official Group - Justice for Catherine Cesnik and Joyce Malecki

「キーパーズ」(原題:The Keepers)
90点
社会派 ★★★★★
ミステリー ★★★★☆

視聴方法:
Netflixでシーズン1独占配信中

今祥枝(いま・さちえ)映画・海外ドラマライター。「BAILA(バイラ)」「日経エンタテインメント!」ほかで執筆。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。当サイトでは「名画プレイバック」を担当。作品のセレクトは5点満点で3点以上が目安にしています。Twitter @SachieIma

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