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信仰をテーマに人間の孤独を描いた衝撃の“鬱ホラー”『セイント・モード/狂信』

厳選オンライン映画

女性監督特集 連載第3回(全7回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。今回は女性監督特集として日本初上陸となる新作を全7作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

セイント・モード/狂信
『セイント・モード/狂信』 - (C)2020 Saint Maud Limited, The British Film Institute and Channel Four Television Corporation. All Rights Reserved.

『セイント・モード/狂信』ソニーデジタル配信

上映時間:84分

監督:ローズ・グラス

出演:モーフィッド・クラークジェニファー・イーリーリリー・フレイザーほか

 イギリスの女性監督ローズ・グラスの長編デビュー作『セイント・モード/狂信』は、2019年のトロント国際映画祭ミッドナイト・マッドネス部門で上映され、評判になったホラー映画だ。その後、英国アカデミー賞(BAFTA)では『プロミシング・ヤング・ウーマン』『ファーザー』などの話題作とともに英国作品賞にノミネートされ、英国インディペンデント映画賞(BIFA)では新人監督賞を受賞。アメリカでの公開時にはA24が配給を手がけた。

 こうしたいくつかの情報だけでも、本作がジャンル映画としての類型的なホラーではないことが想像できるだろう。同じくA24が惚れ込んだ『ミッドサマー』のアリ・アスター、『ライトハウス』のロバート・エガースは、今最もホラー界で脚光を浴びているフィルムメーカーだが、ひょっとするとローズ・グラスは彼らに匹敵するとてつもない才能の持ち主かもしれない

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セイント・モード/狂信
『セイント・モード/狂信』より - (C)2020 Saint Maud Limited, The British Film Institute and Channel Four Television Corporation. All Rights Reserved.

 主人公の若い女性モード(モーフィッド・クラーク)は病院勤めの看護師だったが、ある悲劇的な出来事をきっかけに退職し、今は敬虔なカトリック信者として生きている。そんな彼女が丘の上の屋敷で隠遁生活を送るアメリカ人の元ダンサー、アマンダ(ジェニファー・イーリー)を住み込みで看護することに。アマンダは余命わずかの末期ガン患者で、モードは彼女を救済することが自分の使命だと感じるが、その先には想像を絶する苦難が待ち受けていた……。

 はたしてモードは死期迫るアマンダの救世主になれるのか。その答えはすぐに「ノー」だとわかる。なぜならモードは高潔で徳の高いセイント、すなわち聖人などではなく、さまよえる子羊のような女性だからだ。しかもひどいトラウマを負っているモードは情緒不安定で、むしろ彼女こそが誰かに救われるべき存在である。それでもモードは他人を救済することこそは神の御心だと確信し、アマンダに献身的に寄り添おうとする。この現実と理想の埋めようのないギャップが悪夢のような事態を招き、ついにはモードを取り返しのつかない“狂信”へと駆り立てていく。

セイント・モード/狂信
『セイント・モード/狂信』より - (C)2020 Saint Maud Limited, The British Film Institute and Channel Four Television Corporation. All Rights Reserved.

 そもそも目に見えない神様の存在を信じ、天の啓示を真実だと受け止める信仰は、極めて主観的な行為だ。自らもキリスト教に親しんで育ったというグラス監督は、モードの一人称視点でストーリーを語りながら、妄想との境目が曖昧な信仰の危うさを観る者に疑似体験させる。さらには空中浮揚などの超常現象、モードがイエス・キリストのごとく地上の痛みを受容する自傷行為を映像化。また、劇中にはモードが“神の声”を聞くシーンがあるが、見方を変えればそれは“悪魔のささやき”に魅入られているようにも解釈できる。

 そして信仰をモチーフにした本作の根底に流れるテーマは、人間の“孤独”である。モードには家族も友人もいない。ロケ地であるヨークシャー地方の寂れた海辺の町スカボローをうつろに漂流するモードは、自分の居場所はどこにあるのか、自分は何のために生きているのかといった根源的な苦悩にさいなまれている。ゆえにモードは奇行を連発する半面、精神的には観る者が共感し得るキャラクターとして描かれている。グラス監督は、アマンダに拒絶されて自暴自棄な行動に走るモードの心身両面の激痛を容赦なく描くが、彼女を蝕む孤独の病魔と希望のありかを求める救済という主題を切実に捉えている。そこに本作の鋭くも恐ろしい本質がある。

セイント・モード/狂信
『セイント・モード/狂信』より - (C)2020 Saint Maud Limited, The British Film Institute and Channel Four Television Corporation. All Rights Reserved.

 その一方で、グラス監督はホラー映画ならではのダークでシュールな映像表現を積極的に実践し、映画の不穏な密度を高めている。撮影、編集、美術、音響のいずれもハイレベルで、精巧に設計されたあらゆるショットから目が離せない。モードの不安、抑圧、狂気、恍惚(こうこつ)を生々しく体現した主演女優、モーフィッド・クラークの何かに憑依されたような演技も圧巻のひと言だ。

 もはや本作は、あらゆる観る者の気分を落ち込ませる鬱(うつ)ホラーと言ってもいいが、モードの行きつく果てには衝撃的なエンディングが待っている。その結末は崇高なる奇跡か、それとも完全なる破滅か。現実/妄執、信仰/狂信が反転する究極の瞬間がここにある。(文・高橋諭治、編集協力・今祥枝)

映画『セイント・モード/狂信』はソニーデジタルより配信

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