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本日公開!『ハリー・ポッターと謎のプリンス』の監督が語る「原作と映画は別もの」

本日公開!『ハリー・ポッターと謎のプリンス』の監督が語る「原作と映画は別もの」
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』撮影中の風景

 J・K・ローリング原作による世界的ベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの映画版第6弾映画『ハリー・ポッターと謎のプリンス』が、日本で本日15日より公開されるが、第5弾の映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』に続き本作でも監督を務めたデヴィッド・イェーツに話を聞いた。デヴィッド・イェーツ監督は最終章映画『ハリー・ポッターと死の秘宝』でもメガホンを取っている。

−そもそも2作続けて監督されたのはあなたの意志だったのですか?

それは両者が合意して決めたんだ。前作はとても楽しかったから、そこで終わりにするのはとてもつらいものがあったね。プロデューサーたちをはじめ、スタジオ側も皆とても協力的で、これまでやってきたことを絶賛してくれていたから、それを手放してしまうのはとても難しかったんだ。前作以上に本作の製作を楽しんでいるよ。今では自分の置かれている環境について以前よりわかるようになったし、お互いのことをより深く理解できるからかもしれないね。そういったわけで今回も引き続き楽しんでやれるのはうれしいね。

−原作から少しストーリーを変えられたようですが、それは映画的観点から監督の意向でなさったわけですか?

映画化する際は必ず変えなければならないところが出てくるわけだけれど、ハリー・ポッターのこれまでの映画化においても、原作の中で失いたくない部分を失ってきた。(本と映画というのは)まったく違う媒体だから、残念ながらそういうプロセスは避けられない。本作で変えたところというのは、J・K・ローリングにも見てもらって、納得してもらっているんだ。彼女はいつでも僕たちのやることに満足しているようで、支持してくれるんだよ。彼女は、2つの媒体がまったく違うものだということを理解してくれている。映画では2時間半の間、暗い映画館の中で劇的なものを用いてオーディエンスの心をつかむものだから、本を読むのとはまったく違うわけだ。彼女はいつも脚本を読んで、いくつかコメントを書いたりはするけど、全体的にしっかりとサポートしてくれるんだ。

−前作では原作はそれまでで一番長いのに、映画としては一番短い作品でしたが、あなた自身子どもが観る映画なのでできるだけ短くしたいということがあったのでしょうか? 今回もまた短くなったりするのでしょうか?

本作は前作よりは長くなると思う。前作を短く収めなければならないと思ったのは、その旅はオーディエンスにとって長い旅になるかもしれないと感じたからなんだ。映画はよく長過ぎることが多いと思うんだ。オーディエンスに甘えて、自己満足に陥り長過ぎる作品となってしまうことがよくある。時には、過ぎたることはおよばざるがごとしということはあるよね。最終的には映画としては一番満足したと感じることができる長さにするべきで、前作は特に短い映画を作るのを目的としてやっていたわけではないけれど、あの長さが一番ストーリーをうまく語ることができる長さなのではと思えたからなんだ。そうは言っても、僕自身は長過ぎる映画に対する偏見のようなものはあるかもしれないな。オーディエンスは観ていて疲れてしまうと思うんだ。

それからまた、本作の後にもう1作残っているから、本作でオーディエンスになるべく盛りだくさんな経験をしてもらいたいのと同時に、また次作で必ず戻ってきてほしいとも思う。そういったことも考えて、映画は長過ぎずちょうどいい長さであるべきだと考えなければならなかったんだ。

−6作目を象徴するキーワードがあるとすれば、監督にとってそれは何でしょうか?

キーワードか。とてもロマンチックで、今回はロマンスあふれる作品となったのは確かだね。“Snogging”はたくさん出てくるよ。Snoggingというのはイギリス英語でキスのことなんだ。僕はよくセックス、ドラッグ、ロックンロールと言っていたんだが、それよりは実際にはもっと具体的なのかもしれないね(笑)。ストーリーの中には、思考を変えることのできる魔法の薬が出てくるんだけれど、ハリーはフェリックス・フェリシスを経験し、それによって幸運を手に入れることができる。ロンは愛の妙薬を飲んで、頭がくらくらし、ちょっとばかになってしまったりする。そうやって子どもたちが精神状態を変える薬を飲むというストーリーは、子どもたちが成長して行く様子を描いているわけだ。新しいことを経験したり、世界にはどんなものが存在するかを知るようになる。そしてそれらがどれだけ難しく、つらく、そして楽しいことかというのを体験するわけだ。突き詰めて考えるとロマンチックコメディーだと言えるけれど、中盤でギアを変え、それ以降はヴォルデモートの魂の一部を追求する話に変わっていくから、いろいろな要素があるね。

−前の作品でビジュアル・エフェクトも入った、初めてのメジャー作品を体験されましたが、そこで反省点をみつけ、それを今回に生かしていこうとされましたか?

そうだね。毎回必ず学ぶことがあるのは当然だし、監督としては常に学び続けて行くことになるはずだ。それこそがこの仕事の素晴らしいところでもあるわけだ。どの段階でも完ぺきだと言うことはありえないから、いつでも新しいことを学び続けることになる。自分は完ぺきだと思い始めたら、その時点で監督の仕事を辞め、ほかのことを始めるべきだと思うね。前作では視覚効果について多くのことを学んだよ。一緒に仕事をしてきた俳優たちの長所、短所も常に学び続け、より素晴らしいものを彼らから引き出して行こうとしている。そういう意味では前作で学んだことが、本作でも助けになっているはずだね。

また、物事は速いスピードで変化し続けて行っている上、本作は前作と違ってどうしたらいいだろうかなどと振り返っている間というのは限られているものだ。前作を終えてすぐ、本作の脚本に取りかかったんだ。だから、直感に頼る部分もかなりあるんだよ。あまり深く分析したりせず、感じたことを実際にやってみるだけさ。物事が進んで行くスピードは速いから、許された時間の中では、そうするしかないんだ。それはかえっていいことかもしれないな。自意識過剰になったり、考えすぎたり、分析し過ぎたりするべきではなく、実際に感じてみるべきだと思うからね。分析しすぎると、とかく意識し過ぎたりするものだよ。

−ロマンチックコメディーになっていくと、演技がより重要になっていくわけですが、メインキャストの中で、「あ、この人こんな才能があったんだ」と驚かされたというようなことはありましたか?

みんなが成長していくにつれ、俳優としても実力をつけていっているのは素晴らしいことだと思うよ。そして常に向上しようというハングリー精神を持っている。前作で一緒に仕事をしてきたから、彼らが毎週毎週どんどん自信をつけてきているのがわかるよ。本作のいいところは、前作に比べ、特にダンにとってはよりコメディー的要素のあるシーンを演じることができるということだ。前作はより緊迫して感情的だったわけだが、本作ではおかしい部分を演じることができる。自分で違ったギアに合わせていかなくてはいけないわけだから、俳優として彼にとっていいことだと思うね。エマもよりコメディー的要素が多いけど、彼女は今では違うことを試してみようという自信を持てる段階に来ているから、素晴らしいと思う。だから彼らがこのように前進していって、新しいことに挑戦しようとしている姿を見てうれしいよ。勇気づけられるね。

−トム・リドルの幼いときの役を、レイフ・ファインズの甥(おい)が演じていますが、この役にはどのような要素が必要だったのですか? そしてまた彼は実際にはどんな人なのですか?

ヒーローはとてもかわいらしい、いい子だよ。直感が鋭いね。監督としてはいつでも自分で思ったことを話したり、提案したりして助けて、導いてあげ、そしてインスパイアしてあげようとするわけだけれど、そういう与えられた指示を理解し、生かしていくのがうまい子だと思ったね。9歳から10歳ぐらいのまだとても小さい子だけど、僕が何か言うとすぐに何を言わんとしているかを理解する。彼よりももっと年が上の俳優でも、それはあまり上手ではない人はたくさんいるのにね。

それからヴォルデモートには陰りがあり、ダークで威嚇的な存在感があるわけだけど、彼はそれを自分の中に見いだすことができたんだ。大勢の子どもたちを見てきたけど、そのような気味の悪いダークな心理に入って行くことができる子は珍しかった。そのぐらいの年の子どもたちは皆たいがいかわいらしいものだろう? ヒーローももちろん同様にかわいい子なんだけど、彼には持って生まれた演技の才能があるから、幼少のヴォルデモートを演じることができたんだ。

−ヒーローとは英雄のヒーローと同じつづりですか?

ヒーロー(・ファインズ=ティフィン)、つづりはh-e-r-oだよ。

−前作と比べて成長して現場に戻ってくる役者が多いと思いますが、そのような成長を目の当たりにして、反対に刺激を受けることというのはありますか?

皆、素晴らしい俳優ばかりだね。アラン・リックマンも戻ってくるけど、本作では彼の役柄にはさらにいろいろな展開が待っている。原作通りどんどん発展していくんだ。彼とのシーンはとても楽しみにしているよ。イギリス人俳優の豪華な顔ぶれにもかかわらず、それぞれの出るシーンは限られているということはよくあって、自分の出番をやってすぐおしまいという感じだったけど、今回アランとはじっくり仕事できるんだ。彼は頭のてっぺんからつま先まで完全にスネイプ先生で、オーディエンスもすごく気に入ると思うから、わくわくしているよ。ダンブルドア校長役のマイケル・ガンボンも、本作ではこれまで以上に見どころが満載だ。彼は感情的な痛みを経験する上、肉体的にもつらい役どころだ。そして最終的に公衆の面前で死に絶えるというとてもパワフルな場面がある。彼のたどる忘れられない軌跡があるんだ。

ウィットに富んだ、面白い面も持ち合わせたこれまで通りのダンブルドア教授ではあるけれど、厳しい旅を経験する。これはマイケルにとってはやりがいがあると思うよ。彼はシリーズでは3作演じてきて、彼がまた戻ってくるのは素晴らしい。彼はこの役に頑強さ、熱意、フォーカスといった、僕が前作では感じなかったこれらのことをもたらしてくれた。本作には本当に貢献されたと思うけど、それも単に彼の出番が多かったという理由からなんだ。それによって俳優として彼にとって何が可能なのか、何を達成することができるかということをインスパイアされた。誰しも挑戦というのは必要なもので、本作は彼にとって大きな 挑戦となったんだ。マイケルがどんなことができるのかというのが、前作以上に本作では見られるよ。

−世界中の人が注目するハリー・ポッターの監督をすることでメリットとデメリットはどのようなことだと感じていらっしゃいますか?

そうだね。この世界はとても豊かで、だからこそ、面白く、感情にあふれ、恐ろしく、緊迫してマジカルなもので、まるでストーリーテラーとして、映画製作のジムにいるようなものだ。あるとき撮影したシーンは、遊び心があっておかしいシーンだったけど、あるときは生々しい感情、緊迫感に満ちたとてもダークなシーンの撮影がある。ストーリーテリングのキャンバスの上で、毎週違う側面を描いているようなものだね。これこそが本作を作る素晴らしいところだね。

そしてまた21世紀に資源があふれている中、産業的な映画製作の最高のマシンを用いて、それらすべてを使っていいというのは、素晴らしいね。考えられる道具をすべて駆使して作ったので、ハリー・ポッターを終えた段階では、21世紀エンターテインメントの最先端の技術は何であるか、熟知しているだろうと言えるね。ストーリーテラーとして、そのような経験をさせてもらえたというのは、そしてさらにそのような経験を今後将来的にも生かしていけるというのは、大変な財産だね。というわけでストーリーテラーとして、映画製作者として前進していくにつれ、思いつくのはみなメリットばかりで、デメリットは僕には考えられないね。とにかく僕は楽しくて仕方がないんだ。この世界にいることができ、スタジオ側にも信頼してもらえて、ストーリーをファンに伝える機会を与えてもらい、とても幸運でかつ光栄だと思っている。とても楽しんでいる。仕事場にやってきて楽しんで仕事ができるというのはいいものだよ。(取材・文:シネマトトゥデイ)

映画『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は7月15日より全国公開


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