ジョン・トラヴォルタ、息子の死と、自らの飛行機でハイチ救済に向かったことを語る

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『フロム・パリス・ウイズ・ラブ』(原題)会見での ジョン・トラヴォルタ - Photo:Nobuhiro Hosoki

 映画『サタデー・ナイト・フィーバー』や『パルプ・フィクション』でおなじみのジョン・トラヴォルタが、映画『フロム・パリス・ウイズ・ラブ/ From Paris with Love』(原題)の記者会見に参加し、亡くなった息子、ハイチへの救済、そして新作について語ってくれた。同作は、パリのアメリカ大使館で働くリース(ジョナサン・リス=マイヤーズ)が、ベテラン・シークレット・エージェント、チャーリー(ジョン・トラヴォルタ)と手を組んで、市内のテロ行為を防ごうとするアクション大作。脚本にリュック・ベッソン、監督は『96時間』のピエール・モレルが務める。

 ハリウッドの中でも敬愛されているジョンだが、去年は最愛の息子を失い、その喪失感から仕事ができず、世間から心配の声が聞かれていたが、「去年は、本当に辛い1年だった……。今も、毎日その悲しみを癒そうとしているよ。でも今は、教会に通ったり、友人たちと会うことで、徐々に癒されてきているんだ。まだまだ、つらいけど、周りに助けてくれる人々がいるだけでも、十分支えになったんだよ。心配して、聞いてくれてありがとう!」とつらいことをたずねたにもかかわらず、笑顔を向けるトラヴォルタ。

 先日、地震で被災しているハイチに自らジェットの機で救済に向かったことについても、「名誉なことに、自分の飛行機を着陸させ、救援物資を輸送することができたんだ。個人的に、何かしなければいけないと責任を感じていたんだよ。機内には、ボランティアの牧師や食料、その他に医療品を乗せていたんだ。実は、一週間前にもすでに一機目を飛ばしているんだよ。今回は2回目なんだけれど、ほかの救援物資みたいに、送られた後、その物資の行き先がわからなくならないように、一緒に行ったボランティアの牧師たちが、救援物資を直接被災した方に手渡せるようにしたんだ。彼ら(牧師)から、何百人ものハイチの人々に手渡すことができたという良い報告を、ここ2、3日聞いているんだ」と救援物資を責任を持って送り届けられたことに喜びを感じていることを語った。

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 映画『フロム・パリス・ウイズ・ラブ/ From Paris with Love』(原題)で、ベテラン・シークレット・エージェント、チャーリーを演じているトラヴォルタは、この役を演じるにあたって十分な準備をしたらしい。「シークレット・エージェントではなかったが、僕が住んでいる街の警察で働く覆面警官を紹介してもらい、その人たちと共に車に乗って、彼らの仕事ぶりを見てきたんだ。だが、今回このキャラクターで、最も注意を払ったのは、実は外見なんだよ!(笑)」と本作でのこだわりを明かしてくれた。

 トラヴォルタは何とこの役で坊主頭になっており、「ある雑誌の表紙に、頭をそって、傷跡のある兵士の写真が写っていたんだ。この表紙を観た途端、この外見が、今回の作品に役立つと直感的に思ったんだよ! 実は、映画『パルプ・フィクション』で、僕が演じたヴィンセントの髪型を決めたのも僕だったんだ。あの役は、オランダに住んでいた過去があって、当時オランダの若者がしていたような髪型を、監督のクエンティンに勧めたんだ。でも、彼はあまり良いアイデアじゃないねと最初は言っていたんだが、ところがスクリーンテストをしたら、すぐにクエンティンが気に入ってくれたんだよ!」とキャラクターの外見が作るイメージを大切にしていることを語った。

 映画内の壮絶なアクションシーンについては、「まず脚本を読んですぐに監督のピエールに、50代の僕にこのスタントをやらせるのかい? って聞いたんだ。すると彼が、だから、何?と笑って返してきたんだよ(笑)! 今回は、ビルを飛び降りたり、2丁拳銃で撃ったり、棒状の物に掴まったりと、今までこれほど激しいアクションシーンをやったことがなかったよ……。(笑)あのジョン・ウー監督の2作(ブロークン・アロー、ファイス/オフ)に出演したときでさえ、これほどのアクションをやらなかったね。ただ、監督のピエールが信頼してくれたおかげで、うまくやり遂げたんだ。まだまだ、僕の体は動けるだろ!(笑)」。

 パイロットのライセンスを持つほど航空機マニアのジョンだが、近い将来、航空関連の映画を作る可能性についてたずねると、「実は、マーティン・スコセッシの『アビエイター』よりも、ずっと前にハワード・ヒューズの映画を企画していたことがあったんだよ。結局、企画倒れになったけれどね。今のところは、航空関連を扱った良い脚本を探しているところだよ」と教えてくれた。

 『サタデー・ナイト・フィーバー』を振り返ってみて「今、あの映画を観てみると、まだ子どもだったね!(笑)当時の僕は、大人びていただけなんだよ。(笑)けれど、あの作品に参加できたことを誇りに思っているんだ。その後に出演した『グリース』も含め、20代前半で素晴らしい体験ができたと思うんだ」と懐かしんでいだ。

 パリ撮影中の思い出は「ある日、撮影を終えて夜中に帰ってきた時に、息子のジェット(ジェットは、この映画の撮影後に亡くなっている)と娘のエラの友達が、お泊まりに来ていたんだ。あのとき、僕は夜中なのに、この時間でも開いているシャンゼリゼ通りのピザ屋でピザを食べて、その後ホット・チョコレートを飲んで街を歩かないかい? って誘ったことがあったんだよ。(笑)ピザを食べた後、夜中の2時くらいに皆でホット・チョコレートを飲みながら観ていたパリの景色は、子どもたちにとって、まったくアメリカとは違った別世界に感じていたと思うんだ。あれは、良い思い出になったな」と当時を懐かしんでいた。

 周囲に気を使いながら喋る姿や、ハイチの救済、そして子どもへの思いを通して、彼がなぜこれほど多くの人たちに愛される俳優であるか、わかった気がした。もうしばらく休むと宣言していた彼だが、できるだけ早く、彼の元気な姿をスクリーンでみたいものだ。(取材・文:細木信宏 / Nobuhiro Hosoki)

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