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第6回-映画で未来のスターシェフを育てる!料理専門大学バスク・キュリナリー・センター【映画で何ができるのか】

第6回-映画で未来のスターシェフを育てる!料理専門大学バスク・キュリナリー・センター
サンセバスチャン郊外にあるバスク・キュリナリー・センター。2009年に設立されたスペインの私立大モンドラゴン大学料理科学部

 人口約18万人ながらミシュラン三つ星レストラン「アルサック」と「アケラレ」を擁し、バルの数は数百軒以上と言われる美食の街スペイン・サンセバスチャン。同地で毎年9月に行われ、62回の歴史を誇るサンセバスチャン国際映画祭でも、料理映画部門キュリナリー・シネマが盛況だ。その人気部門を支えるのが、2009年にサンセバスチャン郊外に創設された料理専門大学バスク・キュリナリー・センター(以下、BCC)。実は、映画祭は学生たちの貴重な実習の場だったのである。【取材・文:中山治美】

レストラン経営やシェフの養成を行なっている4年制の教育機関

 キュリナリー・シネマ部門は、料理をテーマにした作品を集め、観賞後、その映画にちなんだディナーを楽しむという映画祭の目玉企画である。美食家でもある映画祭ディレクターのホセ=ルイス・レボルディノスが、ベルリン国際映画祭のキュリナリーシネマに触発されて2010年に始めたものだ。作品の選定は映画祭側が行うが、BCCがシェフの人選などディナーをコーディネートする。

ホセ・マリ・アイセーラさん
BCCのジェネラル・マネージャー、ホセ・マリ・アイセーラさん

 BCCはスペイン・モンドラゴン大学の料理科学部として、レストラン経営やシェフの養成を行っている4年制の教育機関である。現在の生徒数は、世界約20か国から350人。同時に、ガストロノミーの研究・啓蒙活動の重要な拠点となっており、国際顧問には“世界一予約の取れないレストラン”と称されたエル・ブジ(スペイン)のフェラン・アドリアや服部幸應も名を連ねている。その強力なネットワークを活かし、今年の映画祭にはペルーのカリスマシェフ、ガストン・アクリオが来場。

 ガストンの人生&料理哲学を追ったドキュメンタリー映画『ファインディング・ガストン(英題)/ Finding Gaston』(パトリシア・ペレス監督)を観賞後、BCC内のレストランで、ガストンの料理をたった50ユーロ(約7,450円。1ユーロ=147円換算。ワインなどの飲料込)で堪能できるという、世界中の美食家が嫉妬するような贅沢な時間がもたらされたのだ。

海老の天ぷら
美味しいだけじゃなく、目でも楽しませてくれるのがサンセバスチャン流。パーティーで振る舞われた海老の天ぷらもこの通り

キビキビと働いていたのはBCCの学生たち

 その厨房やホールでキビキビと働いていたのはBCCの学生たち。会期中、BCCのディナーは4回行われ、100人の生徒がボランティアとして参加したという。BCCのジェネラル・マネージャー、ホセ・マリ・アイセーラが語る。「BCCの一つの目的として、年間を通して世界各国のシェフに来ていただき、彼らから直接学ぶ機会を作ることがあります。国際顧問の服部先生が講師を務めることもありますし、昨年は成澤由浩さん(東京・南青山『NARISAWA』のシェフ)にも来ていただきました。ですので映画祭のこのイベントは、絶好の勉強の機会なんです。同時にガストンが来た日は、まず朝に生徒たちが BCC内のオーディトリアムで映画を観て、ガストンとの質疑応答の時間を設けました。学生にとってはまたとない時間です。しかもディナーでは、ガストンの調理のサポートをできるなんて! と喜んでいますよ」。

『天のしずく 辰己芳子“いのちのスープ”』
『天のしずく 辰己芳子“いのちのスープ”』の河邑厚徳監督と、映画観賞に来た料理学校の生徒たち

手間暇かけて料理を作っているかを丁寧に追ったドキュメンタリー映画『天のしずく 辰己芳子“いのちのスープ”』

 筆者自身、同映画祭では忘れられない光景がある。昨年の同部門で、料理研究家・辰己芳子が、いかに食べる人の頃を考え、手間暇かけて料理を作っているかを丁寧に追ったドキュメンタリー映画『天のしずく 辰己芳子“いのちのスープ”』が選出された。上映後、河邑厚徳監督に声をかけてきたのは料理学校の青年たち。彼らは河邑監督に「この映画で、料理人としての姿勢を学ばせていただきました。有難うございます」とわざわざ感謝の言葉を伝えに来たのだった。“生きた教材”とは、まさにこういうものを指すのだろう。

ガストン
映画祭ディナーのために準備するガストン・アクリオ(写真左)。生徒たちが真剣な眼差しでガストンの一挙手一投足を見つめる

 プロにとっても刺激となるようだ。今年上映された『ソウル・オブ・ア・バンケット(原題)/ Soul of a Banquet』は、米国で中国料理店を営む中国人女性の激動の人生を綴ったドキュメンタリー。そのディナーを手掛けたのが、レストラン「ラ・マダム・アンド・フォンデール」のケビン・パトリシオ。彼はドイツとフィリピンの血を引き、さらに米国出身で現在はサンセバスチャン在住と多くの食文化に触れてきた。映画を観て彼は、「自分のルーツを考えさせられた」という。そしてこの夜、フィリピンの名物でもある子豚の丸焼きをメーンにした。

サッカーのバスクダービーの夜
リーガ・エスパニョーラのバスクダービーが行われた後の旧市街は、アスレティック・ビルバオとレアル・ソシエダのファンが仲良くバルで呑むのが慣例。これも平和の象徴なのだ。

私たちは食を通してバスク地方を世界にアピール

 この試みが象徴するように、「私たちには食を通してバスク地方を世界にアピールしたいという共通認識がある」(アイセーラ)という。それにはワケがある。一昔前、サンセバスチャンなどのバクス地方は、フランコ独裁政権で弾圧を受けた影響で分離独立運動が起こり、バスク祖国と自由(ETA)が発足。ETAによるテロ事件が多発し、いまだバスクと聞けばテロというイメージを持つ人も多いだろう。サンセバスチャン在住歴19年の通訳・コーディネーターの石山明子が語る。

 「昔は毎日のようにテロのニュースがありました。ただ、サンセバスチャンでは無差別爆弾の危険はなかったんです。家族や友人が巻き込まれる可能性がありますから。多いのは、個人を狙った銃殺や誘拐事件。社会党のトップだった知人の父親も、真っ昼間に教会前で殺害されました。名物のバルも昔から多数ありましたけど、ピンチョス(軽食)も今のように洗練されていなかった。『アルサック』が1989年に三つ星を取得しましたが、2001年にマルティン・ベラサテギが当時41歳と若くして三つ星を獲得したあたりから活性してきましたね」。

生徒たち
ディナーで給仕をしているのもBCCの学生たち。レストラン経営者を目指している人もいる。

 その後、サンセバスチャンをはじめとするバスク地方は、街灯を明るくするなど景観の美化に力を入れ、治安の改善に務めた。ETAも10年に武装闘争停止を発表。今、サンセバスチャンを訪れると、治安の良さに驚く人も多いだろう。その穏やかな街並みと美食の街としてのPRが功を奏し、日本からの旅行者も2011年は8989人、2012年は1万2,271人、2013年は1万4,728人(バスク地方の統計機関「EUSTAT」調べ)と年々上昇している。しかし誰より映画を観賞し、食を楽しむ幸福を実感しているのは、サンセバスチャン市民なのかもしれない。


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