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名画プレイバック

第18回:『ひまわり』(1970年)【名画プレイバック】

第18回:『ひまわり』(1970年)
ブルーレイ「ひまわり」価格:4,800円+税  発売元・販売元:株式会社KADOKAWA

 ヘンリー・マンシーニのドラマティックなテーマ曲があまりにも有名な『ひまわり』(1970)。『昨日・今日・明日』(1963)、『あゝ結婚』(1964)でイタリアらしい明るい艶笑(えんしょう)コメディーを作ったヴィットリオ・デ・シーカ監督とソフィア・ローレン&マルチェロ・マストロヤンニのトリオが、互いを想い合いながら引き裂かれていく男女のメロドラマを通して、戦争のもたらす悲劇を静かに訴える。(冨永由紀)

 映画は一面のひまわり畑から始まる。青い空の下で強風に煽られて左右に大きく揺れる花に、しっかり大地に根ざした生命力を感じる。続いて、ヒロイン・ジョヴァンナが役所で、ロシア戦線に出征し行方不明になった夫の消息を求める場面になる。時代は第二次世界大戦の後。ジョヴァンナは、死亡確認がないという一点だけで、何年も還らない夫が生きていると疑わず待ち続け、寡婦のように黒い服に身を包みながらも、食卓には常に陰膳を用意している。

 1人食事をする彼女は、夫アントニオと出会ったばかりの頃に思いを馳せる。徴兵前の休暇でナポリに来たミラノの男が地元娘と恋をして、出征を少しでも遅らせられる(12日間の休暇がもらえる)からという理由で結婚。昼夜もわからなくなるほど寝過ごしたり、ふざけたオムレツ作りをしたり、のんきに過ごす幸せな2人は夜明けの散歩中に起きた空爆で現実に戻される。そして、精神病を偽装して兵役を逃れようとひと芝居を打つまでの流れは、軽妙でコミカルな味わいすらある。だが、企みは失敗し、懲罰として極寒のシベリア戦線送りに。アントニオは「すぐに帰ってくる。毛皮をみやげに」と言い残して、戦地へ向かう列車に乗る。

 戻らないアントニオをひたすら待ち続けたジョヴァンナは、スターリンの死後に体制がやや緩和されたソ連へ単身乗り込む。これが本作の大きな特徴だが、東西冷戦時代に西側の映画として初めてソ連で大規模なロケを行っている。国有の映画会社「モスフィルム」が全面協力し、広大なひまわり畑はもちろん、モスクワ市内や各地で撮影が行われた。現在は廃駅となっている地下鉄駅、唐突に画面に映り込む発電所の炉など、今となっては当時の様子を記録した貴重な映像となっている。

 戦争によって引き裂かれた男女の悲恋物語のイメージで語られる本作だが、ドキュメンタリー映像を交えて描かれる過酷な戦地の様子、戦禍の爪跡に胸をえぐられる。雪の行軍、粗末な小屋の中にすし詰め状態で立ったまま眠る疲弊した兵士たち。ヒロイズムを煽るどころか惨めさをそのまま描く手法に、『靴みがき』(1946)や『自転車泥棒』(1948)でイタリアのネオレアリズモの担い手だったデ・シーカらしさが見える。

ひまわり
映画『ひまわり』より(c) 1970 - Compagnia Cinematografica Champion (It) - Films Concordia (Fr) - Surf Film Srl - All rights reserved.

 ソ連側の役人の案内でジョヴァンナは夫を捜し続ける。その過程で、はてしなく広がるひまわり畑の下には何千万という兵士、罪もない老若男女の犠牲者が眠っていることが語られる。「ナポリの息子よ、なぜ君はロシアの野へ来たのか? 故郷の湾に飽きたのか?」という詩碑と共に無数の墓標が建ち並ぶ丘など、忘れられない光景だ。

 何の手がかりもない中、絶対に見つけ出すという強い気持ちが結実し、ジョヴァンナはアントニオの消息をつかむ。訪れたその家で、彼女は最愛の夫が現地の女性マーシャと暮らし、幼い娘がいることを知る。ジョヴァンナの来訪に逆上もせず、「ついに来たか」という諦観をにじませて迎え入れるマーシャを演じるのは、ソ連版『戦争と平和』(1965~67)で知られるリュドミラ・サベリーエワ。気が強く、感情豊かなジョヴァンナに対して、少女のようにはかなげなマーシャ。太陽と月のように相反する女同士は声を荒らげて争ったりはしない。だが、どちらもアントニオを愛していて、そこだけは一歩も譲らない。結果的に、ジョヴァンナは仕事場から戻ってきたアントニオを駅で一瞥するだけで身を引き、マーシャはやがて最愛の夫を1人でミラノへ行かせる。

 徹底的に女性の立場から描かれる物語に大きく貢献しているのが、女たちから愛される男を演じるマストロヤンニが見せる弱さだ。優柔不断、不甲斐ないととられがちだが、敵地に取り残され、それでも生きていくにはほかに術のなかった男の哀しみがある。ジョヴァンナが去った後、アントニオたちは質素な古い家から新築の高層団地へ移る。一家と家財道具を乗せ、モスクワ市街を行くトラックが葬列とすれ違う。荷台から葬列を眺めるアントニオの心に去来するものは何か。ここでもデ・シーカはそれ以上語らない。観客の想像力を信じた演出だ。

 イタリアに戻ったジョヴァンナは別人のように若返り、新しい恋を探す。当時30代半ばだったソフィア・ローレンの美しさが眩しい。本作で彼女は、幸せしか知らない新婚期間、なりふり構わず夫を捜し続ける年月、そして魅力的だが一抹の寂しさを抱えた日々、と1人の女性の3つの顔を演じている。ジョヴァンナの中で変わったものと変わらないもの。観客にそれをはっきり伝えているからこそ、アントニオがはるばるミラノまでやって来たシーンが切ない。

 アントニオは毛皮の襟巻きをみやげに、ジョヴァンナは結婚記念に彼から贈られたイヤリングをつけて再会を果たす。2人とも、無邪気だったあの頃を忘れてはいない。でも、あの頃へ戻ることは出来ない。「うまく説明できると思ったのに」と言うアントニオの口から絞り出すように出てくるのは「戦争は残酷だ」というひと言だ。映画が作られたのは、第二次世界大戦が終わって四半世紀経った1970年。社会は豊かさを取り戻していても、戦争の悲惨さを身をもって知る人々が多くいた時代に、余計な言葉は要らなかったのだろう。このひと言が人々の想像力に訴える力は今とは比べ物にならなかったはずだ。

 それまで感情のまま、ヒステリックに振る舞い続けたジョヴァンナはもう泣き崩れない。ひと筋の涙が伝うだけ。怒りをもねじ伏せる悲しみの深さに、彼らが憎むべきものは何なのかがわかる。

 この映画で主人公たちは3度、駅で別れている。1度目は再会を信じて、2度目は絶望して、3度目は今生の別れとして。そしてまた一面のひまわり畑。変わらぬ青い空とまっすぐに天に向かって咲き誇る花々が、まったく違う風景に見える。


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