名画プレイバック

第28回:『オリエント急行殺人事件』(1974年) 監督:シドニー・ルメット 出演:アルバート・フィニー

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『オリエント急行殺人事件』より 名探偵ポワロが謎解きを披露する名シーン - (C)Paramount Pictures/Photofest

 ミステリーの女王、アガサ・クリスティが生んだ稀代の名探偵エルキュール・ポワロ。“灰色の脳細胞”をフル活用して事件を解決に導くベルギー人の小男といえば、1989年から20年以上続いたイギリスの長寿ドラマ「名探偵ポワロ」シリーズのデヴィッド・スーシェが作り上げたポワロ像が最高峰だろう。一方、映画では、たった1度しか演じていないが強烈な印象を残しているのが、『オリエント急行殺人事件』(1974)のアルバート・フィニーによるポワロである。(今祥枝)

【写真】一度しか使えない衝撃の結末!『オリエント急行殺人事件』

 イスタンブールで事件を解決したエルキュール・ポワロは、新しい事件のために急遽オリエント急行でロンドンへ向かう。一等寝台車は満室で、列車は混み合っていた。やがて、閉ざされた密室の中でアメリカ人の大富豪ラチェットが計12回刺されて殺害される。事件の容疑者は、1人の車掌と12人の一等客室の乗客たち。雪で列車が停車する中、捜査に乗り出すポワロは13人の容疑者全員が被害者と関わりがあったことを暴いていく……。

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 1932年に実際に起きたリンドバーグ愛児誘拐事件と、豪華国際寝台列車オリエント急行を組み合わせた内容もセンセーショナルな、1934年に発表されたクリスティのミステリー小説「オリエント急行殺人事件」。「そして誰もいなくなった」「アクロイド殺し」などと並んで、非常によく知られた作品である。いずれもトリックは奇抜で、読み終わった後には「その手があったか!」と驚かされる。もっとも、このある種の“禁じ手”があまりにも有名になってしまったため、実際には映画や原作にアプローチしたことがない人もいるかもしれない。だが、クリスティ原作の映画化作品としては、『情婦』(1957)と双璧を成す『オリエント急行殺人事件』もまた、結末がわかっていてもなお(あるいはわかっているからこそ)、何度観ても新たな発見があるミステリーの傑作である。

 なんと言っても1度は目撃しておきたいのが、動くスター図鑑とも言うべき豪華キャストの共演だ。アンソニー・パーキンスジョン・ギールグッドショーン・コネリーヴァネッサ・レッドグレーヴウェンディ・ヒラーローレン・バコールイングリッド・バーグマンマイケル・ヨークジャクリーン・ビセットジャン=ピエール・カッセル等々、錚々たる顔ぶれ。なにしろ開始早々、無残にも殺されてしまう被害者がリチャード・ウィドマークなのだから贅沢すぎる。オスカー受賞者や演劇界の重鎮、世界的に名前が知られている銀幕のスターが一堂に会する豪華さは、近年でもオールスターキャストが売りの映画はあるが、やはり格別なものがある。

地味なスウェーデン人宣教師グレタ役のイングリッド・バーグマン(左)は、言われないと本人とわからないほどの化けっぷり!(C)Paramount Pictures/Photofest

 映画の冒頭、さあ、これから始まりますよといった舞台のオーバーチュア(幕開け)のような、どこか楽観的なムードが漂う華やかなワルツに乗せて、キャストの名前だけが順番にスクリーンに出る。この幕開けだけでも気分が上がるのだが、公開当時、劇場では贔屓の俳優名が出るとファンは拍手をしたとか。自分だったら誰に拍手するだろうか? バコールは外せないしバーグマンも……いやいやこの辺のヨークもいいんだよねなどと真剣に悩んでしまうのだが、それは映画を観る前だけの話かもしれない。本編を観れば、まさに全員にスタンディングオベーションをしたくなるに違いないから。

 オールスターキャストの醍醐味は、各々が物語において有機的に存在していてこそ。添え物感や、いてもいなくてもよかったのでは? などと思わせるキャストがいたら興ざめである。が、ポワロに追い詰められていく13人の容疑者は、見事なまでに各々が際立つ存在感と個性を発揮している。これは監督のシドニー・ルメットによる、役者のさばき方の巧みさによるところも大きいだろう。ルメットといえば、言わずと知れた『十二人の怒れる男』(1957)が出世作だが、劇中、コネリー演じるアーバスノット大佐の「12人の陪審員によって裁かれる」という言葉が、本作の結末とともに、ルメットの代表作に対しても示唆的である。

 こうしたちょっとした映画ファンに向けた目配せや仕掛けは随所にある。ラチェットの秘書ヘクター役のパーキンスは、マザコン的な要素が強調された性格付けに、死んだ雇い主が極悪人だったと聞かされると「知っていたら殺してやった」と笑みを浮かべるシーンなどは、代表作『サイコ』(1960)を思わせる。ボンド役者だったコネリーは、『007/ロシアより愛をこめて』(1963)でオリエント急行内で悪人を刺し殺したなあなどと観客に思い出させつつ、本作では、いかにもコネリーらしく忠義に厚い屈強な大佐役で、結末を知らなければ犯人か否かは白黒付けがたい。この辺は、あえてタイプキャストを上手く活かした格好か。

 騒々しく煙たがられるハバード夫人役のバコールは、彼女自身のキャラクターを思わせる妙味がある。これでもかとゴージャスな毛皮のコートに長く美しい羽飾りのついた帽子で、1930年代のセレブリティの雰囲気を伝える登場シーンからして、さすがの貫禄。ずけずけとした物言いにきつそうな性格が際立つが、後に登場人物の中で最もイメージが覆る裏切りもいい。ガラス越しに血の付いたナイフを手に登場するシーンなどは、相当芝居がかっているが、それもまたオチへとつながる仕掛けで、何度見ても楽しい演出である。

 一方、ええっ、これがあの……? という意外性で群を抜いているのがバーグマンだろう。中年のスウェーデン人宣教師グレタ役は、まず見た目のスターオーラの消し方からして驚かされる。また、唯一の見せ場ともいうべきシーンでは、5か国語に優れたバーグマンが非常に訛りの強い英語で、たどたどしくポワロの尋問に答える姿にも役作りの巧みさが見て取れる。当初は、より重要度の高いドラゴミノフ公爵夫人役をバーグマンは打診されたが、本人は頑として地味なグレタ役を切望したという。そこでルメットは、スクリーンに5分近くバーグマン一人をポワロの肩越しに映し出し、しゃべらせ続けるという前述のシーンを用意した。俳優にとってはチャレンジングな演出だが、結果として『ガス燈』(1944)、『追想』(1956)に続き、本作で3度目のアカデミー賞を受賞。もっとも、この受賞には賛否あったというが、微細な表情の変化でグレタという人物の内面の葛藤を短時間で明確に伝える演技には、思わずスクリーンに引き込まれてしまう気迫が忘れがたい名シーンである。

 ギールグッドやヒラーの重厚な演技も特筆すべき、などと個々の俳優について書いていくとキリがない。利発そうなレッドグレーヴ演じるメアリーの、自信に満ちた明るい表情にもはっとさせられるし、当時人気絶頂だったアンドレニイ伯爵夫人役のビセットは、その美貌だけでも「犯人のはずがない」と思わせる可憐さ。ビセットは錚々たるメンツの中で、自分の出番が少ないことに言及したそうだが、ルメットは「つまらない役などない。つまらない俳優がいるだけだ」と答えたという。本作のように、一流の演出家に優れた脚本がそろっている場合においてルメットの主張は正しく、この映画に“つまらない俳優”などいないことは見事に証明されている。

 とはいえ、撮影現場では綺羅星のごとく輝く俳優自身が、最も緊張していたというから、当時のビセットの不安も理解できるというものだ。しかも、セットとして再現されたオリエント急行の客車は、撮影のために空間を広く取ったりなどはしておらず、基本的に実寸大。つまり雪に閉ざされた列車の閉塞感は、そのまま現場の空気感でもあったのだ。想像するだけでもため息が出そうな現場だが、そうした濃密な空間にあって、もっともプレッシャーが大きかったのは主演のフィニーだったに違いない。

 冒頭でラチェットから大金で用心棒を頼まれた際に、「敵は一人ですか?」と鋭いツッコミを入れた後、「退屈だ」と言って瞬時に眼光鋭く、依頼を断る表情のアップからして気合いの入ったフィニーの演技にはぞくぞくさせられる。白眉はもちろん、容疑者を全員集合させて名探偵が名推理を披露するお決まりのクライマックスだ。ズラリと並ぶ共演者を前に、長台詞でもって真犯人を暴いていく過程でポワロに派手なアクションはない。これは演じがいがあるという以上に、精神的にもかなり過酷だったろうと想像する。当時38歳だったフィニーは、まさにカメレオン俳優の面目躍如で、髪やヒゲはもちろん、発音から背を低く見せるために体のあちこちに詰め物をするなどの役作りは凝りに凝ったもので、すぐには誰だかわからないほど。『エリン・ブロコビッチ』(2000)や比較的最近の作品で彼を知る人には、ぜひとも本作のフィニーを観て欲しいと思う。

 徹底して娯楽作として作られた本作は、始まりから終わりまで楽観的ムードが貫かれている点が功を奏している。起きている事件は陰惨なのに、その後味は実に心地よい軽さがある。オリエント急行の内装や料理、当時のハイソサエティな人々の衣装などの再現は素晴らしくゴージャスで、古き良き時代を懐かしむノスタルジーを十分に楽しませてくれる。そしてすべてが終わった時、ワイングラスで乾杯をしながら登場人物たちが挨拶をしてフレームアウトしていく。これは、舞台のカーテンコールをイメージしたものだそうだが、しゃれていて楽しい趣向だ。

 同時に、本作はほぼ全編会話劇という作り。原作では密に描写されている多人数の登場人物の性格付けや、ミステリーとしての伏線を、約2時間の映画というフォーマットの中に収めているのだから、台詞の一つ一つに聞き漏らしてはならない意味があると言えるほど吟味されている。だからこそ、観るたびに、ああ、こんな台詞が、こんな表情が、と新たに気づかされることは多い。筋を追ったり、流し見などでは見逃してしまうディテールにこそ、本作の真価があるとも言えるかもしれない。

 ちなみに、スーシェ版のテレビシリーズ「名探偵ポワロ」の「オリエント急行の殺人」(2010)は、原作に対して本作とは全く違ったアプローチをとっており、重厚なタッチで見応えのある仕上がりとなっている。同じ題材の翻案の妙、ポワロ像の解釈の違いを、ぜひとも見比べてみて欲しい。

 『オリエント急行殺人事件』の大ヒットにより、この後クリスティの原作の豪華キャストによる映画化が続いた。ポワロを演じたのは、『スパルタカス』(1960)ほかで2度のオスカーに輝くピーター・ユスティノフ。映画版では、個人的には世代的に言って、『ナイル殺人事件』(1978)や『地中海殺人事件』(1982)などユスティノフ版ポワロに馴染みが深い。エキセントリックさを強調したフィニーに比べると、かなり陽性のポワロではあるが、これはこれでまた味のある名探偵像を体現している。

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