大杉漣さんお別れ会、北野武、遠藤憲一、草なぎ剛ら1700人参列

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ファンのための献花台も設置された

 2月21日に急性心不全のため急逝した名優・大杉漣さんのお別れの会が14日、青山葬儀場で行われ、およそ700人の関係者、俳優仲間、そしておよそ1,000人のファンが大杉さんをしのんだ。

お別れの会の様子【写真】

 大杉さんの突然の訃報は、多くの人たちを悲しみに包んだが、この日のお別れの会ではファンのための献花台も設置。式典開始前から大勢のファンが列を作ったほか、参列者も北野武をはじめ、遠藤憲一田口トモロヲ松重豊光石研木村佳乃草なぎ剛村上信五高橋克典泉ピン子加藤茶椎名桔平山本耕史佐々木蔵之介鈴木京香田中麗奈中村獅童尾野真千子などそうそうたる面々が続々と来場。多くの人に愛された大杉さんの人柄がしのばれた。

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 白の花を基調とした祭壇について、大杉さんの妻であり、所属事務所ザッコ代表取締役の大杉弘美氏は、「この日を迎えるにあたり、『祭壇はあの野原にしよう』と決めました。風の吹くなかから大杉が立ち現れてきそうなあそこにと。11年前、同じように野原に佇んでいたのは太田省吾氏でした。お別れ会の会場スパイラルホールに入ると小高い花と草むらのそこに太田さんがいらっしゃいました。遺影であるのになぜか新作の芝居が今これから始めるのではと想いました。大杉にも野原に佇み、そして、そこから、これからを楽しんでほしいと願っています」とその思いをつづっていた。

想いの込められた祭壇

 式のあいさつに登壇した弘美氏は「『何かあっても大げさなことをしないで』という大杉の言葉を思い出し、近親者のみで葬儀は済ませましたが、皆さんに会っていただく機会が作れなかったことに後悔はありました」と切り出すと、「それにもかかわらず、本日お時間を作っていただき、こうして見守っていただけたことを深く感謝します」と謝辞。さらに「大杉とは44年半、一緒に暮らしました。彼は夫ではありましたが、なんでも言い合える身近な友人でもありました」と続けると、「今日、こういう形で見送ることができて本当に良かったと思います」と感謝の思いを述べた。

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 遺影に使われた写真は、大杉さんの長男で写真家の大杉隼平氏が撮影したもの。戒名は「優月院漣奏球孝信士」とのことで、「月」(を見て偲びたい)、「漣」(親しんだ芸名)、「球」(愛したサッカー)、「孝」(生まれたときからの名前)の4文字に加え、「優」(優しい人柄であり、俳優の「優」から)、「奏」(表現する、演奏するの「奏」)から戒名がつけられたという。また「月」に関しては、月の光のように穏やかに輝いていた、という見解も含められているといい、弘美夫人も「すこし長い名前を持つことになった大杉。『そちらでも元気でやっていて。またね!』と送りたいと想っております」と付け加えている。

 そして式終了後、報道陣の囲み取材に応じた長男・隼平氏は「こんなに多くの方に来ていただいて、父も喜んでいると思います」とあらためて謝辞。遺影に自身の写真が使われていることについては「もう少し父のことを撮りたかった」と思っていたという。さらに「父ではあるけど、良き友人でもあった」と続けると、「父として、人として尊敬していたので、失ってみてどれだけあの人のことが好きか、痛感しました」とその思いを語った。

 なお、この日の献花のBGMはトム・ウェイツの「The Heart Of Saturday Night」(土曜日の夜)。これは大杉さんが吉祥寺で暮らしていた時に、裏通りのレコード屋で「ジャケットがいいね」と買い求め、その後ずっと気に入って聴き続けた思い出の曲だという。(取材・文:壬生智裕)

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