渋谷龍太、過酷だった20代 「死ぬまで調子に乗らない土壌ができた」

『ミッドナイトスワン』の内田英治監督による最新作、映画『ナイトフラワー』(11月28日公開)で SUPER BEAVER のボーカル、渋谷龍太が俳優デビューを果たす。初めての映画出演となった本作で、役をいかにつくり上げたのか? 撮影の裏側から過酷な日々だったという20代の体験までを語った。
映画は、二人の幼い子供を一人で育てるギリギリの生活の中で、子供たちの夢を叶えるためにドラッグの売人になろうとする主人公・夏希(北川景子)と、夏希のボディガードとなる格闘家・多摩恵(森田望智)の絆を軸に描くサスペンス。渋谷が演じたのは、ドラッグ密売の元締めであるサトウ。裏社会の男たちに恐れられるカリスマ性と秘めた凶暴さを表現することが求められる役で、「映画を観るのは好きでしたが、演じることは自分とはまったく別の世界だと思っていました。しかも、いや売人役って! と(笑)」と、まさかのオファーだったと振り返る。
演技への挑戦には、「『音楽のためになるから』と言って下さる方が多くて。でも自分の音楽のために芝居をするのは芝居が本業の方、観る方に失礼だと思ったので、その考えは一旦捨て、自分に出来ることは? と考えて。いただいた役に向き合おうと、まずは役の背景を想像しました。なにぶん経験がないもので、それが正解かもわかりませんけど……」と、サトウを「プロファイリングする」ように役を構築した。
例えばサトウは劇中でしばしば“かあちゃん”と口にするが、「喜怒哀楽がほぼなく、あるのは“怒”くらい。そんなサトウの感情がブレるトリガーがあるとしたらそれは母親で、しかもそのことに自分では気づいていない。そんなふうに肉付けしていきました」と独自の解釈を語る。
それでも本番一週間前から撮影前日までの緊張は大きく、「未経験なのはもちろん、その道のプロフェッショナルの方々に囲まれることがプレッシャーで。めちゃくちゃ不安なまま、完全に手探りの状態で現場に行きました」というから驚く。それほど、劇中の渋谷は気さくに語る本人とは別人なのだが、「これで合っていたのか? と思いながらの撮影で。いまだに全うできたのかはふわっとしています」と笑う。
完成した映画を観たときは両手で顔をふさぎ、指の間からこっそり画面を観るような仕草をしながら「こんな風に、自分を観るのがむずがゆくなるかと思ったんです。もういい! 映さないで! みたいな(笑)。でも台本を読んだはずなのに物語が気になるのは、自分でも不思議なくらいでした」と客観的に映画を楽しんだという。
映画ではヒロイン・夏希のギリギリの日々が描かれるが、渋谷自身にもそんな過酷と呼べる日々があったそうで、「最初にメジャーデビューしてからの20~23歳くらいの頃は、初めて社会に出て、大人に揉まれて。人間性をないがしろにされた日々でした。“いらんもの”とされたようで、精神的にしんどくて。そこからメジャーを一度クビになり、30歳手前までアルバイトをしていた。時間もなくお金もなく、20代は大変な思いをしました」と振り返る。
高校時代の先輩後輩で組んだ4人編成のバンド、SUPER BEAVER は2009年にメジャーデビュー。その後インディーズに戻って自主レーベルを設立し、再びメジャーと契約して現在に至る。たどってきた道のりは決して真っすぐに平坦ではなく、「いまとなっては面白い経験だったなと。だからこそいろいろな人の気持ちがわかるようになったし、おそらく死ぬまで調子に乗らずに済む土壌が出来たと思います」と、サラっと重みのある言葉がもれる。
その経験は彼らの音楽にも圧倒的に影響したそうで、「時間の使い方、金銭感覚もそうです。いまだに買い物では『これ×時間分か……』と、当時のバイトの時給で換算してしまうんです。今も移動は基本が徒歩か電車ですが、お仕事の現場でタクシーを使い、上がっていくメーターを見ると、『電車なら10分の1だったのに』って」と当時の感覚は失われないまま。「そうした感覚が根付いているのは、いただいたお仕事一つひとつに関する考え方に、揺らぐことのない軸が一本通っているということでもあるのかも」と、ロッカー=ワイルドというイメージとは程遠い真面目な人柄が伝わる。
それは自身の手掛けるエッセイ(「ダ・ヴィンチ」で連載中)でも明らかで、「僕自身の感性、感覚はまともで普通。破天荒だったり、道を外れたことは一度もありません。そこは言い切ります! 周りにはぶっ飛んだ、天才肌の人が多いですが、そういう人を僕のような人間がまくる、追い上げて一気に追い抜く。生涯を賭して、そんな“ジャンプ漫画”をやろうと思ってます」と冗談のような本気で笑わせる。
ところで、渋谷はこれまでどんな映画を観てきたのか? そんな問いに、「もともと山田洋次監督が好きで」と回答。「『男はつらいよ』は全作観ています。『学校』シリーズも好きです。あと『トラック野郎』シリーズも好きで、ウチの猫は菅原文太さんから名前をもらい、文太って言います」と楽しげに話す。
さらに「トレンディ・ドラマがものすごく好き」とも言い、鈴木保奈美と真田広之共演の恋愛映画『ヒーローインタビュー』(1994)が好きだという。いつもは読まないネット上の映画レビューもつい読んでしまったそうで、「“展開がベタ”とあったのですが、それがいいのだ! と(笑)。挫折は二度三度味わえばいいし、上手くいかないコンプレックスは抱えていればいい。僕自身、破天荒とは程遠い人間だからこそ、そういう人物像に憧れるんですよね。それで悲しいと雨が降ったりして、くさい! 止めて! みたいなのが、やっぱり好きなんですよ。ベタこそ美徳で、だから映画は盛り上がるのだ!」と熱く語る。
アーティストとしてのビジュアルは妖しい色気を漂わせる渋谷。それでいて聴く者の心にまっすぐに思いを届けるボーカリストであり、初めての演技では冷酷さと凶暴さを秘めたサトウ役を体現し、それについて語る姿は礼儀正しくて饒舌と、その印象は二転三転する。今後の彼がミュージシャンとして俳優として(文筆業としても!)どんな驚きをもたらすのか? 気になって仕方がない。(文・浅見祥子)


