

地下鉄が心地よいなんて人間は滅多にいない。あの息苦しさはなんだろう。窓から景色が見えない閉塞感ばかりじゃない。たぶん地上の奥底に、雑多な人間たちのいろんな想いが沈殿しているからじゃなかろうか。だから地下鉄にまつわるオムニバスと聞いて、観ていくにしたがって窒息しそうになる展開を想像していた。舞台はロンドン。この街の地下鉄には東京以上に、とんでもない奴も乗ってくるようで、そこに渦巻く感情はまさにカオス状態! ところが9つの物語が進むにつれ、大都会に住む人間がいとおしくなってきた。醜さも切なさも美しさも詰め込んで、今日も疾走する地下鉄。こんど地下にもぐるとき、なんだかワクワクしてしまいそうだ。(戸倉タツヤ)


ロンドンの週刊誌「タイムアウト」でショート・ストーリーを一般
募集して、それを映画化しようという企画から生まれた『チューブ・テイルズ』。地下鉄というロンドンならではの題材を扱った9つの物語が、それぞれ個性的に輝いている。そこに共通
するのは、たとえネガティヴな感情を描いても、この街に生きる人間たちへ注がれるやさしいまなざし。「こんなロンドンを描きたかった」という創り手たちの愛がじんわりと、ときに過激に伝わってくる。そんな愛を作品に込めたのはイギリス映画界を背負う人ばかり。9人の監督の中で注目すべきは、イギリス2大人気スター、ユアン・マクレガーとジュード・ロウ。新『スター・ウォーズ』シリーズに『A.I.』というハリウッド超大作に出演しつつも、生ま育った土地への深い愛が感じられる。そして若き監督陣を支えているのが、熟練
のスタッフや演技派俳優たち。『さらば青春の光』『トレインスポッティング』『マーサ・ミーツ・ボーイズ』、そして『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『エリザベス』といった大ヒット・ブリティッシュ・ムーヴィーに関わってきた映画人たちこそ本作の立役者。スタイリッシュなだけじゃない、人間ドラマの醍醐味が味わえるのだ。
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ユアンやジュードに「監督をしてみないか」と声を掛け、9つのストーリーを車両のように連結させていった責任者が、プロデューサーのリチャード・ジョブソンだ。16歳でパンクロック・バンドのメンバーとしてキャリアをスタートさせ、小説家に転身。その後、ロンドンをテーマにTV番組の制作に携わりながら執筆活動を続け、雑誌にコラムを執筆し、ヴィジュアル、サウンド、テキストでマルチな活動を行ってきた。いわばロンドンの達人。地下鉄を題材にしたのも彼のアイデアだ。
「ぼくは地下鉄に乗るのが大好きだ。ラビリンスに入っていくような感覚を覚える」
地下鉄を「まさにロンドンの縮図」と捉えるジョブソンは、独自のネットワークでイギリス映画界の才能を結集させ、監督たちには1話あたりの時間枠しか注文しなかったというほど自由に撮らせた。
「でも、最後のエピソードだけはポジティヴなメッセージで終わりたいと考えていた」
ブラックユーモアあり、リアリズムあり、ファンタジーありといった各エピソードの連結順には意図がある。9つが合わさってひとつの想いへと昇華していく醍醐味。素敵な終点へと導いた彼の仕掛けは、この作品で最も重要な演出といえるかもしれない。

地下鉄の映画なんてバカな企画だろ。とんでもないよ。1日の終わりに監督が見せる顔…。あの表情の意味がやっとわかったよ。撮影が進まないのに、時間ばかり過ぎていく。あせるよ。プロデューサーのジョブソンから、監督の話が来てね。ずっとやりたかったからOKした。大変さを思い知るいい機会だし。短編なら申し分ない教材だ。ロマンティックな話だよ。赤面
もののね。ジャズみたいなもの悲しさもある。なんとか完成できたのも、熟練のスタッフが支えてくれたからだ。撮影監督のタファーノは、僕が要点を言うだけで、完成された画面
にしてくれる。カメラの位置だって彼に教わったぐらいさ。周りの意見をよく聞く監督が好きだね。みんなの持ちよったアイディアを検討し、う
まく融合させる。骨(ボーン)。しゃれたタイトルだろ?
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第1話 ミスター・クール Mr.COOL
欲望渦巻く男女が入り乱れる空間でも、ひとりよがりの結末は決まってる!?
監督:エイミー・ジェンキンズ 「強い願望を抱くあまり現実の方も思い通
りになると信じる男の話よ」 チャンネル4の短編映画『BLINK』で監督デビュー。脚本家としてマイク・ニューウェル作品等で活躍。 |
第2話 ホーニー HORNY
自分の魅力に自意識過剰な女は暇や退屈を知らずに生きている
監督:スティーブン・ホプキンス 「映画を撮ってても何か変な気分でね。地下って場所は気が散って集中できないんだ」
監督作に『プレデター2』『ゴースト&ダークネス』『ロスト・イン・スペース』などがある。 |
第3話 グラスホッパー GRASS
HOPPER
焦り、疑い、恐怖、威嚇、そんな視線が交錯する街 監督:メンハジ・フーダ
「検札官の話にした。ロンドンに住む人なら誰でも一度はつかまってるからね」
『フル・モンティ』のプロデューサー、ウベルト・パゾリーニ製作総指揮の短編『JUMP
BOY』で映画デビュー。 |
第4話 パパは嘘つき MY
FATHER THE LIAR
クールな関係の父と息子が目撃してしまったもの
監督:ボブ・ホスキンス 「離婚した父が毎週息子を連れ出しに来る。私の体験だから彼らの心の中がよくわかるんだ」
『モナリザ』でアカデミー主演男優賞候補に。代表作『ロジャー・ラビット』『フェリシアの旅』。監督は経験済み。
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第5話 ボーン BONE
創作意欲のきっかけは、こんなところにもころがっていた
監督:ユアン・マクレガー 「赤面もののロマンティックな話だよ。ジャズみたいなもの悲しさもある」
71年スコットランド生まれ。『トレインスポッティング』で一躍スターに。『S.W.エピソード2』公開待機中。
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第6話 マウス MOUTH
我が物顔の乗客達もただただ呆然! この車両だけには絶対に乗りたくない
監督:アーマンド・イアヌッチ 「とても単刀直入で短くて、ある意味すごく悪趣味な話をやりたかった」
BBCのプロデューサーとして数々の番組で賞を受賞。コラムニストでもあり、コミック・ライターでもある。
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第7話 手の中の小鳥 BIRD
IN THE HAND
慈しむ心を持つとは、 相手と同じ視線になること 監督:ジュード・ロウ
「乗客たちはか弱いものに嫌悪を示す無力な者だけがそれを慈しむことができるんだ」
72年ロンドン生まれ。『リプリー』でアカデミー賞助演男優賞候補に。大作『A.I.』の出演が注目される。
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第8話 ローズバッド ROSEBUD
母親の目から解放された少女が迷いこむ“不思議の国”
監督:ギャビー・デラル 「テーマはふたつ。迷子の母親の恐怖と親の目を離れた子供が持つ空想よ」
デビュー作『TOYBOYS』で英国短編映画祭最優秀作品賞受賞。新作はケイト・モリス原作『SINGLEGIRL'S
DIARY』。 |
第9話 スティール・アウェイ STEAL
AWAY
自分の生きる道を信じる人が 行きつくことのできる場所とは? 監督:チャールズ・マクドゥガル
「テレビ界で高く評価されてきた。映画監督デビュー作は心臓移植をテーマにしたスリラー『HEART』。
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ロンドンには雑多な人間が集まってる。人種も年齢もタイプもばらばら。地下鉄はその見本市さ。誰もが対等なんだ。地下鉄はあまり映画に登場しない。この作品をきっかけに変わってほしいね。ストーリー自体はごく単純だけど、叙事詩のような広がりを持たせたかった。言外に多くを示唆するようなね。そもそも、なぜ老人の話にしたかというと、人生の年輪が刻まれた顔を撮りたくてね。しわのない若い人の顔は、えてして“善人か悪人か”だけになってしまう。もう一つの主題は、巨大な機械に乗った動物としての人間。小鳥みたいな弱者は、歯牙にもかけない肉食動物の群れさ。か弱いものに動物的な嫌悪を示す。同じように無力で弱い人間だけが、小鳥を思いやり、慈しむことができるんだ。監督には現場の知識も要求されるね。監督の椅子に座ってる人間は、すべての状況を把握する
必要がある。俳優をしている時は知らなくてもいいようなこともね。
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