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『空気人形』ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路 単独インタビュー

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『空気人形』ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路 単独インタビュー

「負けられない」と緊張し続ける大変さが作り手にとって幸せなんです

取材・文:内田涼 写真:高野広美

業田良家の短編集「ゴーダ哲学堂 空気人形」を映画『誰も知らない』『歩いても 歩いても』など国内外で高く評価されている是枝裕和監督が、長編作品として実写化。ある日突然、心を持った空気人形と、彼女を取り巻く孤独な人々が織り成す群像劇をファンタジックに描いた映画『空気人形』が完成した。空気人形という難役にチャレンジした韓国トップ女優のペ・ドゥナ、空気人形に無償の愛を注ぐ男を演じた板尾創路、そして是枝監督に作品のテーマや撮影の舞台裏を語ってもらった。

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演じるのは人形ではなく、人間の成長プロセス

ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路

Q:空気人形を演じる主演女優として、ペ・ドゥナさんを起用した経緯を教えてください。

是枝監督:ペ・ドゥナさんの出演2作品を手掛けているポン・ジュノ監督に、釜山国際映画祭でお会いしたとき、「次はどんな作品を撮るんですか?」と聞かれて、今回の企画についてペ・ドゥナさんに声を掛けようと思っているんだけど……と相談したんです。するとポン・ジュノ監督が「彼女なら作品に興味を持つかもしれない」と言ってくれて、じゃあ思い切ってオファーしてみようと。最初はダメモトな部分もありましたけど、今回の設定なら片言の日本語でスタートできるし、何より以前からいい女優さんだと思っていたので、出演してもらえることになり、とてもうれしかったですね。

Q:空気人形を演じる上で、大切にした点を教えてください。

ペ・ドゥナ:外見面はあまり気にしなかったですね。演じるということは、俳優の内面にあるものがおのずと表面に出てくることだと思うからです。どんな役柄であれ、たとえそれが空気人形であっても、キャラクターに成り切ることに集中しようと思いましたね。

Q:具体的にはどのようにアプローチしましたか?

ペ・ドゥナ:大切にしたのは、彼女が心に目覚めた人形だという点ですね。まるで子どものような純粋な気持ちでいろいろなことを受け止め、反応していこうと。ですから、今回はいつものように自分の中で100パーセント、キャラクターを作り上げた上で、そのうちの20パーセントくらいを演技として表に出そうと。その加減が難しかったですね。

Q:監督からはどんな指示を出したんですか?

是枝監督:撮影前に5時間くらいかけて、本(台本)読みをやって、人形が味わう感情を追体験してもらいました。途中、悲しいシーンのところで、ペ・ドゥナさんが涙を流していて……。

ペ・ドゥナ:(恥ずかしそうな表情で)そうでしたね。

是枝監督:人形は心に目覚めて、子どものように外の世界に触れて、いいことも、つらいことも含めて、普通の人間が数十年かけて経験することを短いスパンで、ものすごく凝縮した形で経験する。つまり、人形を演じるのではなく、人間の成長のプロセスを演じるんだと。そのことを説明し、ペ・ドゥナさんもしっかり理解してくれたから、そこから先はお互いブレがなかったですね。

韓国トップ女優をあえて無視!?

ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路

Q:今回板尾さんは、空気人形を所有し、愛するという難しい役どころでした。演じた秀雄はどんな男だと思いましたか?

板尾:人とうまく付き合えないタイプで、でもすごくロマンチストで、女性に対して過度に純粋さを求めてしまう。その究極が人形への愛だと。でも、どうなんですかね……。カンヌ映画祭に行ったとき、取材で海外の記者さんから「秀雄のことを幸せだと思うか」とよく聞かれたんですよ。僕自身は決して不幸せではないと思いますけどね。

Q:演じる上で注意した点は?

板尾:秀雄の愛情表現って、誰に迷惑かけているわけでもないし、演じるときも変な抵抗感はなしにしようと。いわゆる変態チックな演技にならないように意識しましたね。

Q:撮影中、ペ・ドゥナさんと板尾さんの間で、どんな会話のやり取りがあったんですか?

ペ・ドゥナ:板尾さんとは、あまり話をしてないですね。

是枝監督:僕もほとんどしゃべっていない!

板尾:僕自身、初対面の人とコミュニケーション取るのは得意ではないので。それと今回の役柄は「人間対人形」という側面と、心に目覚めた人形と初めて出会うシーンのインパクトが大事だと思っていたので、ペ・ドゥナさんのことは撮影中、極力無視していました(笑)。これは本当に申し訳ないと思っていますよ。韓国から来てくれた女優さんですし、本当は迎える側として、もっとコミュニケーションを取るべきだったんですけど。

ペ・ドゥナ:わたしも板尾さんのお気遣いは感じていました。今回は人形を相手にするわけですから、そういう心構えだったんだと思っていました。

Q:板尾さんから見た、ペ・ドゥナさんの魅力を教えてください。

板尾:いわゆる韓国の女優さんというイメージとは違いますよね。どこにでもいそうな感じがするけど、声やしぐさ、そして表情といった演技からにじみ出るかわいらしさがあって。それにすごくきれいに見える瞬間があると思えば、すごくこっけいに見えるときもある。コメディーセンスもあるんでしょうね。とにかく不思議な魅力を持った女優さんだと思います。

是枝監督は100パーセント信頼できる存在

ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路

Q:お二人とも是枝監督とのお仕事は初めてでしたね。ズバリ、どんな監督ですか?

ペ・ドゥナ:今までお仕事した監督さんの中でも最高といえる監督さんです。是枝監督が持っている哲学や想像力、人生観などすべてにおいて素晴らしいですし、人格的にも完ぺきで、100パーセント信頼できる存在でした。俳優というのは常に監督を意識せざるを得ないんですね。「今の演技は満足してもらえたか」とか。そういう部分も是枝監督は、しっかり見守ってくれました。

板尾:脚本に沿っていくだけじゃなく、現場の空気感で自然と生まれるものをくみ取ってくれる方だったので、僕自身もすごく楽しくて、伸び伸びと演技ができました。具体的に「ああしてほしい、こうしてほしい」というのは一切ありませんでしたし。

Q:逆に監督から、お二人との仕事を振り返っていただけますか?

是枝監督:ペ・ドゥナさんの演技には、常に驚かされましたね。とにかく耳がいいからさ。僕自身、役者は耳が一番大切だと思っていて、その空間をちゃんと生きるためには、相手の言葉(セリフ)を聞く能力が優れていないといけない。今回、彼女は聞くという行為を通して日本語のニュアンスをしっかり理解し、言葉にならない「……」という語尾まで見事に感情として表現してくれた。こうなると、もはや言葉の壁はなくなりますよ。

Q:先ほど、現場では板尾さんとあまり話をしなかったとおっしゃっていましたが……。

是枝監督:「今日は、ほとんど言葉交わさなかった」ということは結構あったかな。もちろん雰囲気が悪いわけじゃなくて。それが板尾さんの自然なんだろうし、秀雄という役柄の理解がとにかく深くて的確だったので、あまり会話のやり取りが必要なかった。板尾さんはね、本番にスッと台本にない何かをしてくれるんですよ。例えば、空気人形をお風呂に入れるシーンで、板尾さんは人形の肩にさっとお湯をかけてあげるんです。冷えないように。台本ではこうした動きの指示は一切してないんですけど、この行為一つ取っても、秀雄の優しさと切なさが表れている。板尾さんのアドリブに的外れなものはまったくなかったし、板尾さんの方から「今のどうでした?」と聞いてくることもない。これはね、ものすごく刺激的なコミュニケーションでしたよ。

クリエーティブな緊張感が生み出す幸せ

ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路

Q:ご覧になった作品の感想はいかがでしたか?

板尾:本当に詩的で、映画というよりはストーリー性がある写真集みたいですよね。ゆっくり1ページずつめくっていける。そんな雰囲気の映画だと思います。物語の一番の核になっているのは、人間の持っている空虚感。人との対峙(たいじ)が大きなテーマなのかなと思いますね。

ペ・ドゥナ:わたしが今まで出演した映画の中で、一番きれいに撮っていただけたと思います! この映画を通して、皆さんとご一緒できたことを、とても幸せに思っています。照れくさいですけどね(笑)。

是枝監督:そう言っていただけると、本当にうれしいですね。僕自身、監督をしていて日々幸せでした。非常に優秀なスタッフとキャストが集まった、クリエーティブな現場だったから、僕が書いたセリフを俳優さんがどう表現してくれるのか、世界観をカメラマン(今作では台湾生まれの国際派カメラマン、リー・ピンビンが撮影を担当)がどう解釈してくれるのか……お互い「負けられない」と緊張し続けながら、でもその緊張感や大変さが作り手にとって幸せなんですよ。


三者三様、作り手として多彩な才能を発揮し続ける3人が、言葉やジャンルの壁を越えて命を吹き込んだ『空気人形』。そこに描かれる空虚感と、それを埋めようとする人間のけなげな姿は現代人ならば誰もが共感できるはずだ。インタビューに答えてくれた3人もまた、本作の撮影を通して、ある種の閉塞感を打ち破り、新たなステージに進むパワーを得たようだった。是枝監督と板尾は終始、ペ・ドゥナにメロメロだったが……これもまた映画を観れば納得できるはず。

『空気人形』は9月26日よりシネマライズ、新宿バルト9ほかにて全国公開

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