間違いなしの神配信映画『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』Netflix

神配信映画

音楽編 第1回(全8回)

 ここ最近ネット配信映画に名作が増えてきた。NetflixやAmazonなどのオリジナルを含め、劇場未公開映画でネット視聴できるハズレなしの鉄板映画を紹介する。今回は音楽編として、全8作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

9年がかりで完成!スコセッシ監督が思い描いた「ボブ・ディラン伝説」

ローリング・サンダー・レヴュー
Netflixオリジナル映画『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』独占配信中

『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』Netflix

上映時間:142分

監督:マーティン・スコセッシ

出演:ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグジョーン・バエズ

 『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』、なんて長いタイトルなのか! しかし必然性があるから仕方がない。この一文が、2時間22分あるこの作品の本質を簡潔に言い表しているからだ。

 「ローリング・サンダー・レヴュー」とは、ボブ・ディランが中心となって1975年から二度に渡って行ったコンサートツアーの名称。その特異な内容もあって、あまたあるディラン伝説のひとつになっている。

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ローリング・サンダー・レヴュー
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 ディランは、ジョーン・バエズやランブリン・ジャック・エリオットら旧知のフォークシンガー、デヴィッド・ボウイとの仕事で知られるミック・ロンソンのようなロック畑、詩人のアレン・ギンズバーグなどジャンルもスタンスも異なる芸術家を集めてサーカスのような一座を組んだ。そして公民館などの小さな会場を回り、事前に大々的な告知はせず、ビラを配って観客を集めたりもした。その点も伝統的なサーカスの巡業に似ている。

 そもそもディランには“天才にして変人”というイメージがある。このツアーに際してもバイオリンを持って歩いていた見知らぬ女性(スカーレット・リヴェラ)をスカウトしてメンバーにしたり、“ボブ・ディランのお面”をかぶってステージに上がり、戸惑う観客を前に演奏を続けたりと奇行エピソードには事欠かない。

ローリング・サンダー・レヴュー
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 さらにディランは「ツアーしながら映画を撮ろう!」と思い立ち、面識もなかった劇作家兼俳優のサム・シェパードを呼び出した。シェパードは訳もわからぬままツアーに同行したが、ほぼ即興で撮影する毎日で脚本を書く仕事はほとんどなかったという。最終的にディラン監督による4時間近い映画『レナルド&クララ』(1978)として劇場公開もされたが、「意味がわからない」と酷評されて興行的にも不入りに終わっている。

 本作は、この風変わりなツアーの演奏とバックステージの模様、そしてディランを含む関係者が当時を振り返るインタビューで成り立っている。しかし決してドキュメンタリー映画ではない。なぜなら9年がかりで本作を完成させたスコセッシ監督は、当時の空気を伝える貴重な映像のすき間に、捏造(ねつぞう)したフェイクのネタをしれっと忍び込ませているのだ!

ローリング・サンダー・レヴュー
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 主だったフェイクネタについて解説することも可能だが、一種のネタバレになるのでここでは避ける。しかしフェイクが紛れ込んでいる以上、本作は歴史的資料にはなり得ない。むしろ「ローリング・サンダー・レヴュー」を再構築した一種のフィクションと考えた方がいい。

 “フェイクとリアル”は、ボブ・ディランという謎めいた偉人を語る上で避けられないテーマだ。スコセッシ監督はドキュメンタリー映画『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(2005)で、若き日のディランが自分を伝説化しようと自らホラ話を流布した過去を検証している。またトッド・ヘインズ監督は、別人レベルの変貌を繰り返すディランの複雑な多面性を表現するために、伝記映画『アイム・ノット・ゼア』(2007)で女性を含む6人の役者にディランを演じ分けさせた。

ローリング・サンダー・レヴュー
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 つまりディランの実像と虚像の境界は限りなく曖昧なのだ。本作でもある(架空の)人物が、「ボブのことはわからない、鏡をのぞくようなもので、見たい物を見るか、嫌な物を見るか」と語っている。これは「ディランは観客が観たいものを観るための触媒に過ぎない」と言い換えられはしないか。そして本作は、あくまでもマーティン・スコセッシが思い描いた「ボブ・ディラン伝説」についての映画と捉えるべきなのだろう。

 おそらくスコセッシは、ディランと「ローリング・サンダー・レヴュー」の“魔法”を映画にするには、常識的なドキュメンタリーの形式では不可能だと判断した。本作が、手品師から映画制作者に転じたジョルジュ・メリエスのトリック映画『ロベール・ウーダン劇場における婦人の雲隠れ』(1896)から始まるのはあまりにも象徴的だ。おそらくスコセッシとディランは結託して、半世紀近く前の冒険譚を肴に“壮大なトリック”を仕掛けている。謎はおそらく解けることはないだろう。受け取り方はわれわれ自身に託されているのだから。(村山章)

『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』Netflixにて配信中

#間違いなしの神配信映画

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