略歴: 映画ライター。視覚に訴えかけるビジュアルの派手な映画がお気に入り。「SCREEN」「SCREEN ONLINE」「Movie Walker」「日経エンタテインメント!」「DVD&動画配信でーた」「キネマ旬報」「SFマガジン」「映画.com」等で執筆。他に「キングスマン:ゴールデン・サークル」ノベライズ、「グレートウォール」ノベライズ、「X-ファイル 2016」ノベライズ、「フランケンウィーニー」ノベライズ、「「ターミネーター:新起動/ジェニシス ビジュアルガイド」翻訳など。ウェブで映画やTVドラマのニュースを追いかけ中
近況: 今頃だけど、韓国ドラマ『殺人者のパラドックス』@Netflixが、途中からかなり変則的なスーパーヒーローものだと判明してちょっとビックリ。シャマラン監督の異色スーパーヒーロー映画『アンブレイカブル』を思い出したり。
広大で寒く厳しいアイスランドの大地が物凄い。アイスランド出身の監督が2年の歳月をかけて撮影したこの土地は、氷河に覆われているのに、活火山がある。山頂のあたりを漂う霧。降り続ける雨。白夜の中、地平線の近くでほのかに薄紅色を帯びる空は、夕暮れなのか朝焼けなのか、判別つかない。
生きていくことが容易ではないこの土地では、人間たちの感情がむき出しになり、辺境の地に教会を建てることを命じられた牧師すら、例外にはなれない。一方、ここで生まれた子供は、動物のように土地に順応する。画角が1.33:1で画面の四隅が丸い古典的様式の映像で描かれて、風景も物語も、時代を超えた神話的なものに見えてくる。
正体も目的も不明な巨大宇宙船が、3年間に渡って静止したまま空を覆い続ける町。その下で営まれる、宇宙船の出現以前と変わらないように見える日常。その光景が、これが今、私たちが生きている世界だ、と直感に訴えてくる。
その状況下で繰り広げられる、女子高校生の主人公と、同級生の友人たちの仲良しグループ5人の行動や関係性、とくに会話が、ものすごく鮮烈かつリアル。その年齢ならではの熱血と屈折、初恋などなどが混合された青春物語に、子供時代の愛読コミックへのオマージュ、異星人との遭遇ものが絡み、絶妙な配合具合で独自の世界を構築。少女たちが空を行く時の軽さと速度が気持ちいい。
クリストファー・ノーラン監督がこれまでも技巧を凝らしてきた「物語の構造」の面白さが、今回も際立つ。最初から2つの物語が同時進行するのだが、2つ目の物語はストーリーが全体の3分の2くらい進んだ後にやっとはっきりと姿を現し、振り返るとそれが水面下で進行していたことが分かる、という構成の妙。エンディングも巧み。
また、主人公の脳裏に浮かぶイメージを視覚化する映像は、大スクリーンで見る価値あり。冒頭から、主人公の思考の中に溢れる、量子、素粒子といったものの運動のイメージと思われるものがスクリーン全体に出現。やがて、それがどのようなものに変貌するかを、大きなスクリーンで確かめたい。
ベストセラーSF小説『三体』と直接の関係はないが、同じ作家リウ・ツーシンの短編小説『流転地球』を映画化したのが中国映画『流転の地球』(2019)。その前日譚を描くのが本作。ストーリーは映画オリジナルだが、リウ・ツーシンも製作に参加している。
とにかく時間も空間もスケールが大きいのは『三体』と同じ。100年後に老化した太陽が地球を包み込み、300年後に太陽系が消滅するという設定で、月を爆破し、地球自体の位置を移動させる計画が立案される。この規模の大きさには圧倒されるのみ。映画で描かれる2044年、2058年の宇宙船、移動手段、住居等のデザインは、中国の未来観を反映しているのかもしれない。
映画はある殺人事件を捜査する一人の刑事を追うが、物語の焦点は、次第に、殺人事件の真相の解明から少しずつずれていき、主人公が捜査の過程で出会う参考人や容疑者たち、彼と同じ組織で働く同僚たち、それぞれの暮らしと思いが、静かに慎重に描き出されていく。その物語が描く奇妙なカーブが、不思議に心地よい。
主人公が、事件にのめり込んでいきながら、仕事との関係を模索していくお仕事映画でもあり、離れられないものとどう折り合っていくかを描く依存症の物語でもある。
監督は、殺人事件をモチーフに人間群像を描いた『悪なき殺人』のドミニク・モル。今回も人間のさまざまな顔を静かに映し出す。