略歴: 東京の出版社にて、月刊女性誌の映画担当編集者を務めた後、渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスターのインタビュー、撮影現場レポート、ハリウッド業界コラムなどを、日本の雑誌、新聞、ウェブサイトに寄稿する映画ジャーナリスト。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
静かに始まって、じわじわとサスペンスを保ち続ける。そこには独特の不気味さがあり、先の予想はつかない。なかなか怖い映画だと思っていたら、なんと最後に大きな恐怖が待っていた。まさに、獲物をつかまえるためにそっと忍び寄り、ガツンと捕まえるような感じ。しかし、トーンの変化は突然ではあっても不自然さはなく、ストーリー上も納得できる。非常に良く考えられ、シンプルに、無駄なく作られた映画。役者たちの演技も良い。ただ、これは紛れもなくホラー。心理面だけでなくビジュアルで怖がらせるシーンもしっかりあるので(筆者も思わず目を瞑ってしまったことが何度か)、それらが苦手な人は覚悟を。
「フォーリング・フォー・クリスマス」では、リンジー・ローハン久々の映画主演復帰を祝し、1個おまけして3つ星にしたが、今回はその配慮はなし。彼女は製作総指揮も務め、同じく製作総指揮に夫を連れてきて、小さい役に弟、挿入歌に妹を起用。自分の意見が十分通る状況だったのに、今どきまだこんなお決まりパターンだらけの映画を作ったとはがっかり。才能はあるのだから、若い頃に何度もやった楽なことを繰り返すのではなく、役者として難しいことに挑戦してほしい。ストーリーはツッコミどころだらけで、ファンタジーであるにしても信憑性ゼロ。ファッションやアイルランドの風景は魅力的だが、それもまたこのジャンルの典型。
冒頭に出てくるのは、主人公ジョイが抗議運動を目にするシーン。一見ストーリーと関係なさそうだが、秘密で妊娠中絶を提供する組織「ジェーン」が生まれた1968年のシカゴでは市民権運動や反戦運動が盛り上がっていたという大事な背景を匂わせるものだ。キャラクターは架空ながら、女性が生きるか死ぬかの問題を男性だけによる医師の会議が決めていたという恐ろしい状況は真実。そして今アメリカは、保守派のせいでそこに逆戻りしようとしている。偶然にも同じ年のサンダンス映画祭で上映された、本人たちが登場するドキュメンタリー「The Janes」はさらに深くこの話を語るので、こちらもぜひ日本公開されることを願う。
性加害問題をすべての側面から見つめる傑作。「狭い世界だし何もなかったように振る舞うしかない」と諦めたり、声を上げれば「役をもらえなかったから被害者ぶっているのか」と言われたり。性加害を告発された監督の映画が上映中止になれば「作品に罪はない」との意見が出たりする。SNSによる二次被害やメディアの取り上げ方、映画界に限らず日常の中にある小さなセクハラにも触れるし、東京で暮らす移民の女性も登場。深刻な問題を鋭く、リアルに突くが、同時に女性たちに向ける目線は繊細。彼女らが互いを支え合う姿に力づけられ、最後はなんとも言えない希望を感じた。見事なバランスを取った松林麗の監督としての今後に強く期待。
何度も書いてきたが、ロマコメはラストが見えているので、観客にキャラクターに思い入れさせ、そこまでの過程を楽しめるようにさせることが大事。それは今作のように登場人物が大人であっても同じ。だが、この映画はキャラクターが薄っぺらく、トーンもコメディとドラマ、どっちつかずで、テンポも良くない。結婚というものを違う角度から考察するようでありながら、結局何も得られず、フラストレーションが残る。同じようなテーマや設定でも、たとえばナンシー・マイヤーズが手がけたら生き生きして楽しいものになったのではと想像してしまう。キャストは超豪華でこの人たちが揃っているのを見られるのは純粋に楽しい。