『劇場版 SHIROBAKO』朝の連ドラのような「お仕事もの」に共感

映画ファンにすすめるアニメ映画

 「SHIROBAKO」は、2014年から2015年にかけて放映された、全24話のテレビアニメ。アニメーションの制作現場を舞台に、そこで繰り広げられる人間模様を軽やかなユーモアと暖かなまなざしで描いた傑作だ。その新作劇場版が2月29日から公開されるのに合わせて、その魅力を紹介する。(香椎葉平)

宮森あおい
武蔵野アニメーションの制作進行・宮森あおいを待ち受ける苦難とは?『劇場版 SHIROBAKO』より - (C) 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

【主な登場人物】

宮森あおい(CV:木村珠莉
学生時代からアニメーション制作に関心を持ち、同好会にも所属していたが、具体的な目標は立てずに卒業。アニメが好きだという気持ちだけを頼りに、制作進行として武蔵野アニメーション(ムサニ)に入社した。

安原絵麻(CV:佳村はるか
学生時代、同好会であおいとアニメを作っていた仲間の一人。武蔵野アニメーションで、原画マンとして働いている。真面目でおとなしく、やや引っ込み思案な性格。

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業界人も話題にする、アニメーション業界を舞台にした「お仕事もの」

 アニメ業界の人と話をすると、テレビ版の放映終了からおよそ5年が経った今でも、「SHIROBAKO」が話題に上ることがある。会話の中で、ほとんどの人が同じようなことを言うのが面白い。

「すごく良い作品だけど、描かれてる制作現場の様子はファンタジーだね」

「俺も好きなタイトルだけど、あの描写はメルヘンだよ」

 そして、自身のいる現場がいかに「SHIROBAKO」と異なっているか、うれしそうに解説してくれるのだ。

今井みどり
新人脚本家・今井みどりも参加する演出、脚本、作画、美術、CGなどのクリエイター会議。『劇場版 SHIROBAKO』より - (C) 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

 タイトルにもなっているシロバコというのは、映像業界用語で、完パケした(=出来上がった)ばかりの映像データを、受け渡し用に収めたDVDなどの映像媒体のこと。

 アニメーション制作でのシロバコまでの道のりは、山あり谷ありの、一難去ってまた一難。次々と襲い来る予期せぬトラブルは、スタッフ全員が一丸とならなければ乗り越えられない。アニメ作りは常に共同作業。それぞれの能力が優れているだけでは、良い作品にはならないのだ。

 そんな世界に制作進行として飛び込んだのが、主人公・宮森あおい。制作進行は、演出や脚本や作画や美術やCGなどさまざまな部門のクリエイター同士をつないで、スケジュールを切り回していくのが仕事だ。常に納期に追われながら、降り積もっていく大量のタスクに、てんてこ舞いの七転八倒。一筋縄ではいかない曲者ぞろいの中で、時には板挟みになり、時には中心人物になりながら、完パケに合わせて彼女自身も成長していく。そう「SHIROBAKO」は、アニメ業界を舞台にした「お仕事もの」のドラマなのだ。

藤堂美沙
学生時代の宮森あおいの後輩でスタジオカナブンで活躍する3Dクリエイター・藤堂美沙。『劇場版 SHIROBAKO』より - (C) 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

 実際の業界人にとって、どの辺りがどんなふうに違っていると感じるのかは、後で語ろう。宮森あおいの場合も、制作の仕事は、思い描いていたのと大きく違っていたに違いない。学生時代に自主アニメを作った仲間と再び一緒に作品を作りたいと夢見て始めた仕事だが、日々、目の前の業務をこなすばかり。かつての仲間は作画に脚本にCGに声優にとそれぞれが明確な目標を持って頑張っているのに、自分には「具体的にやりたいこと」も、なかなか見出せず……。

 それでも、宮森はへこたれない。彼女は誰よりアニメが好きで、それ以上に、夢中でアニメを作っている人間が好きだからだ。CGをはじめとする技術がどれだけ進歩しても、制作が共同作業である限り、アニメの主役はいつも人間。人と人とをつなぎ動かしていく彼女の熱意に、いつの間にか観客も巻き込まれ、さまざまな登場人物のことを宮森と一緒になって好きになっていく。彼らとの出会いによって、宮森も少しずつ自らの進むべき道を見出していく。「SHIROBAKO」を観ることは、彼女自身の未来を収めたシロバコを生み出す、視聴者と宮森たちとの共同作業でもあるのだ。

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社会悪の象徴やスーパーヒロインは存在しない、等身大の世界観

 「お仕事もの」のドラマは、今やブームを超えてスタンダードになったとも言えるジャンル。日本中に熱狂を巻き起こした堺雅人主演のドラマ「半沢直樹」や、米倉涼子主演のドラマ「ドクターX ~外科医・大門未知子~」など、一度は目にしたこともあるだろう。古くは1966年に田宮二郎主演で映画化された『白い巨塔』などもそうだ。

 ストレス社会と呼ばれて久しい現在、米倉涼子演じる大門未知子のようなかっこいいスーパーヒロインが、腹黒いおじさんたちをやり込めてくれる様子は、失敗だらけの人生を送る筆者のようなおじさんにとっても痛快極まりない。半沢直樹もそんなヒーローだ。アンチヒーローの社会派ドラマも、そのカタルシスは、社会悪の象徴である人物なりシステムなりが、普遍的なヒューマニズムや社会正義との狭間で葛藤する、その様子と結果を見ることにあるだろう。

安原絵麻
原画アニメーター・安原絵麻。後輩、久乃木愛の教育係もこなす。『劇場版 SHIROBAKO』より - (C) 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

 一方で「SHIROBAKO」には、スーパーヒロインも社会悪の象徴も存在しない。制作現場を散々に振り回す、ろくでなしのマンガ編集者は出てくるが、それは単にいい加減なだけの小物。宮森あおいも、ただ一生懸命に働いているだけの、ごく普通の若い女性だ。ドーナツが好物で、仲間の一人がアルバイトをする居酒屋で飲み会もするし、たまの休日には仲間と映画鑑賞やショッピングにも出かける。

 そこにいるのは等身大の人物で、あるのはごく当たり前の働く女性の日常。強いて言えば、多くの人たちと違うのは、宮森が自分の仕事が大好きで、ブラック労働としか言いようのない状況でも、懸命に乗り越えようとすることくらいだ。

 やり甲斐さえあればブラックでも構わないのかという議論を、ここでするつもりはない。「SHIROBAKO」も、それをテーマにしてはいない。描かれているのは、自分なりに一生懸命に働く人たちへの、温かなまなざしと共感。世の中がどうあれ、本当は誰もが、仲間と共に夢中になれる「お仕事」を求めているのだ。自分らしく生きて、自分だけのシロバコに、自分でラベルを書き入れるために。

 わたしたちは大抵、巨大な社会悪にはなすすべもなく押し潰されてしまう、しょせんはちっぽけな存在であり、半沢直樹や大門未知子に憧れこそはすれど、自分が成り代わることはできないだろう。しかし、宮森あおいになら、もしかするとなれるかもしれない。彼女こそわたしたちの、等身大の憧れだ。「SHIROBAKO」の話をするアニメ業界人も、きっとこう言いたいのだ。「実際の現場はもっと過酷で、人間関係はドロドロしている。それでも、本当はこんなふうであってほしいし、宮森のように夢中になって頑張ることができたらいいよね」と。

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頑張っているのにうまくいかない人への応援歌としての側面

 もちろん、頑張りたくても頑張れない人はいる。あるいは、宮森以上に頑張っているのに、何もかもうまくいかない人も。「SHIROBAKO」には、そんな人たちに向けた応援歌の側面もある。アニメーション業界そのものに絶望した末に、すっかりひねくれてしまった、平岡という制作進行がいる。態度の悪いイヤな奴だって人間だ。宮森たちは彼をも見捨てず、その結果、彼の歩んできた苦難の道のりに共感を示す者が現れる。

 そして、声優志望の「ずかちゃん」こと、坂木しずかだ。自主アニメ仲間の一人である彼女は、プロダクションに所属するものの、声優の世界は激烈な競争社会。満足な仕事などもらえるはずもなく、自分だけは立ち止まったまま、かつての仲間が苦労しながらも一歩ずつ先に進んでいくのを、横目で見ていなくてはならない。しかも、どれだけ努力したからといっても、ある程度の運がなければ、将来への道は入口すら見えてこないのだ。

坂木しずか
声優として少しずつ歩んでいく坂木しずか。『劇場版 SHIROBAKO』より - (C) 2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会

 たとえアニメーションの世界に興味がなくとも、一度は夢を持ったことのある人ならば、彼女には心から共感できるだろう。不安、焦り、人知れぬ苦悩、そしてコンプレックス……それらが一つの形となって結末を迎えるテレビ版の第23話「続・ちゃぶだい返し」のラストシーンは、涙なしには見られないはずだ。

 2月29日から公開される『劇場版 SHIROBAKO』では、宮森の所属する武蔵野アニメーションが、劇場用アニメの制作に挑む。彼女や彼女のつなぐ人間たちが、どのように仕事に取り組み、どのような未来をシロバコとして完成させるのか、今から楽しみで待ちきれない。監督を務めるのは、『ガールズ&パンツァー』シリーズでも一大旋風を巻き起こした水島努。シリーズ構成の横手美智子、キャラクターデザイン・総作画監督の関口可奈味など、テレビ版と同じ布陣が顔を並べる。制作は、富山県に本社を置き、「花咲くいろは」など優れた人間ドラマをアニメで表現し続けるP.A.WORKSだ。

 アニメーションに対して一定の先入観を持つ人にこそ、「SHIROBAKO」は観てほしい。NHKの朝の連続テレビ小説のように、老若男女が一緒になって楽しめる内容でありながら、オタク層にも熱烈なファンを持つ作品だからだ。素晴らしい作品に、ジャンルによる垣根などないのだ。多様な登場人物はそれぞれ、日本のアニメ界を牽引する、実在のクリエイターをモデルにしている。それを調べてみるのも、この作品の楽しみ方の一つだろう。

 筆者のお気に入りは、老アニメーターの杉江茂さんだ。杉江さんは、周囲から「終わった人」だと見られながらも、黙々と日々の仕事をこなしている。そんな彼の持つ、日本アニメの歴史と歩みを同じくするようにして積み上げてきた偉大な力に、ある時、見直される機会がやって来る。「SHIROBAKO」の数ある見どころの中でも、屈指の名場面と言えるだろう。敬して遠ざけられるベテランから、共に手を取り合う仲間の一人になった時、杉江さんの表情は生き生きと輝いている。

 人間に賞味期限などないし、自分だけのシロバコを生みだそうと夢中になって生きるのに、遅すぎるなんてことはない。誰だって仕事を通して懸命に生きたいし、生きられるのだ。夢見るころを過ぎても、きっと。

【メインスタッフ】

原作:武蔵野アニメーション
監督:水島努
シリーズ構成:横手美智子
キャラクター原案:ぽんかん8
キャラクターデザイン・総作画監督:関口可奈味
美術監督:竹田悠介垣堺司
色彩設計:井上佳津枝
3D監督:市川元成
撮影監督:梶原幸代
特殊効果:加藤千恵
編集:高橋歩
音楽:浜口史郎
音楽制作:イマジン

【声の出演】
木村珠莉
佳村はるか
千菅春香
高野麻美
大和田仁美
佐倉綾音
山岡ゆり
葉山いくみ
米澤円
井澤詩織

映画『劇場版 SHIROBAKO』は2月29日より公開

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