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テレビ版と合わせて必見!マイケル・クライトンの劇場監督デビュー作「ウエストワールド」【名画プレイバック】

テレビ版と合わせて必見!マイケル・クライトンの劇場監督デビュー作「ウエストワールド」
マイケル・クライトンの記念すべき劇場監督デビュー作『ウエストワールド』(1973) - MGM / Photofest / ゲッティ イメージズ

 J・J・エイブラムスとジョナサン・ノーランがタッグを組んだテレビシリーズ「ウエストワールド」(2016~)が、高い評価を得て話題を呼んでいる。このシリーズのベースとなっているのが、「ロボットの反乱」を描いた映画『ウエストワールド』(1973)だ。映画ファンにはおなじみの、アメリカの小説家で脚本家・監督など幅広く活躍するマイケル・クライトンが脚本を執筆し、劇場映画監督デビューを果たした記念すべき作品でもある。(文・今祥枝)

 医師でもあるクライトンは、医学と科学の知識を基盤とした作品が多く、テクノロジーをふんだんに取り入れた作風はテクノスリラーなどとも呼ばれることも。テクノロジーの進化は日進月歩。現代からみると、今から40年以上も前のテクノロジーが題材の作品なんて、より一層の古さを感じるはずだ、映像がチープに違いないと思う人も多いかもしれないが、さにあらず。まず娯楽作として面白いし、クライトン原作の『ジュラシック・パーク』(1993)はもちろん、『ターミネーター』(1984)ほかの作品群へと続いていく、さまざまなルーツを見ることができるという意味でも、非常に興味深いものがあるのだ。

 舞台は、大砂漠の中につくられたレジャーランド「デロス」。広大な敷地内には、1880年頃の西部開拓時代、13世紀ヨーロッパ、帝政ローマという3つの世界が完璧に再現されている。1日1,000ドルという高額ながら、西部を選べばガンマンや保安官として、中世を選べば王や王妃、騎士として、ローマでは享楽的なパーティーなどを体験することができる。各世界でゲストを楽しませる役割を果たすホストや生き物はすべて、高度なテクノロジーによって実物と見分けがつかない精巧なロボットである。人間かどうかを区別するためには、指紋があるかないかで判断できる。また、ロボット側は人間を熱で感知・認識する。園内のルールは、ホストであるロボットは決して人間を傷つけることはできないということ。このルールに則り、客はやりたい放題ができる。

 映画は、シカゴの弁護士ブレイン(ジェームズ・ブローリン)と、デロス再訪組の友人マーティン(リチャード・ベンジャミン)がやってきて、西部開拓時代(ウエストワールド)で憧れのヒーローになりきり、銃撃戦やロマンスを楽しむところから始まる。割とのんきな始まりで、他の世界もそれぞれに楽しそうだったりする。この辺は、後の『ジュラシック・パーク』にも通じるが、“何事も起こらなければ”体験してみたいと思わされる。

ウエストワールド
2016年のテレビシリーズ版ではエド・ハリスが“黒ずくめの男”に!HBO / Photofest / ゲッティ イメージズ

 だが、冒頭で高齢夫婦が、どの世界を選ぶかで何となく意見が割れる感じや、何が目的なのかが、男女によって、人によって違うと思われる小さな描写が目を引く。男性は、男性らしさを誇示したいし、女性には古き良き時代の女性らしさを求める。一方、女性は退屈な夫をよそに、享楽的なパーティーに身を委ねたり、素敵なドレスを着て女王となりかしずかれたいと思う。どちらもわからないではないが、ゲストが実際にどんな欲求を満たすのかといえば、暴力(人を殺してみたいという欲求)と最高のセックス(モテたい)なのだ。ものすごく簡単に言えば、この2つが大人の休日のお楽しみなのである。

 最初はおっかなびっくりなゲストたちだが、すぐに人間本来の順応力と傲慢さによって、あっという間に人殺しを覚え、目当ての女性とのセックスを楽しむようになる。ロボットは撃ち返してもゲストを傷つけられないし、女性はゲストの誘いを断ることができない。この図式、現代のあれやこれやと照らし合わせて考えてみると、映画が持つ牧歌的な雰囲気はすぐに消え去る。“本能をむき出しにする”とか“欲求に従う”って、とても危険なことなのだ。

 ゲストにむざむざと撃たれる時の黒ずくめのガンマン(ユル・ブリンナー)の目、男に抱かれる女性の目に表情はないが、そのことがかえって不気味さを助長させる。若干チープさの漂う効果音はご愛嬌だが、「(ロボットたちが)怒ってるっぽい」と思わされる描写には、『2001年宇宙の旅』(1968)の人工知能HAL(ハル)を思い出す。もっとも、クライトンが書き下ろした本作には、人工知能(A.I.)という概念は登場しない。あくまでも、高度なテクノロジーによって可能となったロボットが、何らかの理由でコントロール不能になり、人間に反撃するというシンプルな展開である。

 「デロス」のルールは、ガラガラ蛇(もちろん作り物)がマーティンを咬んだことから決壊していく。コントロールルームでは、その様子を観察しながら、「(故障の)パターンが同じで伝染病が広がっていくという感じ。ロボットに病気があるとは限らない。ロボットは生物と同じく高度なので全てを把握することはできない」などともっともらしいことを言いつつ、「デロス」を閉鎖しないことから悪夢をみることになる。この辺のロボットの不具合の説明は浅く、非論理的でもあるのだが、ノーラン版のドラマ「ウエストワールド」のコンセプトは緻密で、本作と密接な関係にありながら、人工知能と自意識をめぐる考察は見事。どちらが先でも良いが、映画とドラマをぜひ比較してみて欲しいと思う。

 かくして、ロボットに反撃された人間どもは無残にも命を奪われていく。ここからの、黒ずくめのガンマンが執拗にマーティンを追い詰めていく後半は、まさに西部劇のような面白さ。目が異様な光を帯びたガンマンにふんするユル・ブリンナーの独壇場で、ピシっと背筋の伸びた姿勢に動作も人工的で、無表情で銃を構えながらダンダンと歩きながらマーティンに向かってくる姿は、不気味かつ本当にカッコイイ。私はいつも『ターミネーター2』(1991)のT-1000(ロバート・パトリック)が頭に浮かび、ダダンダンダダンとテーマ曲を口ずさみたくなるほどだが、ブリンナーの代表作の一つ『荒野の七人』(1960)の演技へのセルフパロディーも入っているだろう。

 このブリンナーふんするガンマン(ガンスリンガー)は、1976年の本作の続編『未来世界』(監督:リチャード・T・ヘフロン)にもザ・ガンスリンガーとして登場する。ノーラン版テレビシリーズ「ウエストワールド」では、エド・ハリスがブリンナーを思わせる黒ずくめの男を演じているが、これは少しトリッキーだ。ちなみにテレビ化は実は以前にもあって、1980年には米CBSネットワークで「Beyond Westworld」としてシリーズ化されたのだが、わずか3話の放映で終了となったようだ。第1話はDVDの特典映像に収録されているが、このテレビ版ではテーマパークの外で物語が展開しており、そのことが極端にこのコンセプトの面白さを半減させている。『ジュラシック・パーク』でも証明されていると思うが、やはり楽しいはずのテーマパーク内での出来事に限定された方が、面白みがあると思う。そういう意味では、ノーラン版「ウエストワールド」は、あらゆる意味でクライトン版の正当な後継作品と言えるだろう。

 現代ではテクノロジーの進化が目覚ましく、人工知能を扱ったエンターテインメントも人気があるし、現実的にクライトン版「ウエストワールド」の時代とは比較にならないレベルに達している。そうした中で、例えば近年では『エクス・マキナ』(2015)などA.I.が人間に刃向かう可能性はあるのかといった、現実的な視点から作品を語ったり議論するケースも見かけるが、個人的にはテクノロジーをどう扱うのかという人間のあり方の方が、昔も今も気になるし、怖いとも思うのだ。


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