見どころ:『わたしは生きていける』などのシアーシャ・ローナンを主演に迎え、アイルランドからニューヨークに移住した女性の青春の日々を映すドラマ。アイルランドの片田舎から大都会のニューヨークにやって来たヒロインが、戸惑いながらも自らの宿命と愛に身を任せる姿に迫る。『パディントン』のジュリー・ウォルターズやジム・ブロードベントらベテラン俳優らが共演。二つの国と二人の男性の間で引き裂かれていくヒロインの成長物語が胸に響く。
あらすじ:アイルランドの町で暮らすエイリシュ(シアーシャ・ローナン)は、きれいで仕事もバリバリこなす姉ローズ(フィオナ・グラスコット)とは正反対だった。内気な妹の未来を心配するローズの考えもあり、エイリシュはニューヨークに渡ることを決意する。だが、田舎町での静かな生活とは全然違う暮らしが彼女を待ち受けていた。
アカデミー賞等の全米賞レースを賑わせた作品として記憶している映画ファンは多いと思うが、まずはそんな金看板を忘れて見て欲しい。
NYに渡ったアイルランド系移民少女の物語の核となるのは“おのぼりさん”の自分探し。内容的にはそれ以上でも以下でもない。が、青春&成長物語を正攻法で丁寧に構築する映画が今どれくらいあるだろう。テーマこそ地味だが、本作は基本をきっちりやることの重要性を認識させる作品でもある。
ヒロインは異国で努力して受け入れられ、自分の居場所を見つける。これは反移民感情が高まる世界情勢に疑問を呈するかのよう。賞レースが評価したのは、そんな社会性ではないだろうか。
就職難の故郷を離れアメリカに移民したヒロインがホームシックに悩みながらも地道な努力と優しい恋人の愛で新たな故郷を受け入れるというシンプルな物語だが、映像も演出も演技もほぼ完璧。特に素晴らしいのがヒロインを演じたシアーシャ・ローナンで、些細な表情の変化や姿勢、息使いで微妙な感情変化を表現する。家族や故郷と別れる悲しみを受け入れ、自分の足で立ち上がる彼女が実にかっこよく、希望を感じた。子役のころから上手だったが、押し付けがましくない演技が彼女の個性になっている。またヒロインの心情を反映させた色彩設計(最初のアイルランドは寒々しく、NYはカラフル、再びの故郷は移民前よりも明るい色調)も実に見事!
舞台は1950年代。アイルランドの保守的で閉鎖的な町を離れた若い女性が、遠く離れたニューヨークのブルックリンで新たな生き方を模索する。
自分の人生は自分で切り拓く、幸福は自分の手で探して掴む。懐かしい故郷と希望に溢れる大都会の間で揺れ動き、悩み迷いながらも逞しく成長していくヒロインの姿は、多分に古典的でありながらも共感せずにはいられないだろう。
だが、それ以上に胸を打つのは周囲の人々との関わりだ。未熟なヒロインを時には突き放し、叱咤激励し、しかし必要な時には支えてくれる同郷の仲間たち。人は決して一人では生きていけない。単なる綺麗事ではない、厳しくも豊かな人間愛が物語に深い味わいを与える。
ある種、典型的な「都市と田舎」の物語だ。50年代、アイルランドからN.Y.へ渡る女子。実家の温もり、慣れた環境や風景の安心感と裏腹に、保守的な閉鎖性がねっとり付き纏う故郷。リスキーだが「なりたいものになれる」希望があり、多様性を許容する都会。いまや古臭くも感じる二元論だが、実際に(日本国内でも)上京体験のある者にとって心の襞に触れてくる繊細な描写に満ちている。
その意味で筆者の感情移入の対象はS・ローナンが好演するヒロインだ。監督・原作など主要の裏方は男性だが、特にN・ホーンビィ(脚色)は『17歳の肖像』『わたしに会うまでの1600キロ』にしろ自己実現の途中にある人間像を描くのが本当に巧い。
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