見どころ:トランペット奏者、シンガーとして著名なチェット・ベイカーの伝記ドラマ。圧倒的な人気を誇る裏で麻薬に溺れる彼が、ある女性との出会いを機に再出発するさまが描かれる。メガホンを取るのは、プロデューサーとしても活躍するロバート・バドロー。『6才のボクが、大人になるまで。』などのイーサン・ホークがベイカーにふんし、『パージ:アナーキー』などのカーメン・イジョゴ、『ウォークラフト』などのカラム・キース・レニーが共演。およそ6か月の特訓を経て挑んだ、イーサンによるトランペットの演奏が見どころ。
あらすじ:1950年代、黒人のアーティストたちが中心だったモダンジャズ界へと飛び込んだ、白人のトランペッターでボーカリストのチェット・ベイカー(イーサン・ホーク)。優しい歌声と甘いマスクで人気を博した彼は、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などの名曲を放つ。しかし、ドラッグに溺れて破滅的な生活を送るようになる。そんな中、自身の人生を追い掛けた映画への出演を機にある女性と遭遇。彼女を支えにして、再起を図ろうとする彼だったが……。
ドキュメンタリー『レッツ・ゲット・ロスト』で枯れたパフォーマンスを披露し、味わい深い晩年を映像に刻んだチェット・ベイカー。そこにいたる過程をドラマとして見せ切った本作も、味なモノを確かに感じさせる。
自業自得とも言えるケンカ沙汰で一度はトランペッター生命を断たれる。恋には落ちるが、彼女のためだけには生きられない。そんなチェットの“ダメ”な部分をとらえているからこそ、演奏だけは捨てられないナチュラル・ボーンな音楽家ぶりが際立つ。
演じるイーサン・ホークはボーカルをも完コピするなりきりぶり。何より、これまで何度となくダメ男を演じてきた彼の、チェットにも似た枯れ具合が光っている。
かなり脚色が多いので、チェット・ベイカーの伝記映画というよりは、その半生にインスパイアされたオマージュ映画と呼ぶべきか。麻薬で身を持ち崩した天才ジャズトランペッターの葛藤と再起が描かれる。
これが長編2作目のバドロー監督は以前にもチェットを題材にした短編を撮っており、その際にチェットを演じたスティーブン・マクハティーが、ここでは父親役で顔を出す。事実の忠実な再現よりも、繊細で傷つきやすいアーティストの複雑な内面に焦点を絞ったところが特徴だ。
あえて時代の空気を再現することまで避けたせいで、昔のMTVっぽい映像になってしまった嫌いはあるものの、劇中劇の多様など独特のアプローチは興味深い。
実在の人物に基づいているが、いわゆる伝記映画というよりも、ひとりの人間の物語として描かれている。映画が目指すのは、具体的な事実を再現することではなく、モデルとなった人物から真髄を抽出し、それを映画という虚構の形で表現することだ。
生活者としてはかなり難点の多い人物が、ひとつだけ没入したもの=音楽があり、そのために他の大切なものを失うと分かっていても、それだけは決して手放さなかった。そういう物語が描かれていく。黒、白、ブルーがアクセントの映像はクールで、主人公が何もない場所に立つ姿は美しい。だが描かれているのは破滅や堕落の美学ではなく、ひとりの弱い人間による強い選択の物語に見える。
ヤラれた……まさかこんなに良いとは。もし批判されそうな点を挙げるなら、伝記映画にしては創作が多いってことだろう。明白な脚色があったり、年代が記録と合ってなかったり。“オマージュ”程度のフィクショナルな距離感と考えれば良いか。それでも魂の人物解析としては真に迫った、非常に優れたチェット・ベイカーの映画だと思う。
傑作ドキュメンタリー『レッツ・ゲット・ロスト』を観てベイカーのファンになったというE・ホークは業の深さごと“存在論的同期”するような名演。切ない歌声がヤバすぎ。話のメインはヤクザな道からの「更正」だが、“ブルーに生まれついた”宿命が顔を出す瞬間、久々に腹の底から溜め息が出たよ!
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