国際的舞踏家、花柳寿々紫とアメリカの演出家ロバート・ウィルソンのドキュメンタリー映画が完成!

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リチャード・ルトコウスキー監督

 花柳流を学び、その後ニューヨークに渡り国際的な舞踏家となった花柳寿々紫(はなやぎ・すずし)と、アメリカの演出家ロバート・ウィルソンとの関係を描いたドキュメンタリー作品『ザ・スペース・イン・バック・オブ・ユー(原題) / The Space in Back of You』について、リチャード・ルトコウスキー監督が語った。

 同作は、前衛舞台芸術を世に知らしめた演出家ロバート・ウィルソンが、長年にわたって15作品もコラボレーションしてきた国際的舞踏家、花柳寿々紫とある日、突如連絡が取れなくなったことで、彼女との製作過程を回帰しながら、彼女の行方を探しに大阪に向かっていくアメリカと日本の文化が融合した至極のアート作品。

 リチャード監督は、ロバート・ウィルソンとの出会いについて「18歳のときに、ロバートの舞台劇のパフォーマーとして参加したことがあったんだ。だが、すぐに僕は自分が俳優には向いていないと判断して、大学に通いながら彼のもとで3年半もの間、彼のアシスタントとして、アメリカン・レパトリー・シアターで学んだんだよ。そのときは、まるで奴隷のように彼のもとで働かされていた……。それから僕は映画に興味を持ち始め、一方彼は映画に全く興味がなかったために、お互いが違う仕事にかかわっていたが、長年連絡は取り合っていたんだ。それが、2008年に花柳寿々紫のトリビュート作品を手掛けてほしいという依頼から、再び彼とタッグを組むことになったんだよ」と語った。この作品はロバートとの師弟関係から生まれた作品だそうだ。

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 花柳寿々紫が、ニューヨークで活動をすることになったのは、彼女の師である武原はんの影響が大きいのか、との問いに「もともと花柳寿々紫は、知識人でリーダー的な存在だったと思うんだ。彼女は、そのまま花柳流の舞踏家として教えることができたが、彼女はその生活におそらく満足していなかったと思う。そして、よりモダンなニューヨークの世界に興味を示し始めたんだ。だからと言って、彼女は花柳流を捨てたわけでない。彼女は花柳流を尊重しながら、ニューヨークでダンスをしていた。したがって、彼女が武原はんのもとで学んだときも、武原はんの小さな動きで、大きな衝撃を与えるというパフォーマンスには大きく影響を受けたと思うんだ」と述べた。さらに花柳寿々紫はニューヨークでマーサ・グレアムのもとで一年間学ぶが、マーサのアスリート的なダンススタイルと自分のダンススタイルが違っていることを悟り、マーサのもとを離れ、花柳寿々紫は自分のダンススタイルを確立していく。

 この映画の音楽を担当したデヴィッド・バーンについて「ロバート・ウィルソンが、デヴィッド・バーンと何度かコラボしたことがあって、今回もロバートがデヴィッドに頼んでくれたんだ。デヴィッドの元妻アデル・ラッツは、母親が日本人で、その影響から彼はよく日本を訪れたり、日本の音楽にも興味を示していたんだよ。この映画の映像をデヴィッドに見せたら、花柳寿々紫のパフォーマンスに感銘を受けて、寛大な対応をしてくれて、彼の曲を使うことができたんだ」とデヴィッドのサポートが、一段とこの映画に深みを持たせている。

 常にダンスを改革しながら探求する花柳寿々紫と、コンビを組んだ多彩な才能を持つロバート・ウィルソンのよる演出のマジックは、まるで水を得た魚のように自由で、束縛から解放された動きをしている。 (取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

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