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第15回:『見知らぬ乗客』(1951年)【名画プレイバック】

第15回:『見知らぬ乗客』(1951年)
『見知らぬ乗客』公開当時のポスタービジュアル - (C)Warner Bros./ Photofest / ゲッティイメージズ

『太陽がいっぱい』(1960年)などの原作者としても有名なパトリシア・ハイスミスの処女作を、「サスペンスの神様」ことアルフレッド・ヒッチコックが映画化。この組み合わせだけで面白くないわけがないと思わせる『見知らぬ乗客』(1951)は、ヒッチコックのキャリアにおいて円熟期を迎えたとされる傑作だ。(今祥枝)

 テニスの人気選手でモートン上院議員(レオ・G・キャロル)の秘書でもあるガイ・ヘインズ(ファーリー・グレンジャー)は、男遊びが絶えない妻ミリアム(ケイシー・ロジャース)と離婚し、モートンの娘アン(ルース・ローマン)との再婚を切望していた。そんなある日、ガイは列車でブルーノ(ロバート・ウォーカー)という男性と出会う。なぜかブルーノはガイの事情を知っており、自分がミリアムを殺すから、ガイには自分の父親を殺して欲しいと交換殺人を持ちかける。お互いに動機がなければ捕まる心配もないと語るブルーノ。ガイは突拍子もない話に取り合わなかったが、後日ブルーノはミリアムを殺害。ガイにも約束を守るようつきまとう。

 ハイスミスが1950年に発表した処女作「見知らぬ乗客」は、ミステリーのトリックとしては現在では珍しいものではない「交換殺人」を扱っているが、全体としては心理サスペンスの要素が強いだろうか。後にハイスミス作品の特徴とされる展開の不合理性や不安感、誰もが犯罪者に成り得るという潜在的な犯罪への欲望、人間が持つ二面性を扱った内容は極めてヒッチコック好みで、本著に惚れ込んだ理由もよくわかる。もっとも、独特のユーモアも魅力的なサスペンスを得意とするヒッチコックらしく、原作とは印象が異なる本作もまた卓越した演出術が際立つ娯楽作に仕上がっている。以下、ネタバレに相当する記述を含むが結末には触れない。

 冒頭のシーン。往来する人々の足元だけを映して、その中の2人が車中で向かい合わせの席に腰掛け、男の足がもう一人の男の靴先にぶつかり口をきいたところで、初めて顔が見える。多くの人間の中からこの2人が出会ったことの運命的な意味と不合理性、さらには靴から両者のキャラクターの違いを読み取ることができるが、単純に観客は何が起こるのかという好奇心で物語の世界に引き込まれる演出である。

 この冒頭からして、ヒッチコックの語り口の巧さは映画の教科書とでもいうべきお手本となるシーンの連続。序盤でブルーノが遊園地でミリアムをつけまわすシークエンスは秀逸で、ボートで追うくだりでは何度見てもまんまと観客を引っ掛けてハラハラさせる演出ににやにやしてしまう。そこから畳み掛けるように絞殺にいたる衝撃。ミリアムの落ちたメガネのレンズに映る殺人の様子は残酷だが芸術的で美しく、これだけでアカデミー賞撮影賞(白黒部門)にロバート・バークスがノミネートされたのも納得である(本作における唯一の候補入り)。合間に、力自慢のゲームで意外なほどの腕力を誇示したり、通りすがりの子供の風船をパチンと割ってみせるなど、ブルーノのそこかしこに表れている異常性、狂気は全編を通して静かに不安を駆り立てる。

見知らぬ乗客
殺人シーンの巧みな演出は、ヒッチコックならでは(C)Warner Bros./ Photofest / ゲッティイメージズ

 お手本シーンを挙げていくとキリがないが、ガイのテニスの試合では観客がボールの行方を追って首を左右に振るが、たった一人ブルーノだけがひたとガイを見据えて動かないシーンも有名。コートにいるガイの視点から見た観客席の様子は滑稽さから一転、ぞぞ~っと寒気をもよおす。サングラスでブルーノの目の表情が読み切れない点も不気味さを増す。

 白眉なのは、終盤でブルーノが向かっているミリアムが殺害された遊園地に定刻までに到着するべく、ガイがテニスの試合で熱戦を展開するくだり。じりじりと焦るガイと、それを見守るアンと妹バーバラ(ヒッチコックの長女パトリシア・ヒッチコック)。時を同じくして、ガイを有罪にできる証拠のライターを下水溝に落としてしまい、手を伸ばして何とか拾いあげようとするブルーノのカットバックは、実にドラマティックだ。映画の観客は、ガイが勝つか負けるかして少しでも早く試合を終えられるよう願いつつ、悪者であるブルーノがライターを拾えるよう応援してしまう。この2人が何としても遊園地へ行き、物語に決着を付けてもらいたいという観る者の心理を、こうも上手く利用できるとは! ぐぐっと盛り上がったドラマは、遊園地のメリーゴーランドが暴走するスペクタクルなクライマックスへと一気になだれ込む。

 小道具の使い方も、いつもながらに冴え渡る。本作で特筆すべきはメガネ。ミリアム殺害シーンで地面に落ちたレンズに映った光景は『裏窓』(1954)ほかにも見られるお得意の演出で、『北北西に進路を取れ』(1959)にもメガネを使った面白い演出がある。また、『断崖』(1941)、『白い恐怖』(1945)などでは最初にメガネをかけていたヒロインが、メガネを外すとあら不思議! というメガネっ娘が登場するが、本作ではつんとした印象を与えるミリアムの性格付けに使われている。対照的に、アンの妹バーバラは親しみやすくコミカルな雰囲気をメガネによっても醸しているが、彼女を初めて見たブルーノに殺人の記憶がよみがえるシーンがこれまた素晴らしい。

 もう一つ重要なのはガイのライターだ。最後までライターは物語の鍵を握るアイテムだが、冒頭でブルーノがガイからライターを借りるシーンがある。「AからGへ(アンからガイへ)」と彫ってあるのだが、これはブルーノ・アンソニー(原作のチャールズ・A・ブルーノから変更された)のAと取ることもできる。ハイスミス作品にはしばしば提示される同性愛的なテーマ、ブルーノのガイへの求愛を示唆していると捉えることができるだろう。ブルーノとガイの関係性は合わせ鏡のようなもので、ブルーノはガイの、あるいは誰もが持つ心の闇を体現する存在だ。原作と異なり映画ではガイは殺人に手は染めないが、限りなくそれに近い感情を抱いたと思われるシーンはある。誰もが一線を越える可能性は潜在的に内包するもので、ガイまたは観客である我々とブルーノは全く異質の存在とは言えないのだ。

 キャストのアンサンブルも見事。多くのキャラクターアクターが出演しているが、それぞれが個性を発揮している。中でも突出しているのはブルーノ役のロバート・ウォーカーだ。母親との病んだ関係性は『サイコ』(1960)のノーマン・ベイツを思わせるものがあり、内に秘めた狂気を見え隠れさせる繊細な演技はオスカーには無視されようとも記憶に残る名演である。

 これも有名な話だが、『見知らぬ乗客』には劇場公開バージョンとは別に、俗に「英国版」と呼ばれる試写版がありラストシーンが異なる。ミステリー、サスペンスとしてのオチは変わらないが映画全体の印象を大きく左右するもので、神父が登場する劇場公開版の方がヒッチコックらしく痛烈なブラックユーモアが効いている。もっと言えば不道徳感が増すといった効果があり、その辺がまたアカデミー会員には嫌われたのかもしれないが、良い選択だったのではないか。未見の方は、DVD(※ワーナー・ホーム・ビデオよりブルーレイ&DVD発売中)の特典映像に収録されているので見比べてみて欲しい。

 ちなみに、近年はハイスミス作品の映画化がまたぞろ続いているが、デヴィッド・フィンチャー監督とベン・アフレックという『ゴーン・ガール』(2014)のチームが組んだ『見知らぬ乗客』のリメイク『ストレンジャーズ(原題) / Strangers』の企画が進行中だという。ヒッチコックの名作をどのようにアップデイトさせるのか、あるいは原作寄りになるのかなど興味は尽きない。

 ヒッチコックほど映画評論家や同業者に研究し尽くされ、リスペクトされている監督もそうはいないだろう。それはサスペンスとは「何を語るか」ということ以上に、「いかに語るか」が重要だからにほかならない。誰もがお手本にしたくなる映画話法の達人ヒッチコックは、すなわち「映画の神様」なのだ。


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