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『怪談』(1965年)監督:小林正樹 出演:三國連太郎、岸惠子、仲代達矢 第55回

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「怪談 <東宝DVD名作セレクション>」DVD発売中 価格:2,500円+税 発売・販売元:東宝
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 日本各地に伝わる民話や怪談をまとめた、小泉八雲の同名短編集を映画化した『怪談』。四季を題材に原作から4話を選んでオムニバス映画として構成された本作は、ストレートな恐怖を目指す近年のホラー映画とはひと味違う、幻想的な世界が味わえる。(神武団四郎)

 第1話の「黒髪」は、若い侍とその妻の物語。映画は京のはずれの朽ちかけた屋敷の前から幕を開ける。カメラが静かに屋敷の門に近づくと、風が吹いて門扉が音も立てずに開いていく。ところがそこでカメラは門の手前でゆっくりと宙に浮き、そのまま門を跳び越え屋敷に入る。まるで幽霊の主観映像を見せられているようだ。季節は秋。荒れ放題の屋敷はあちこちにすすきが伸び、廊下には破れたすだれが揺れているが、かすかな風の音すら聞こえない。時折効果音とも音楽ともつかない“音”が短く響くだけ。第1話は映画そのものの導入でもあるが、夢とも現実ともつかない不可思議な映像は、観る者を静かに妖しい世界に運んでいく。

 この屋敷で暮らしているのが、仕事にあぶれた若い武士(三國連太郎)。貧しい日々に耐えかねた男は優しく献身的な妻(新珠三千代)を捨て、裕福な娘と再婚すると仕官として遠方へと旅立った。ところが新たな妻はわがままで冷たい性格の持ち主。しだいに男は一日中、かつての妻との思い出に浸るようになっていた。任期を終えると男は二度目の妻の元を去り、京の朽ちた屋敷に帰る。「黒髪」は映画オリジナルのタイトルで、原作は「和解」という。男が戻ると元の妻が出迎えて、詫びる男との再会を涙を流して喜んだ。実は女はすでにこの世の者ではなかったが、亡霊となっても姿を現し男を赦すというちょっと“いい話”。しかし映画では、男の哀れな最期が加わった。それは身勝手な男への復讐、あるいはあの世でも添い遂げたいと願う妻の情念とも取れ、その曖昧さが白黒はっきり付けたがる昨今の映画にはない味わいを醸している。

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 薄暗く枯れた色彩の第1話に対し、冬を舞台にした第2話「雪女」は、鮮やかな色使いが印象的な一篇だ。薪を取りに山に入った巳之吉(仲代達矢)は、吹雪に遭い山の小屋で一晩過ごすことになった。空には重い雲が立ちこめ、あちこちで渦を巻いている。空から巳之吉を見つめる目玉のように描かれたいくつもの渦の書き割りは、シュールレアリズム絵画のよう。やがて雪女に魅入られる彼の行く末を暗示する幕開けだ。その夜、小屋に雪女(岸惠子)が現れるが、彼女はまだ若い巳之吉を殺すことをためらい、決して自分を見たことを口外しないよう言い残して姿を消した。その後、巳之吉は結婚し、子供が生まれた後もその約束を守り通すが、ある晩つい妻の前で雪女の思い出を口にしてしまう。すると妻の態度が一変し……。本作は、多くの昔話で描かれてきた人とそれ以外のものとの異類婚姻譚。雪女は自然のメタファーとして使われることが多いが、ここでは巳之吉とのロマンスに仕立てられている。恐怖を表す青、朝日や夕日の朱色など、大胆な色で塗られた絵画のような映像も情感豊かな物語を盛り上げた。

 第3話の「耳無芳一の話」は、平家物語の弾き語りを得意とする若き琵琶法師(琵琶を街中で弾く盲目の僧)・芳一(中村嘉葎雄)が、平家の怨霊に取り憑かれる物語。まず冒頭で、壇ノ浦の戦いでの平家滅亡が描かれる。船に乗った両軍のやりとりを様式的に追った映像は、まるで絵巻物が動いているかのようで、横長のシネマスコープ画面がその味わいを引き立てる。そして合戦から700余年が経ったある夏の晩。壇ノ浦近くにある寺で留守番をしていた芳一は、そうとは知らず平家の亡霊に連れ出され、彼らの屋敷で平家物語を弾かされる。それは毎晩のように続き、芳一は日に日にやせ衰えていった。芳一が連れて行かれる平家の屋敷は、柱だけが並んだまやかしの館。平家の亡霊たちが思い思いに佇んでいるのだが、芳一が平家物語を談じ始めると光景は一変。あたりは炎に包まれた戦場と化すのだが、生気のない死者たちが演じる合戦は、先の壇ノ浦とはまた違った妖気に満ちている。

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 真相を知った住職は、怨霊の目を欺くために芳一の体中を経文で埋めつくす。住職が唯一耳に呪文を書き忘れたために芳一に恐ろしい災厄がふりかかるが、やがて怨霊は芳一を諦めいずこかに消え去った。第3話は凝ったセットや体中に経文を書かれた芳一など視覚的に圧倒される一篇だが、印象的なのが最後に芳一が口にする「命の限り私は琵琶を談じましょう」という、原作にはないセリフ。亡霊たちは自らの魂を悼むため芳一を呼び寄せたのだが、彼らが去った後も非業の死を遂げた者たちを弔い続けるという芳一に、軍国主義を痛烈に批判した『人間の条件』(1959~1961)や武家社会の不条理を描いた『切腹』(1962)を手がけてきた、小林正樹監督らしい気骨がにじむ。

 最後の第4話「茶碗の中」の季節は春。春といっても正月、つまり旧暦の春である。酒をついだ茶碗の中に不気味な人影を見た侍・関内(中村翫右衛門)が、影ごと酒を飲み干したことから謎の男につきまとわれる物語。原作は物語が途切れたままになっているが、映画ではこれを八雲らしき作者の小説と設定し、一ひねりあるオチがつけられた。人影(魂)を飲んでしまった男の奇怪な末路を描いた背筋が凍る幕切れは、昨今のホラー映画にも通じるスタイル。影など気にもせず酒を飲む欲の張った関内と、正月にもかかわらず作家を急かしに現れる出版社の男(中村鴈治郎)がだぶって見えるのも面白い。

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 日本古来の物語を題材とした「怪談」は、いわゆる恐怖を味わわせるための物語ではなく、それはこの映画でも貫かれている。そこにあるのは、人間と目には見えない何かとの関わり。幽霊が襲いくるなど直接的な描写はないけれど、代わりに人間の業の深さや愚かさ、積もる怨みなど日常に通じる怖さを持っている。また本作は、映像派としても知られる小林監督が初めて挑んだカラー作品。原作を独自に解釈することで、新たな映像表現に挑んだ実験的な意欲作でもある。凝ったカメラワーク、広大なスタジオ(自動車工場跡地)に組まれた大胆なセット、そして前衛的な音楽と一体となり繰り広げる妖しくも美しい映像世界は、数十年の時を経ても色あせないどころか、今なお新鮮に映る。

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