ミニシアターは作家を育てる場所~藤井道人監督~

がんばれ!ミニシアター

第43回日本アカデミー賞で3部門最優秀賞を受賞した映画『新聞記者』(2019)の藤井道人監督
第43回日本アカデミー賞で3部門最優秀賞を受賞した映画『新聞記者』(2019)の藤井道人監督

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い発令された緊急事態宣言を受けて、現在全国の映画館では休館など上映自粛が広がっている。なかでも経営規模の小さなミニシアターは大きな打撃を受けて閉館せざるを得ない可能性もある危機的な状況だ。今だからこそ、日本映画界を担う映画人たちに、ミニシアターの存在意義を聞く。

 今年3月に行われた第43回日本アカデミー賞で作品賞、主演男優賞(松坂桃李)、主演女優賞(シム・ウンギョン)の3部門で最優秀賞を受賞した映画『新聞記者』(2019)の藤井道人監督は現在33歳。今映画界で注目を浴びる若手監督の一人だ。東京出身ということもあり、映画館は子供の頃から常に身近な存在だった。ミニシアターとの出会いは高校生の頃。きっかけはレンタルビデオ店だったという。

 「僕が高校生の頃は、TSUTAYAが映画『トレインスポッティング』(1996)などのミニシアター特集をやっていて、そこから興味を持ちました。当時、一番通っていたのは、新宿武蔵野館。それからは映画漬けで、シネスイッチ銀座、シネマライズ(2016年に閉館)、新宿シネマカリテ、日比谷シャンテさんも行っていましたね。いろいろな作品を観ましたが、ミシェル・ゴンドリー監督の『恋愛睡眠のすすめ』(2006)、ポン・ジュノ監督の『母なる証明』(2009)、などは印象深く、影響を受けました。いまだに周りの映画フリークたちと話すと、当時の映画の話で盛り上がります。みんな、ミニシアター系の映画で育っているんですよね」。

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 ミニシアターで観た作品は、自身の作品に影響を与えた一方で、藤井監督は「実は監督としての壁を感じることもあります」と言う。

 「ミニシアターってみんなで観にいく感覚じゃなくて、僕にとっては個人で体験するものです。観客は、スクリーンと対話するんですよね。だから、僕自身もいつも個人に訴えかけるような映画を作ってしまう。それは悪いことでは決してないのですが、大衆娯楽としての面を疎かにしていたかもしれないと、良くも悪くもジレンマを感じてしまうことがあります」

 時に映画は人の人生を救うことがある。藤井監督もまた、ミニシアターで観た映画に救われたという。「東日本大震災後、仕事もなく、フリーターをしながらいつも無力感を感じていました。そんなとき、銀座のシャンテで2011年6月に『BIUTIFUL ビューティフル』(2010)を観たんです。僕はふだん映画を観て泣いたりしないんですが、どこか自分の中の何かがシンクロして、涙が止まらなかった。主演のハビエル・バルデムの姿を見たときに、映画で自分を変えなければと思いました。映画というのは、人の人生に大きな影響を与えるもの。映画を観るタイミングだったり、映画館の雰囲気や湿度などでまるで違って来るんですよね」

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 監督として、覚悟を決めたと言う藤井監督はその後、2本の長編作品を作り、2014年に『オー!ファーザー』(2013)で長編デビューを果たす。その後、撮影中止を余儀なくされ、2年の歳月をかけて紆余曲折を得て完成させた『青の帰り道』(2018)、山田孝之がプロデュースして話題を呼んだ映画『デイアンドナイト』は全国のミニシアターで上映され、熱狂を巻き起こした。

 武蔵野館などでは、2013年くらいから2017年くらいまで定期的に特集上映が実施され、藤井監督自身、舞台挨拶のため各地のミニシアターを回ったという。

 「自分たちの映画をかけていただいたことがすごく嬉しくて。無名の監督の自主映画だからお客さんが来る保証もないのに、かけてくれるんです。QAでは、いろんな人たちが意見を伝えてくれる。ミニシアターは、作家を育ててくれる場所。そして映画を育ててくれる場所でもあるんです。QAの時間はいつも楽しみで、皆さん映画を通して、いろんなことを考えてくださっていることがわかるし、観客との距離が近い中で意見の交換をするのは、海外の映画祭に通じる楽しさがあるんです」

 ミニシアターの支配人やそこで出会った人たちとの交流は今も続いていると言う藤井監督は、「全国にいる僕の映画を育ててくれた方に、新作の企画の段階だったり、仮編集の段階で相談したり、アドバイスをいただくこともあるんです」

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 藤井監督を育ててきたミニシアターは今、緊急事態宣言を受け休館を余儀なくされ窮地に立たされている。

 藤井監督は「ポジティブな見方をしている人は、配信というサービスがあるから映画はまだ大丈夫だと言います。たしかに今やいつでもどこでも映画を観られる便利さはありますが、ネットだけに依存して、即物的に映画を発表したくない。映画を作るたび、地方のミニシアターを回り、映画館の前でチラシを配ったりしてきた。そういうことが血と肉になっていると思うので。今、ただ待っていたら文化は衰退するということを日々身にしみています。映画が人生の贈り物ということに感動していた気持ちを伝えたい。作り手がそういう思いで作り、観客の方々に観てもらう。日本の映画文化を守り、海外の人たちに知ってもらいたい。アジア映画の、日本人映画監督として考えていきたいんです」と訴えた。

 「地方に住む十代の若者が自分の作品を観たときに、彼らの人生を変えるような作品を作っていきたい」と熱を込めて語る藤井監督は33歳。

 彼のように早くからミニシアターの支配人たちが注目し、積極的に作品を上映してきた監督は少なくない。若き才能を育てていく場所が、コロナ禍が開けてもなお、少しでも多く残っていけば、未来の映画界はもっと発展していくことになるだろう。(森田真帆)

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