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山形国際ドキュメンタリー映画祭の「夜の社交場」が惜しまれつつ閉店

集まった市民にあいさつする丸八やたら漬けの新関芳則社長と従業員の皆さん。(写真提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭)
集まった市民にあいさつする丸八やたら漬けの新関芳則社長と従業員の皆さん。(写真提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭)

 山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下、YIDFF)の“夜の社交場”として知れられていた食事処「香味庵まるはち」を経営する老舗漬物店「丸八やたら漬」(山形市旅篭町)が5月31日、135年の歴史に幕を下ろした。閉店時間の午後5時に新関芳則社長をはじめ従業員がそろって店舗前に立ってあいさつ。見守っていたYIDFFのスタッフから代表して、伊藤光一郎理事長が花束を贈呈し、感謝の言葉を伝えた。

 「丸八やたら漬」は1985年(明治18年)に創業。看板商品のやたら漬は、山形ではカレーには福神漬けではなく、やたら漬の方が定番と言われるほど市民に愛されていた。また1913年(大正2年)に改修された切妻造妻入鉄板葺の店舗は2007年(平成19年)に国の登録有形文化財に登録されるほど歴史と趣があり、山形出身の俳優・伴淳三郎が主演した映画『噛みつかれた顔役』(1958、中村登監督)のロケにも使用された。

新関芳則
最後のあいさつをする新関芳則社長。(写真提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭)

 1992年には土蔵を改造した「香味庵」をオープン。同所はYIDFFの第3回(1993年)から、上映後に行き場のなかった参加者たちの集いの場として提供され、「香味庵クラブ」と名付けられた。人種や国籍も超えて作り手と観客たちがお酒片手に無礼講で交わる夜の社交場はYIDFFの名物となり、毎回、映画祭閉幕時には「また香味庵で会いましょう」が合言葉になっていた。 

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『噛みつかれた顔役』のロケ風景
店舗に飾られていた『噛みつかれた顔役』のロケ風景の写真。(写真提供:里見優)

 それだけ多くの人に愛された店であったが、日本人の食の多様化で本業の販売が減少し、今年9月の廃業を予定していたという。しかし新型コロナウイルス感染拡大の影響が決定打となり、当初の予定を早めた。山形市役所近くという好立地にある建物と敷地は売却先が決まっており、マンションになる予定だという。

YIDFFの伊藤光一郎
新関芳則社長に花束を渡すYIDFFの伊藤光一郎理事長。(写真提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭)

 YIDFFの伊藤理事長は「閉店の知らせを受け、スタッフ・関係者一同大変驚き、寂しく残念な気持ちでいっぱいです」とコメント。続けて「香味庵クラブという唯一無二の場が失われるのは痛恨の極みですが、その思い出は、世界中から来県した映画人、映画ファンの記憶の中に長く留まり、今後も語り継がれていくことと思います。香味庵クラブを、長い間無私の心で支え続けてくださった新関芳則社長とスタッフの皆様に、映画祭スタッフ一同、深く感謝申し上げます。ありがとうございました」と万感の思いをつづっている。

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舞子
閉店の時には、舞子も駆けつけた。(写真提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭)

 一方で、「山形の食文化の中心と、YIDFFの心をなくしたくない」との思いで、世界に名だたるドキュメンタリー映画際開催の街ならではの、丸八やたら漬の足跡と廃業までを追った記録映画の制作が進んでいる。企画・発案は「香味庵クラブ」を運営していた市民団体「山形ビューティフルコミッション」の代表でありYIDFFの理事を務める里見優氏と、同じくYIDFF理事の高橋卓也氏。撮影・監督を、ドキュメンタリー映画『世界一と言われた映画館』(2018)の佐藤広一監督が手がける。

インタビュー
制作中のドキュメンタリーのインタビューに応える「丸八やたら漬」の新関芳則社長。(写真提供:里見優)

 隔年開催のYIDFFでは、次回の2021年の開催に向けて動き始めており、丸八やたら漬のドキュメンタリーもその頃までに完成させる予定だという。残念ながら店舗とはお別れになるが、映像と人々の記憶の中で、香味庵は永遠に語り継がれていく。(取材・文:中山治美)

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