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自由な意見交換で企画を磨く!その名も「乱稽古」

山形ドキュメンタリー道場 第2回 / 全3回

 アジア初のドキュメンタリー映画に特化したアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業「山形ドキュメンタリー道場」では、映画企画を磨くためのワークショップが行われる。その名も「乱稽古」。講師陣によるマスタークラスをはじめ、プレゼンテーションやグループ討論では参加している講師や製作者たちが編集中の各作品に対して忌憚(きたん)のない意見をぶつけ合い、そこから企画が大きく変わる作品もあるという。その瞬間を見つめた。(取材・文・写真:中山治美、写真提供:山形ドキュメンタリー道場)

第1回 アジア初!ドキュメンタリー映画の“虎の穴”
第2回 自由な意見交換で企画を磨く!その名も「乱稽古」
第3回 今だからからこそ、改めて“集うこと”の意義

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肘折温泉で行われた乱稽古の様子
8月に山形・肘折温泉で行われた乱稽古の様子。海外参加者とはオンラインで繋ぎ、各プロジェクトのプレゼン後、講師陣・参加者ともどもコメントを英語で書き込んでいく。(写真:中山治美)

 ドキュメンタリー制作者の多くのは、よく編集中に“沼に落ちる”という。長期に渡って被写体を追い続け映像素材はそろっているものの、いざ1本の映画にまとめるとなると取捨選択ができず、膨大な映像素材を前に途方に暮れるという。2021年に開催された「山形ドキュメンタリー道場3」のAIR参加者・川上アチカ監督がまさにソレだったという。

 川上監督は浪曲師・5代目港家小柳さん(2018年永眠。享年91歳)に魅了された2014年以来、浪曲の世界を追い続けた『絶唱浪曲ストーリー(仮)』を制作中だ。2021年2月にオンライン開催となった乱稽古(ワークショップ)に提出した時点での上映時間は3時間半の長尺。小柳さんの日常から浪曲の歴史、ベテラン曲師(三味線弾き)への弟子志願者の出現など出来事が詰め込まれていて、複数の登場人物による群像劇として描かれており、1本の映画としてのフォーカスが定まっていないように感じられたという。

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オンラインで行われた乱稽古参加者たち
今年2月にオンラインで行われた乱稽古参加者たち。バリ島とタイ・チェンマイの参加者と画面を通して意見を交わした。(写真提供:山形ドキュメンタリー道場)

 佐藤真監督『阿賀の記憶』(2004)や小森はるか監督『息の跡』(2016)の編集を手がけ、山形ドキュメンタリー道場の第1回からメンター(講師)を務めている秦岳志が振り返る。

 「乱稽古後にアチカさんに編集で落とした他の映像も改めて見せていただき、小柳師匠と弟子の港家小そめさんに絞った方がいいのでは? と提案しました。わたしもよく完成した後に“なんで最初からそれに気づかなかったのだろう”と思うことが多いんです。でも編集している最中は、どの場面もなかなか諦めきれず、泣く泣く削ぎ落としていくことの連続。乱稽古は、そこに第三者の目を導入する良い機会だと思います」(秦)

港家小そめと玉川祐子師匠
『絶唱浪曲ストーリー(仮)』の港家小そめ(写真左)と玉川祐子師匠。(C)Kazuharu Igarashi

 映像素材を見つめ直すと、自ずと作品が立ち上がっていく……。それは秦自身の体験に基づくものだ。佐藤真監督が「たべものアート」作家・今村花子とその家族を見つめた映画『花子』(2001)に参加した時のことだ。当時、いち早くノンリニア編集(映像素材をコンピュータに撮り込んで編集する手法)に挑んでいた秦は技術的な面で協力を要請されたのかと思ったら、それだけではなかった。目の前に撮影した映像素材について感じたことを率直に議論しつつ、一緒に試行錯誤しながら編集するということだった。それまで秦はテレビ番組の仕事を主にしており、あらかじめ用意した構成台本に則って撮影・編集し、納品期限までに慌ただしく完成させるのがルーティンとなっており、その作業に疑問を感じていたという。そことは真逆の佐藤監督の制作方法に、映画編集者・秦岳志が覚醒した。

 「映像素材を見つめていると、自分たちの知らなかったこと、気づかなかったことがたくさん見えてくる。そうして何かに抑圧されることなく、自分たちのクリエイティビティを大切にしながら制作できたのは、清々しい体験でした」(秦)

秦岳志
山形ドキュメンタリー道場の第1回から行使を務めている映画編集の秦岳志。(写真提供:山形ドキュメンタリー道場)

 2月の乱稽古から半年後の8月。再び、山形・肘折温泉で乱稽古が行われた。川上監督の『絶唱浪曲ストーリー(仮)』はアドバイスを経て、小柳師匠と弟子の小そめさん、そして小柳師匠引退後に小そめさんを支えた浪曲師・玉川祐子師匠という3人の物語を中心とした約2時間の深みある作品に仕上がっていた。

川上アチカ
川上アチカ監督(撮影:中山治美)

 川上監督は言う「自分はフィルムスクールにも行かなかったこともあり、映画制作に関して信頼できる相談相手が少なく、ずっと一人で作業してきました。大前提としてドキュメンタリーというのは人の人生に介入する業の深い行為だと思っていて、その上で一人で制作していると、自分の伝えたいことのために映像素材を組み合わせていないか? 映像素材が語ろうとしていることを読み間違えていないか? などと不安になる。でもこうして客観的な視点を頂けたことで、作品に対する意識を変えることができたと思います」。

蔵王温泉で行われた乱稽古の様子
2019年に山形・蔵王温泉で行われた乱稽古の様子。さまざまな背景を持った人たちが一堂に介してディスカッションすることで、思考を深め、視野を広げる。(写真提供:山形ドキュメンタリー道場)

 しかし秦は、この乱稽古の重要性を認識する一方で、フィルムからデジタルとなり映画制作の手法が変わったことの影響を実感するという。

 「フィルムの時代は、撮って、切って、貼ってという作業を集団で行っていました。そのときに皆で議論することもあれば、ベテランの技師によるコメントで何かを発見したこともあったでしょう。チームで制作するというのはフィルム時代の強みだったのだということが、失って初めてわかりました」(秦)

 今の時代に山形ドキュメンタリー道場が生まれたのは、必然だったのかもしれない。

第1回 アジア初!ドキュメンタリー映画の“虎の穴”
第2回 自由な意見交換で企画を磨く!その名も「乱稽古」
第3回 今だからからこそ、改めて“集うこと”の意義

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