黒沢清監督のベネチア銀獅子賞受賞は当然の結果!国際的人気を振り返り

Photo by Eamonn M. McCormack/Getty Images for DFI

 第77回ベネチア国際映画祭で『スパイの妻』が銀獅子賞(監督賞)に輝き、一躍、時の人となった感のある黒沢清監督。しかしこれまでの海外での受賞歴を考えれば、今回の栄誉には「当然」「遅すぎたくらい」という声も多い。黒沢監督が国際的でどこまで評価され、愛されてきたのかを改めて振り返る。

【動画】ベネチア映画祭銀獅子賞受賞!『スパイの妻』予告編

 今回のベネチアにおいて、日本人監督の同賞獲得は第60回に『座頭市』で受賞した北野武監督以来。海外の映画監督に「最も影響を受けた日本の映画監督は?」と尋ねると、圧倒的に多く出てくる答えが「クロサワ」である。これはもちろん黒澤明監督を意味しているのだが、近年は「クロサワ。でもアキラじゃなくてキヨシの方」と語る監督も増えている。この傾向はますます加速するに違いない。

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スパイの妻
ベネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた『スパイの妻』(10月16日公開)(C) 2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 日本での知名度という点で、映画ファンならともかく、一般の映画観客にとって黒沢清監督の作品はややなじみが薄いかもしれない。代表作を聞かれても即答できる人は少ないだろう。同じように海外で評価される是枝裕和監督の場合は、『そして父になる』(2013)、『万引き家族』(2018)など大ヒットした話題作もあるので一般への浸透度は高い。しかし、常に高いレベルの作品を撮り続けることで、海外での評価を確固としたものにしてきた流れは、黒沢監督のキャリアにもぴたりと当てはまる。

 黒沢監督が初めて海外で注目されたのは、1997年の『CURE キュア』。マインドコントロールを使って猟奇殺人を続ける男と、事件を追う刑事。異様なキャラクター設定と、じわじわ高まる緊張感が、これまでの日本映画におけるサイコサスペンスとはまったく別種の恐怖をもたらした。フランスで最も権威のある日刊紙、ル・モンドの映画評論家、ジャン=ミシェル・フロドンがこの『CURE キュア』を東京国際映画祭で観て大絶賛の記事を執筆。そこから黒沢監督に、世界的な注目がそそがれることになる。折しも、日本映画では1995年の『女優霊』をきっかけに、『リング』『らせん』(共に1998)といったホラー作品のヒットが相次ぎ、「J(ジャパニーズ)ホラー」として海外でもブームを作り始めていた。その流れも後押しして、ホラーのテイストも備えた『CURE キュア』、および黒沢清の名前が広まったとも考えられる。

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 やがて海外での決定的な評価が訪れる。2000年の『回路』が、第54回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したのだ。インターネットを媒介して人々が消えていくという、時代を先取りした、この先鋭的オリジナルストーリー(脚本も監督が執筆)は、日本国内以上に海外で高く評価された。国際批評家連盟賞というのは、数か国から選ばれたジャーナリストが決める賞であり、ここで黒沢監督の実力が世界的に認められたと言える。

 『CURE キュア』や『回路』のようなダークなサスペンスのほかにも、『カリスマ』(1999)、『アカルイミライ』(2002)、『ドッペルゲンガー』(2002)のように、どこか狂気が見え隠れする、エッジの効いた作品が黒沢監督の持ち味として定着するなか、監督自身はジャンルにとらわれずに、自分にしか撮れない作品を追求。その姿勢が、新たな傑作を誕生させる。2008年の『トウキョウソナタ』だ。父親か会社を解雇されたことをきっかけに、家族それぞれの秘めた思いがあらわになっていく。黒沢作品らしいショッキングなエピソードや描写も多少あるものの、基本は人間ドラマ。後味も、心を深く揺さぶられるものであった。これまでも共同脚本の作品はあったが、この『トウキョウソナタ』は、オーストラリア人監督のマックス・マニックスらとの共同脚本という異例の体制。黒沢監督にとっての新たなチャレンジは見事に成功し、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門審査員賞、シカゴ国際映画祭審査員大賞など世界中で数多くの受賞を果たすことになった。

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 その後も前田敦子を主演に迎えた2013年の『Seventh Code セブンス・コード』は、ローマ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で最優秀監督賞と最優秀芸術貢献賞の2冠を達成。もともと前田敦子のミュージック・ビデオとして制作され、ロシアでのロケを敢行した60分の中編という異色の今作も、このように海外で受賞を果たしたのは、ひとえに黒沢清の国際的人気の証だろう。

 そして2015年の『岸辺の旅』が、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞に輝く。失踪した後、死者として目の前に戻ってきた夫。妻は受け入れ、一緒に旅を続ける……という、生と死の境を超えた不思議な人間ドラマは、原作(湯本香樹実)があるとはいえ、黒沢の一つの集大成といった印象。カンヌでの度重なる受賞を果たし、文字どおり「世界のクロサワ」の地位は揺るぎないものになった。2020年、ベネチアでの『スパイの妻』の銀獅子賞は、なんらサプライズではないのだ。

 では実際に、海外の一般観客の反応はどうなのか? 昨年(2019年)のトロント国際映画祭での『旅のおわり世界のはじまり』の一般向け上映は、老若男女の観客で満席に埋まっていた。上映前の舞台挨拶で黒沢監督が「いつもの僕のような幽霊や殺人鬼が出てくる作品ではありません。それでも大丈夫でしょうか?」と語ったように、主演の前田敦子への監督からの愛が詰まったアイドル映画のようなテイストもあり、これまた黒沢作品としては異色作。上映後に観客に話を聞くと、「これまでの作品のイメージを一気に変えてしまう。そんな才能もあるのだと感心した」、「黒沢作品とは思えない、ラブリーな味わい」と、誰もが長年、黒沢作品を親しんできたうえでの感想をもらしていた。実は『CURE キュア』が世界で注目された理由の一つも、このトロントでの上映と観客の支持だった。映画祭に通うのは熱い映画ファンが多いとはいえ、黒沢人気はこうして各国で浸透しているのである。

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 2016年の『ダゲレオタイプの女』(フランス、ベルギー、日本の合作)は、フランスのパリで、フランス人俳優を起用して撮影を行った。フランスでの黒沢監督への熱狂的人気がこの製作を後押ししたわけだが、是枝監督が同じようにフランスで『真実』を撮ったのがその3年後なので、黒沢監督が先行していたことになる。

 このように黒沢監督の代表作とキャリアを振り返ると、直近の『旅のおわり世界のはじまり』、そしてスパイサスペンスと時代がかったメロドラマを合わせた『スパイの妻』にいたるまで、ホラー、SF、人間ドラマとさまざまな「ジャンル」に挑みつつ、登場人物の心の闇にも深く入り込む独特の演出で、常に観客を想定外の世界に連れていき、虜にしてきたことがよくわかる。俳優たちもそんな黒沢ワールドに魅了されているのは明らかで、役所広司(8回)、西島秀俊(4回)を筆頭に、香川照之、前田敦子、東出昌大など繰り返し出演するパターンが目につく。それだけ演技者にとっても、黒沢監督は新たな才能を引き出してくれる存在なのだろう。

 トロントの観客に思わぬサプライズを届けたように、黒沢清監督がこの次にどんな映画を撮るのか、いい意味でまた期待を裏切ってくれるのかと、世界のファンは待ち望んでいる。新たなジャンルに、ハイレベルな作品で応えることを、最新作『スパイの妻』で証明したわけで、日本国内でもさらに黒沢清監督のファンの底辺が広がることに期待を高めたい。(斉藤博昭)

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