「麒麟がくる」光秀は受けの芝居多い難役 脚本・池端俊策「長谷川博己さんで大正解」

31日放送の43回「闇に光る樹」では光秀(長谷川博己)が不思議な夢にうなされるようになる
31日放送の43回「闇に光る樹」では光秀(長谷川博己)が不思議な夢にうなされるようになる

 大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合・毎週日曜20時~ほか)の脚本を務めた池端俊策が、全44回を書き終えた心境をコメント。主人公・明智光秀について「光秀は僕だと思って書いていました」と言い、演じる長谷川博己に「光秀が長谷川博己さんで大正解だった」と惜しみない賛辞を送った。

【写真】本能寺の変描く最終回ビジュアル

 本作は、光秀の謎めいた前半生と共に、彼の生涯を中心に斎藤道三(本木雅弘)、織田信長(染谷将太)ら戦国武将たちの行く末を描いた物語。池端は全44回のエピソードを書き終えた心境をこう語る。「前回、大河ドラマの脚本を書いたのは、室町幕府を描いた『太平記』(1991年)でして、150年近く続いた鎌倉幕府を滅ぼした足利尊氏(真田広之)のお話でした。今回の『麒麟がくる』は、200年以上続いた室町幕府を滅ぼす流れを作った人物たちのお話です。古いものと新しいものとの狭間で何かを変えていくというのは、やはり重荷だし苦しいんですよね。そういった点では、似たような人物を描いたなという実感があり、歴史は繰り返すんだなと思いました。物語の後半は、一人一人の心理の葛藤が、書いていておもしろかったです。もちろん、それぞれ個性的な登場人物だったということもありますが、緊張感を強いられる中で人間を見つめるという作業はこのドラマの中でできたかなと思っています」

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 光秀を演じた長谷川とは、2016年に放送されたドラマ「夏目漱石の妻」以来のタッグ。池端は「光秀は僕だと思って書いていました」と言い、演じる長谷川を「光秀は相手が言ったこと、行動したことに反応する“受ける芝居”が多くて、脚本も『……』となっていることが多いです。解釈の仕方や受け止め方、大げさに反応したらいいのか、ちらっと瞬きをする程度の反応なのか、大変難しい役だったかと思います。僕は光秀が長谷川博己さんで大正解だったと思っています」と称える。

麒麟がくる

 またその光秀と信長の愛憎関係を描くにあたって、光秀は真っすぐな人間、信長は感覚的に動く人間とそれぞれの特徴を挙げたうえで以下のように述べている。

 「光秀は真っすぐな人間です。光秀と道三との関係もそうでしたが、相手をどんどん倒していく野性的な道三に、光秀が振り回されてしまうことが多いんです。信長も道三と同じように、天才肌ですし、感覚的に動く人間です。ですが、母親が愛してくれず、母親が愛した弟の信勝を暗殺するという、屈折した部分もあります。その信長を危なっかしいと思いつつ、この人の行動力があれば世の中を統一できるんじゃないか、戦乱の世を終わらせられるのではないかと思い、一種の友情関係を維持して一緒にやっていくわけですよね。しかし、最後はこの人の元では平和な世は来ないと、その信長を殺さざるを得なくなるという、非常に悲しい運命になるので、そういう光秀のつらい気持ちを描きました。確かに信長みたいな人とつきあっていくのはしんどいですが、おもしろい人なんですよね。かわいらしいところもあるので、憎めないんです。信長役の染谷(将太)さんがとても魅力的でしたね。染谷さんが憎めない信長をうまくやってくださいました。信長は書いていても楽しかったです」

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麒麟がくる
染谷将太演じる信長

 人物描写においては秀吉(佐々木蔵之介)、松永久秀(吉田鋼太郎)らどの人物も「針を大きく振るといいますか、中途半端に描かないようにしていました」という池端。その意図を「人物が生き生きとしているような描き方は、戦国時代を書く一つの考え方だろうなと思っていました。戦国時代は戦いばかりで、人を疑い、毒殺し、親兄弟も骨肉の争いがあり、本質的には暗い時代だったと思うんです。でもやはりドラマとしては、そういった人間が何を目指したのかという、夢の部分を書くことで弾んだものにしたかったです」と語った。

 「麒麟がくる」は2月7日に最終回を迎え、同回で光秀が信長を討ち史上最大の下克上と語り継がれる「本能寺の変」が描かれる。(編集部・石井百合子)

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