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『犬王』がスゴい!湯浅政明監督の集大成的ロック・ミュージカルを紐解く

映画『犬王』より
映画『犬王』より - (C) 2021 “INU-OH” Film Partners

 湯浅政明監督の最新作『犬王』(公開中)は、南北二つの朝廷が開かれた室町時代に実在した猿楽(能の祖型)師・犬王(声:アヴちゃん)と、名もなき琵琶法師・友魚(ともな/声:森山未來)の友情を描いた時代劇である。といっても湯浅監督作だけにヒネリを効かせた話で、現代テイストを取り入れたロック・ミュージカルに仕立てている。(神武団四郎)

【動画】『犬王』ロゴ、衣装…湯浅政明監督が裏側語る

 主人公は、琵琶法師として「平家物語」を語る目の見えない友魚と、猿楽一座に生まれた醜い姿の犬王という二人の少年。友魚は都から来た連中の要請により、平家と共に海に没した「三種の神器」の一つ、宝剣を父と共に取りに行った際に呪いによって視力を失う。犬王も、とあることが原因で異形の子として生まれ落ちた。共にアウトサイダーだ。京で出会った二人はすぐに意気投合。友魚は橋の上で犬王の数奇な運命を歌い、犬王は橋の下に作った舞台で能を舞う。それまでの雅な舞とは一線を画した自由で独創的なパフォーマンスで、彼らはたちまち京の人気者になっていく。

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犬王と友魚

 湯浅監督のミュージカルと聞いて『夜は短し歩けよ乙女』(2017)を思い出す人もいるかもしれない。しかし本作はセリフと歌を交えた、いわゆる“突然歌い踊りだす”スタイルではなく、友魚と犬王のパフォーマンスを挟みながら物語が進んでいく構成。かたや琵琶を伴奏しながら叙事詩を語る琵琶法師、かたや歌って踊る能楽師で、彼らの芸が映画の見せ場になっている。

クイーンら伝説のスターを彷彿とさせるパフォーマンス

2人のパフォーマンスはまるでフェス!

 度肝を抜かれるのはその演出で、クイーンやディープ・パープル、ジミ・ヘンドリックスエルヴィス・プレスリーら伝説のミュージシャンたちを彷彿とさせる型破りなパフォーマンスを連発。舞台から観衆に手拍子や拳を突き上げるようジェスチャーし、詰めかけたファンたちも金切り声を上げたり思い思いにダンスをしたりと、そのノリはハンパじゃない。松本大洋のゴツゴツしたキャラクターデザインも、全身全霊で歌い舞う二人にぴったりだ。

 ほかにも火を吹くパフォーマンスや、綱を使って宙を跳び、水上を優雅に駆け抜けるなどシルク・ドゥ・ソレイユ風の舞い、灯籠をプロジェクションマッピングのように使うなど、次から次へと飛び出す大仕掛けは圧巻。ただしフィクションを前提にした嘘はなく、どれも600年前の技術に基づき設計されたものばかり。劇中にはしばしば大工や髪結い、機織り、鍛冶屋など当時の文化や産業の描写が挿入されるが、それは時代劇から外れすぎないためのリミッターであると同時に、派手な舞台がそれら室町テクノロジーの集大成として考案された、ということでもあるのだろう。

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パフォーマンスの演出も圧巻

 友魚と犬王のパフォーマンスには、犬王の忌まわしい肉体もスパイスとなって効いている。醜い姿で生まれた彼は成仏できない多くの霊に憑かれているが、芸が向上するにつれ少しずつその呪いが解けていく。舞台を重ねるごとに犬王の肉体はどんどん変化し、それによって彼の芸や友魚のうたう犬王の物語もアップデートされていくのだ。手塚治虫の『どろろ』と重なる部分もあるが、犬王の声優を務めているのが2019年放送のアニメシリーズのオープニング・テーマ曲を歌った女王蜂のボーカル、アヴちゃんなのは偶然だろうか?

 一方、友魚も、芸の成長に伴って友一、友有と出世魚のように名を変えていく。名前だけでなく、琵琶法師らしい坊主頭から、ロン毛、女郎の着物に厚底の下駄、薄化粧とどんどんアナーキーな出でたちに。共に変化しながらひた走る二人だが、だんだん人の姿になっていく犬王と琵琶法師から外れていく友魚の差が、結末への伏線にもみえる。

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琵琶法師が音からイメージする脳内映像

街中を縦横無尽に駆け巡る少年時代の犬王

 アニメーション表現として出色なのも、犬王と友魚のパフォーマンス。けれんみあふれるダイナミックな作画と、実写映像をトレースする手法・ロトスコープを思わせるリアルな作画をミックスした疾走感が気持ちいい(なお今作にロトスコープは使われていない)。超高速でステップを踏む犬王と、足利義満(声:柄本佑)のお気に入りで、すり足で優雅に舞う能楽師・藤若(のちの世阿弥)など伝統派との対比も面白い。湯浅監督らしいアクションでは、一見人か獣か判別できない少年時代の犬王が見どころ。物干し竿のような長い右手を振り回し、奇声を発しながら街中を駆け回る姿は、独特のパース(遠近法)を効かせたトリッキーなアニメーションが楽しめる。

 表現として面白いのが友魚の主観映像だ。突然、視力を失ったことで音に頼らざるを得なくなった友魚。音を頼りに頭の中で「それが何であるか」を感じるさまがアニメーションで表現されているのだ。たとえば馬の蹄(ひづめ)の音がすると真っ黒な画面に歩く馬の足元が浮かびあがり、何かが“すれる”音と共にカメラが移動すると馬が運んでいた米俵がフレームイン。パラパラという音と共にこぼれ落ちる米粒、チュンチュンという鳴き声に続いて米粒をついばむスズメが現れる……。そんな具合に、友魚の感覚がぼんやりした水彩風のアニメーションと効果音で描かれる。アートアニメーション寄りの映像はいかにも湯浅監督。ほかにもCGを組み込んだり今作も多彩な表現が使われている。

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報われない者たちの物語を語る犬王と友魚がたどり着くのは……

 友魚と犬王の型破りな歌や舞は、南北統一に向け世の平静を望む朝廷に波紋を呼んでいく。しかし体制になびくことなく、報われない者たちの物語を語るため道を貫こうともがく姿は、そのスタイル以上に時代を超えて突き刺さる。「報われない者たちの物語」は、これまで湯浅監督が語り続けてきた物語でもある。二人の若者を通してそれを描いた『犬王』は、湯浅映画の集大成とも言える。

ロゴや衣装…細部までこだわりが満載!『犬王』湯浅政明監督に生インタビュー|シネマトゥデイ・ライブ » 動画の詳細
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