原作で動かない岸辺露伴をいかに動かすか 新作映画オリジナルシーンの裏側

荒木飛呂彦の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴は動かない」を高橋一生主演で実写化する新作映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(公開中)。本作では原作エピソードの第1話を、約2時間の映画へと実写化するにあたってアレンジが加えられているが、ドラマ・映画シリーズを通じてメガホンをとった渡辺一貴監督がその裏側を語った(※一部ネタバレあり)。
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相手を本にして生い立ちや秘密を読み、指示を書き込むこともできる特殊能力“ヘブンズ・ドアー”を備えた人気漫画家・岸辺露伴。高橋一生主演の連続ドラマが2020年から2024年にかけて全4期、計9エピソードを放送。2023年5月に公開された映画第1作『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』も興行収入12億5,000万円(日本映画製作者連盟調べ)のヒットを記録。足掛け5年に渡る人気シリーズへと成長した。実写ドラマ第4期・第9話にあたる『密漁海岸』のラストでは、飯豊まりえ演じる露伴の担当編集・泉京香がイタリアにまつわるセリフを口にしていたことから、SNSでは次なるドラマ、あるいは映画ではイタリアを舞台にした「懺悔室」が映像化されるのではないかと推測が飛び交っていた。映画新作で『懺悔室』を選んだ理由について、渡辺監督はこう語る。
「一昨年、『密漁海岸』を撮影している頃から映画化の話は浮上していましたが、世界遺産であるベネチアで本当に撮影ができるのかなど、クリアしなければならない問題が多く、確定ではなかったので、行きたいという思いも込めてああいうセリフにしたというニュアンスです。次に映画をつくるのであれば『懺悔室』になるだろうというムードはスタッフの間で自然な形で醸成されていきました。『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の後で皆さんが期待されているであろうエピソードと言えば、『密漁海岸』と『懺悔室』がラスボスのように残っていたので、映画にふさわしいスケールがあるということで『懺悔室』を選ばせていただきました」
動かない露伴をいかに動かすかが最大の課題
その「懺悔室」だが、原作では何と露伴の“ヘブンズ・ドアー”が登場しない。なおかつ、露伴がイタリアの取材旅行での経験を回顧する語り部に徹しているため、タイトルの通り全く“動かない”という特徴がある。映画化においては、その点に最も頭を悩ませたという。
「まさしく『懺悔室』の一番難しいところは、イタリアが舞台であるという物理的な問題と、本当に露伴が「動かない」こと。原作の展開をそのままトレースすると、動かないまま終わってしまうことになるので、いかに原作を崩さずに露伴を動かしていくかというのが大きな課題でした。試行錯誤していろんな構成を考えたのですが、原作のエピソード自体が緻密に構成されているので換骨奪胎してしまうと世界観が崩れてしまう。そこで、まずは前半で原作のエピソードをしっかりと描いた上で、原作の最後にある、露伴の“このあと彼がどうなったのか…この岸辺露伴はまだ知らない…来年かさ来年…また彼に会いに取材に来てみるのもいいかもしれない”という言葉を手がかりに後半を膨らませていきました」
映画のキーカラーが「赤」である理由
本作では、日本映画として初のベネチアオールロケを実施している。パリを舞台にした『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』ではベルナルド・ベルトルッチ監督の映画『暗殺の森』(1970)のイメージを参考に「曇天のパリ」を捉えていたが、本作ではどうだったのか。劇中、露伴はベネチアの地に対して「美しいだけじゃない、あちこちに死の影が落ちている」と話している。
「ベネチアはどこを切り取ってもフォトジェニックで「陽」のイメージがありますが、取材していくうちに、ペストに襲われて人口が減った時期が何度もあったり、他国との戦い、政略を背景にした拷問や粛清など、血生臭い歴史があることを知って。そういう負の匂いのする場所を探していきたいという思いが根底にあったので、ロケハンもその目線で行いました。映画で言うと『赤い影』(1973・ニコラス・ローグ監督)というベネチアを舞台にしたサイコホラーがあるのですが、この映画のベネチアも曇天で。冬の暗い空の下で展開される奇妙な物語がとても印象的だった。なのでルーヴルと同様、今回も曇天をイメージしていました。撮影を行った11月は雨が多いと言われていたので、全編雨でもいいなぐらいの気持ちでいたんですけど、幸か不幸か、とても天候に恵まれて、ほぼ雨が降らなかった。ただ、11月だったので晴天でも太陽の光が少し弱くなっているというか、寂しげな、正午でもアンバー(琥珀色)気味な日差しだったので、それはこの物語にすごくプラスになったと思います」
キーカラーに関しては『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』が「黒」だったのに対して、今回は「赤」だった。
「ロケハンをしていく中で赤が印象的な場所がいくつもあって。例えば、マリアが“呪いの家”と呼んでいる部屋は、実際に床、壁、調度品まで全てが真っ赤なんです。昔の貴族の館で、今でも住人がいらっしゃるんですけど、他にも多くの豪華な部屋があるなかで、なぜかあの部屋だけが真っ赤だった。絶対日本ではこんな部屋は作らないだろう、どういう心持ちでこの部屋を作ったんだろうと疑問に思うぐらい強烈に印象に残りました。ほかにもマリアが働く仮面ショップの壁がクリムゾンレッドだったり、“ヴェネツィアは赤が印象的だ”という話を人物デザイン監修の柘植(伊佐夫)さんとするうちに“本編も赤をモチーフにしていくといいんじゃないか”という流れになって。ホームレスのソトバが流す血の赤がマリアへの呪いにも繋がっていって、水尾の前に現れる憑依少女の修道服も、呪いが降りかかった露伴の手に刻まれるアザも赤。呪いの連鎖が赤でつながれていくような演出をしていきました」
カギを握る「リゴレット」は本物のオペラを撮影
さらに、ベネチアならではの映画オリジナルのシーンとして取り入れたのが、オペラの「リゴレット」。イタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの作品で、遊び人の公爵、彼に仕える道化師リゴレット、その娘ジルダの物語。劇中、露伴と京香がこのオペラを観劇するシーンがあり、物語の重要なモチーフともなっているが、このシーンは実際にオペラが上演されるなかで撮影された。
「脚本の小林靖子さんが“劇中で『リゴレット』を使いたい”とおっしゃっていて。調べたらベネチアで初演されていて、何らかの形で物語の中に入れたいという話は脚本づくりの段階からしていたのですが、ロケハンの事前取材をしている時に、今でも週に1回ベネチアで『リゴレット』を上演していると知ったんです。しかもそれが劇場ではなく、貴族の館で行われていて、1幕目はこの部屋で、2幕目は別のサロンで、といったふうに場所を移動しながら上演する構成で。実際に観に行った時にとても魅力的な舞台装置だったので、そのまま映画の舞台としてお借りしました。エンディングに近い場面で田宮が道化のメイクをしているシーンは、『リゴレット』の主人公である道化と田宮を重ねたという意図があります」
前作『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』でもスタッフの粘り強い交渉によってパリ・ルーヴル美術館での撮影許可をとりつけた渡辺組。そうした情熱、執念によって実現させたロケーションが、映画版最大の醍醐味と言っても過言ではない。
本作は初日(23日)から3日間で観客動員17万7,000人、興行収入2億5,900万円をあげ、映画週末ランキングで4位にランクインした(興行通信社調べ)。(取材・文:編集部 石井百合子)


