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ジャンルに収まらない傑作誕生 映画『罪人たち』は何がすごいのか…! 【ネタバレあり】

IMAXで真価を味わいたい 映画『罪人たち』
IMAXで真価を味わいたい 映画『罪人たち』 - (C) 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories

 今年前半、アメリカで最も話題になったライアン・クーグラー監督作『罪人たち』(全国公開中)が、ようやく日本でも公開された。あのトム・クルーズも一観客として大絶賛するこの映画は、ひとつのジャンルに括るのが不可能な、独創性あふれる意欲作だ。ビジュアル、音楽もすばらしく、ストーリーはスリル満点でエンタメとしても抜群。しかし、実は、とても奥が深くもある。この映画の魅力に迫る。(文/猿渡由紀)(以下、一部映画の内容に触れています)

【動画】映画『罪人たち』予告映像

 物語の舞台は、1932年のミシシッピ州。ジュークジョイント(黒人たちが集うナイトクラブ)を開業すべく、双子の兄弟スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダンが一人二役をこなす)は、音楽の才能あふれる若い従兄弟のサミー(マイルズ・ケイトン)を誘う。だが、グランドオープニングの夜、優れた音楽を耳にし、怪しげな白人たちがやってきた。実は、彼らは吸血鬼。楽しかったはずの夜は、悪夢へと一転する。

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 そう聞くと、「ああ、よくあるヴァンパイアものか」と思うかもしれないが、全然違うのだ。そもそも、吸血鬼が出てくるのは映画がかなり進んでから。そこまでの静かなドラマもとても興味深い。その部分でも、アクションやバイオレンスがたっぷりある後半でも、人種差別、宗教、社会、文化、いろいろなことに触れられていく。恐ろしい吸血鬼もまた、メタファーなのだ。

吸血鬼が象徴するもの

 この頃は、ジム・クロウ時代としても知られる、人種隔離政策が行われていた頃のミシシッピ。黒人たちの集いの場であるジュークジョイントから聞こえてくる優れた音楽を耳にし、白人(実は吸血鬼)がやってきて、自分たちも中に入れてほしいと頼む。これは、黒人の優れた文化がしばしばちゃっかりと盗まれてきたことを映し出すもの。より幅広い意味での搾取、植民地政策の象徴でもある。

 また、劇中でジュークジョイントがオープンしたのは、かつて黒人たちを苦しめた工場があった場所だった。吸血鬼たちがもたらす脅威と、昔起きたことへの恐怖。そのふたつが重なっていくのだ。

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ヘイリー・スタインフェルド演じるメアリーの葛藤

驚きの演技を見せるヘイリー・スタインフェルド『罪人たち』プレミアより TheStewartofNY / FilmMagic

 全ての登場人物はとてもよく考えられているが、ヘイリー・スタインフェルドが演じるメアリーはとくに際立つ。白人と黒人のハーフである彼女は、人種によって分離されている社会において、どちらにも完全に属せない。彼女と付き合っていたスタックも、一緒に暮らす将来を見ることができなかった。そのため彼女は、ほかの黒人労働者のように、ジュークジョイントにもちゃんと招待されてはいない。

マーベル俳優としても知られるヘイリー・スタインフェルドの豹変にも注目

 スモークとスタックは性格や考え方に違いがあり、危機が起きた時の行動にもそれが出る。そこはストーリーの重要な部分で、運命が別れていくふたりを演じ分けるジョーダンはさすがだ。やはりマイノリティであるアジア系カップルが主要キャラクターとして登場するのも興味深い。

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教会との複雑な関係

サミーの音楽が引き寄せたものは……

 映画は、サミーの父が牧師を務める教会で始まり、最後にまたそこに戻ってくる。教会は、黒人たちが絆を強めるコミュニティの、そして心の拠り所。だが、音楽を愛するサミーは、父の反対を押し切ってこの教会を後にし、スモークとスタックについていく。教会は大切なものを与えてくれる一方で、制限、抑圧も加えているのだという矛盾を、そこで見せられる。

 父親が懸念した通り、サミーの並外れた音楽の才能は、悪魔を呼び込んでしまった。芸術を通じて自己表現をすることはパワフルだが、それは自分をさらけ出すことでもあり、思わぬところから攻撃をかけられたりもするものなのだ。

※以下は映画の重大なネタバレに触れています。映画を観てから読むことをおすすめします。

エンドクレジットシーンの意味(ネタバレあり)

ジョーダンが一人二役で演じたスタックとスモーク

 そのように音楽のせいで最悪の恐怖を体験したサミーは、果たして後悔するのだろうか。映画の最後に用意されているサプライズのエンドクレジットシーンは、その答えを提供する。

 数十年後、年老いたサミー(有名なブルースミュージシャン、ジョージ・“バディ”・ガイがカメオ出演している)は、ライブを終えてくつろいでいる。彼はミュージシャンとしてすばらしいキャリアを築き上げたのだった。そこに突然、スタックとメアリーが登場。あの夜、サミーの知らないところで起きたことを説明した後、彼らはサミーに永遠の命をオファーする。サミーは断るが、あの頃を思い出す音楽を彼らのために演奏をしてあげるのだ。

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 このシーンを今は亡き叔父のために書いたと、クーグラー監督は、Entertainment Weekly に明かしている。ブルース音楽を愛した叔父はガイの大ファンで、たびたび演奏を見に行ったらしい。叔父は、クーグラー監督が『クリード チャンプを継ぐ男』のポストプロダクション作業をしている時に亡くなった。それだけに、このシーンの撮影中、クーグラーは感極まって泣いてしまったという。「僕は叔父にさようならを言うことができなかった。この映画のすべては、このシーンにある」と、クーグラー監督。

 だが、そんなパーソナルな意味合いがあるだけでなく、映画にとってもここは重要だ。「この映画はずっと、あの瞬間に向かって進んでいくんだよ」。

演出中のライアン・クーグラー監督 本作は監督にとってパーソナルな作品でもある

 映像についても特筆すべき。これは、史上初のウルトラパナビジョン70と 65mm IMAXカメラで撮影した初の映画なのだ。その迫力ある映像は、観客に物語を「体感」させてくれる。IMAXで観ることで、その真価を十分に味わえるだろう。一方、この映画で非常に重要な音楽を担当したのは、『ブラックパンサー』『オッペンハイマー』でオスカーを受賞したルートヴィッヒ・ヨーランソン。サミー役に大抜擢された新人マイケル・カトンの歌声も堪能したい。

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 ところで、製作の裏側にもかなり興味深い話がある。クーグラー監督は、条件面で、強気な契約をスタジオと結んでいるのである。

 たとえば、「ファイナル・カット」という、スタジオは編集に一切口出しできないという権利を、クーグラー監督は手に入れた。それはハリウッドでもひとにぎりの監督が許されるもの。だが、もっと驚くことに、クーグラー監督は、公開から25年後に映画の権利がスタジオから自分に返還されるという条件を要求し、承認させてみせたのだ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でクエンティン・タランティーノが似たような契約を交わすなど、過去に例がないわけではない。しかし、まだ5本しか映画を作っていない38歳の彼が認めさせたのは、すごいこと。来年のオスカーにもからんできそうなこの傑作は、ビジネス面でも今後語り継がれることになるかもしれない。

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