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実写映画『秒速5センチメートル』の裏側 奥山由之監督が演出・映像・脚本までを語る

映画『秒速5センチメートル』より
映画『秒速5センチメートル』より - (C)2025「秒速5センチメートル」製作委員会

 2007年に公開された新海誠監督のアニメーション映画を松村北斗SixTONES)主演で実写化した映画『秒速5センチメートル』(公開中。本作のメガホンをとった奥山由之監督が撮影の裏側を、演出・脚本・映像の観点から語った。

【画像】松村北斗×奥山由之監督メイキング<7枚>

 映画監督・写真家として活躍する奥山監督。これまで手掛けた作品に、広瀬すず佐久間由衣の写真集、never young beach星野源米津玄師らのMV、ポカリスエットのCM、大河ドラマ「麒麟がくる」メインビジュアル(第1弾)の写真、アートディレクションなど。長編映画監督デビュー作『アット・ザ・ベンチ』では写真集などで培った縁もあり、広瀬すず、仲野太賀岸井ゆきの今田美桜森七菜草なぎ剛吉岡里帆神木隆之介ら豪華キャストが集結し、屋外上映イベントでは2日間で約3000人が来場する盛況となった。

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前代未聞!110Pの資料集を作成

メイキングより、写真中央に奥山由之監督、松村北斗

 初の商業長編映画となる『秒速5センチメートル』では撮影前に110ページに及ぶ資料集を作成。そこには登場人物の履歴書をはじめ、「システムエンジニア」「書店員」など各職業のタイムスケジュール、携帯電話の歴史、「科学館」「鉄道」「弓道部」「サーフィン」「種子島」「月の満ち欠け」「ボイジャー」「ゴールデンレコード」など劇中に登場する事象に関する詳細が記されている。

 こうした資料を作成した意図について、奥山監督はこう語る。

 「みなが共通して認識している情報があると、撮影現場で食い違いが起きづらくなるという利点があります。映画制作って当然予算も時間も限られているので、20年以上前の時代を描くとなると、その時代を生きてきた僕らであっても忘れている要素もあるので、今一度しっかり共有することで現場に余裕が生まれます。余裕ができることで、例えばテイクを重ねられるようになり、切羽詰まっていない状態で撮影に臨める。加えて、今回僕が目指した偶発的な瞬間を収められるような現場の空気を作れるのではないかという狙いもありました」

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新宿・紀伊國屋書店で書店員として働く明里(しの/高畑充希)

 大人時代の明里(シノ)を演じた高畑充希とは、撮影前に実在の書店を社会見学のような形で訪れ、スタッフがどんな仕事をしているのかバックヤードを取材したという奥山監督。目指した「偶発的な瞬間」というのはどんなことだったのか。

 「貴樹(松村)が上司の窪田(岡部たかし)と話すシーンでは、松村さんが自分の首元に手を触れているんですけど、これは僕が指示したわけではなく自然に生まれたものです。こうした演技というのは、セリフだけ覚えていても出てこない。台本には描かれていない履歴、時代設定を記した資料から、“こういう人生を歩んできた人なんだな”というのを1回身体に入れてもらう。そうして自然に出てくる動きがある気がしていて。あとは例えば携帯を開いたときに当時と異なる画面だったら演者にとってリアリティーがなくなってしまうし、画としても同様なので、当時の描写に忠実にすることは徹底しています」

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モノローグを極力省いた脚本

奥山由之監督

 そして多くが気になるであろう点が、アニメ版との違い。脚本は鈴木史子(映画『雪子 a.k.a.』(2024)など)が担当し、3章で構成されたアニメ版の最終エピソード「秒速5センチメートル」が大幅に膨らんでおり、貴樹と明里をつなぐワードとして「1991EV」「ボイジャー」「ゴールデンレコード」などのキーワードが登場する。

 「貴樹と明里が別々の人生を歩んでいるけれども、どこかで繋がっていることを示すモチーフとして宇宙のモチーフが登場するところは、アニメ版には登場していない要素です。ただ、新海さんの作品に通底する個人の内面世界で起きていることと、宇宙規模のマクロな世界で起きていることを並列に描くことは、意識していた気がします。高校時代に初めてアニメの『秒速』を観た時も、貴樹の内面を掘り下げていくことで普遍に達するというか、誰しもが共通して感じるような不安とか孤独、焦燥感に繋がるのが独特な語り口だなと感じていて。今回の映画では宇宙と貴樹の人生の繋がりをより強固にするために用いられているのだと思います」

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貴樹と明里が小学時代に見た桜の木は重要なモチーフ

 脚本開発は奥山監督も参加し、約1年間にわたって「100時間は超えているんじゃないかというぐらい、週に1回か2週に1回は集まってずっと話してきた」という。そこでもやはり「偶発的な瞬間」を収めるために鈴木にあるオーダーをしたという。

 「監督の依頼を受けた際に、モノローグを極力少なくしてほしいと。せっかく実写にするのなら原作の一ファンとしても、実写の魅力を最大限活かしたい。そうしたときに実写の醍醐味とは何なのかというと、キャラクターの目線の使い方や言い方の淀みとか、人間にしかない無意識の機微みたいな変化を、どこからどのアングルで捉えるか、どれぐらい寄るか引くかといったことで表現していくことだと思っていて。例えば、中学時代の貴樹と明里が岩舟で桜の木を見上げるシーン。実際に降っているのは雪なんですけど、2人が桜を見上げた時の俯瞰のアングルの時だけ桜が降っているんです。2人が切実な時間を過ごすに至った背景には、小学時代に桜を一緒に見ていたときに約束を交わした記憶があるわけで。モノローグやセリフで説明する代わりに桜を視覚的に見せることでその記憶を想起させる、といった現実から数ミリ浮遊するような瞬間を各所に忍び込ませたいとお話ししました。他にも、大人時代の明里がプラネタリウムで女の子に話しかける時も、明里の背景の影に降っている雪だけは桜になっています」

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場所や画角は忠実に、画面設計はあえてアレンジ

 映像面においては、アニメ版とシンクロするシーンもふんだんに取り入れられている。その一つが、アニメの第2章「コスモナウト」で高校時代の貴樹と彼に思いを寄せる同級生の花苗がロケットの打ち上げを目撃するシーン。

 「新海さんの作品は実在の場所を描くシーンも多いので、場所に関してはできる限り忠実に。なおかつ、画角にも意味があると思うので、同じ画角で捉えることも意識しました。あと、新海さんの映像の印象として、光のストリークというか肉眼では見えないフィルターワーク的な、ラインが伸びるような光というのが特徴でもあるかなと思ったので、実写でもそのストリークフィルターって呼ばれるフィルターを入れたり。できる限りアニメーションが持ってるトーンに近いことができないかと試行錯誤しました。ただ、同じポジションを探していくというのは大変な作業があって、僕に限らず制作部の皆さん、ラインプロデューサーなどなど、プロフェッショナルの仕事によって成り立っているので、心から感謝しています」

社会人時代の貴樹(松村北斗)は左向き

 一方でアニメをリスペクトしつつ、今実写化する意味をふまえて「あえて変更した」部分もあるといい、当時人物の配置については時代の変化を反映してアニメと逆にしているシーンがある。

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 「例えば貴樹が過去を回想していく時に、基本的には実写版では左を見ているんです。大人になればなるほど左を向いているカットが増えるのですが、基本的には下手が過去、上手が未来という画面設計をしています。子供時代の貴樹は逆に右を見ています。そうしたことは冒頭のモノローグのところで初めに提示していて、右上を見上げている小学時代の貴樹から月→ボイジャー→ゴールデンレコードと移り、科学館でカメラが振り下ろされると、左を見上げている大人の貴樹が映し出される。基本的に日本人は縦書きを読み続けてきたので、文字の流れが右から左なんです。対して、欧米の文体は横書きで、左から右です。けれどグローバル化が進んだことで画面設計や時系列の捉え方も変化しているので、丘で座っている貴樹と花苗の位置もアニメ版とは逆にしたりしています。単純にトレースすればいいわけではなく、2025年に描くことの意味も含まれないと、懐かしくて新しいという新旧の混在感は出ないと思うのでそこは意識しました」

小学校時代の貴樹(上田悠斗)は右向き

 実写映画『秒速5センチメートル』はそうした細かな創意工夫の積み重ねによって完成し、繰り返し見ることでの気付きも多く得られるはずだ。(取材・文:編集部 石井百合子)

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