『秒速5センチメートル』実写版、なぜ高評価?

新海誠監督の同名アニメーションを実写化した『秒速5センチメートル』が、10月10日に公開されて以来、多くの人の心を掴んでいる。公開3週目の累計成績は観客動員102万人、興行収入14億円を突破(※興行通信社調べ)。作品の評価については「Filmarks(フィルマークス)」で5つ星中4.0、映画.comで5つ星中4.0、映画ランドで5つ星中4.0(10月31日時点)の高評価となっている。すでにアニメーションとして愛されている作品を実写映画で生まれ変わらせるケースは時として賛否が分かれるが、『秒速5センチメートル』は、なぜ成功したと言えるのだろうか。「映像」」と「キャストの演技」の二つを軸に、考察してみたい(※一部ネタバレあり)。(文:斉藤博昭)
東京の小学校で出会った貴樹と明里。しかし明里の引っ越しで彼らは離ればなれとなり、中学1年の時に貴樹は、明里の住む栃木の駅で、一度だけ彼女と再会を果たす。大人になった時に再び会う約束を交わした2人は、社会人として成長し、約束の日を迎える……というのが『秒速5センチメートル』の物語。
オリジナル版は63分という上映時間。小学生から駅での再会までの「桜花抄(おうかしょう)」、貴樹が種子島へ引っ越した高校時代の「コスモナウト」、そして貴樹が東京で社会人となった「秒速5センチメートル」の3パートに分かれていた。それに対して実写版の上映時間は2時間1分。およそ倍の長さになった。劇場公開の作品なので、この程度の長さは必要だったのだろう。そのため当然ながら、オリジナル版では描いていないエピソードを足すことが求められ、それが主に社会人のパートになっている。
実写版では、その社会人のパートに小学校から中学、および高校時代が“挿入”されるかたちで構成されており、それによって映画を観る人も、大人の貴樹、あるいは明里の立場になって自身の過去と向き合うという、より共感しやすい作りが試みられたと考えられる。
アニメーションを実写に移行するうえで最も重要なのが、いかに俳優がオリジナルのイメージ通りか、そして彼らがどのような演技をするのか、という点。社会人パートをメインにしたことで、その責任が一番大きかったのが、貴樹役の松村北斗(SixTONES)だ。すでに『すずめの戸締まり』(2022)で声の出演を果たしていた彼が、新海誠ワールドにしっくり馴染むことは予想できたはず。今回の貴樹役は、明里への長年の想いを引きずりながら、その想いと現在の自分の心との距離感に迷い、しかも現在の恋人との関係も微妙という、難しい表現が要求された。オリジナル版に比べると、この実写版は全体的にセリフが少なめ。わずかな表情の変化、身体の動かし方で貴樹の複雑な心模様を伝えるというチャレンジを、松村は見事にこなしたと言っていい。オリジナル版の社会人の貴樹は、なぜかポケットに手を入れている姿が多いが、松村は30歳に近い現実の大人と考慮し、あえて異なるポーズを意識したりしている。数々の映画賞でも評価された『夜明けのすべて』(2023・三宅唱監督)では、パニック障害を抱えた役を徹底的に繊細に演じ切り、その経験が今回も大きく役立ったのではないか。終盤近く、貴樹が感情を抑えきれなくなるシーンでの松村の演技は、生身の俳優だからこそのエモーションに溢れている。
そして実写版を観た多くの人たちが感銘を受けているのが、高校時代の貴樹と、同パートのもう一人の主人公といえる花苗を演じた、青木袖と森七菜だ。純粋な小学生時代と、人としての成長が確立された社会人時代。そんな貴樹の変化を“中間”で表現するというハードルを軽やかにクリアする青木の演技は、この実写版で最高の収穫かもしれない。素顔は似ていない青木と松村北斗だが、ふとした瞬間の青木の表情に松村が重なる。アニメーションではそのあたりの繋ぎを画のムードで伝えられるが、実写でここまでのシンクロニシティを感じられるのは奇跡的だ。一方の森は、演じた花苗がこの高校生パートのみということで、生き生きと、はじけるように役を体現しつつ、貴樹への叶わぬ恋心で観る者の心を締めつける。青木、森ともに俳優として明らかに上り調子にある「今」の勢いが、この実写版での瑞々しさに繋がった。そして小学生時代の2人の子役(上田悠斗、白山乃愛)も、こちらの予想を超えたナチュラルさでオリジナル版の魂を再現している。
実写版を手掛けた奥山由之監督は、シーンとシーンの切り替えでは自身の創意をこらし、作品として心地よい流れを作ることに徹しつつ、全体に優しいタッチの映像を追求することで新海作品のムードを壊さないようにした。そして最も驚くのは、オリジナル版とまったく同じ構図やアングルの“実景”が収められている点。新宿新都市の高層ビル街や小田急線の踏切は、アニメーションをそのまま実写に変換したのかと錯覚してしまうほど正確に再現。種子島の売店は、アイスクリームの名前が書かれたベンチまでオリジナル版そのものの映像が登場している。ここで改めて気づかされるのは、新海誠監督がいかに実際の風景をそのままアニメーション化したかという事実だ。『秒速5センチメートル』という作品は、物語自体も過去へのノスタルジックな想いが基本だが、今回の実写版は、このように要所の映像で18年前のアニメーション作品を“懐かしく”掘り起こし、改めて見直したくなるノスタルジーも喚起させる。そしてアニメと実写の相乗効果によって、作品の聖地巡礼への欲求が否応なく高まるはず。
その他にも、実写版で追加された要素が作品の魅力をさらに広げることに成功。構成によって必然的に多くなった社会人パートの明里のストーリーは、彼女の立場から現実の切なさを訴えるし(自動販売機の“2つ同時押し”をまだ続けているなど、心を引きずっている描写がいくつも!)、別の時代を繋ぐうえで、あるキャラクターに新たに追加された役割が、主人公2人のすれ違いのもどかしさを深めたりと、奥山監督の苦心があちこちに発見できる。オリジナル版は主題歌である山崎まさよしの「One more time, One more chance」が、まるで作品のために作られたかのようなぴったりな歌詞とメロディで感動を高めたので、当然、実写版でも流れるのだが、さらに米津玄師による新たな書き下ろしとなる主題歌「1991」によって、ダブルの“曲効果”を起こしているのもポイント。
このように、多くの要素で比較しながら、見終わった後に誰かと語り合い続けたくなる--。時間をかけて愛され続けたアニメーションが実写になる幸福感に、『秒速5センチメートル』は浸らせてくれる。


