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ゆりやんレトリィバァ、海外で大反響の初監督作は「極悪女王」で学び

ゆりやんレトリィバァ監督
ゆりやんレトリィバァ監督

 お笑い芸人として、常に予測不能な笑いを届けてきたゆりやんレトリィバァが、映画『禍禍女』(読み:まがまがおんな 2月6日公開)を引っ提げ“映画監督”という新たな領域へと足を踏み入れた。しかも、題材は自身の恋愛経験、ジャンルはホラーだという。一見すると突飛に思える組み合わせだが、世界各地の映画祭で熱狂をもって迎えられた。孤高のピン芸人はなぜ、多くの人間が関わる映画製作という「総合芸術」の海へ飛び込んだのか……? ゆりやん監督が思いを語った。

【動画】ゆりやんレトリィバァ、恋愛経験から生まれた監督デビュー作を語る

「恋愛」が「ホラー」に変わった瞬間

映画『禍禍女』より南沙良演じる主人公・早苗 (C) 2026 K2P

 一昨年のカンヌ国際映画祭で監督デビューを発表したゆりやんが世に送り出したのは、自身の経験を下地にした恋愛ホラー映画。世界30の国際映画祭に出品・ノミネートされると、イタリアの第8回モンスターズ・ファンタスティック映画祭で最優秀作品賞を、台湾の第62回台北金馬映画祭では日本人監督史上初のNETPAC賞を受賞するなど高い評価を受けている。さらに、ベルリン国際映画祭の開催期間中に行われるベルリン批評家週間にも選出されるなど、その衝撃の内容は世界中に広がっている。

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 朝の情報番組で「映画監督になる!」と宣言したゆりやんに、高橋大典(※高=はしごだか)プロデューサーが興味を持ったことで始まったプロジェクト。企画の卵は、誰もが抱く“恋愛”の話だった。「当時私は“恋愛体質”で、好きな人にフラれたりうまくいかなかったりする話を、常に高橋さんにしていました。“こういう人が好きで、こう言われて……”という恋バナをずっとしていたら、高橋さんが“それ、ホラーです”とおっしゃって。“ほっとけ!”と思いましたけど(笑)」

高石あかり(※高=はしごだか)、九条ジョー (C) 2026 K2P

 本人はあくまで悲恋として語ったエピソード。そこに恐怖の萌芽を見出されたことに、ゆりやんは戸惑った。「別に怖がらせるつもりはなく、自分がいかにその人を好きだったかという、普通の恋バナだったんです」

トラウマを次世代へ、『学校の怪談』の衝撃

 「ホラー映画」という方向性は、実はゆりやんの原体験と共鳴するものだった。「恐れ多いのですが、ホラーが一番好きなジャンルなんです。子供の頃から怖がりで、震えながらこたつに隠れて見るタイプでした。ホラー映画は見て体験できるし、見終わった後もずっとその体験が長引く感じがして。ホラーの映画監督は一番なりたかったものなんです」

 幼少期の脳裏には、今も鮮烈な恐怖の記憶がある。「『呪怨』や『リング』もそうですが、初めて映画館で見た実写が『学校の怪談』なんです。5歳ぐらいでしたが、大画面のお化けに“ああー”って隠れながら観ていた思い出があります」

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劇中でバチバチのアオイヤマダ、南沙良 (C) 2026 K2P

 かつて受け取った「忘れられない恐怖」を、今度は自分が届けるという使命感が原動力となった。「自分が子供の頃から忘れられない、大人になっても怖いというトラウマを、次世代の子供さんたちにずっと覚えてもらえるような作品になったらいいなというワクワクが大きかったです」

「極悪女王」の現場で“盗んだ”監督の流儀

 当初は“映画監督=スピルバーグ?”程度の認識だったが、主演を務めたNetflixドラマ「極悪女王」が転機となった。白石和彌監督や茂木克仁監督の仕事を間近で目撃し、現場は“修行の場”へと変わった。

 「初めて監督さんとご一緒した時、“なんと恐れ多いことを言ってしまったんだ”と畏怖しました。でもその中で“カッコいい”“ああやって撮るんだ”』と勝手に盗み見をして。撮影時も“白石監督ならこうおっしゃるはず”“茂木監督なら笑ってくれる”と、自分の中に下ろして挑むというのは大きかったです」

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 実は「極悪女王」の撮影中、すでに自身の監督デビューは決定していた。演者としてカメラの前に立ちながら、演出の「呼吸」を体に刻み込んでいたのだ。

 「“よーい、スタート!”の掛け声は白石監督譲りです。また、自分たちの演技に監督方がその場でリアクションしてくださるのが本当に楽しくて。今回、俳優さんたちへの演出も、あらゆる面でお二人の立ち振る舞いを参考にさせていただきました」

監督の時はメガネ&スーツ着用で!

 お笑い芸人であり、俳優としても主演を務め、そして映画監督としてもデビューしたゆりやん。ビートたけし松本人志ら、お笑い界の大御所と共通する部分も垣間見えるが「いやいや恐れ多いです……」と言いつつも、ビートたけしが映画監督のときは「北野武」とクレジットされるように、自身も映画監督のときには芸人とは違った側面を見せようと思っていたという。

 「実は監督の時は本名の『吉田有里』にしようとしたんです。でもやっぱり、北野武さんとか字面からしてカッコいいじゃないですか。『吉田有里』だと平凡すぎて……。なので、今後も『ゆりやん』で行きます(笑)。ただ監督のときは、眼鏡とスーツでビシッとしようと思っています」

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 孤独なピン芸人の世界から、多くの才能が交錯する総合芸術の世界へ。その刺激は新たな野心を芽生えさせている。

 「ピン芸人としては“自分はこれがいい”と頑固にやってきました。でも映画でいろいろな人のアイデアを紡いで作り上げるという作業を経験しました。すると今までマックスがこれだと思っていたところを、全然予想もできない高さに到達できた。本当に感動する瞬間でした。おこがましいのですが、もし皆さまが許してくださるのなら、これからもぜひ、ゆりやんレトリィバァ監督として、いろんな作品を作らせてもらえたら本当に嬉しいと思います」

 「スティーヴン・スピルバーグみたいな?」という漠然としたイメージから始まった監督人生だが、完成した映画は非常に戦略的かつ情熱的だ。自身の恋愛で傷ついた体験という「陰」の感情をエネルギーに変え、幼少期からのホラー愛という「知見」を注ぎ込み、「極悪女王」の現場で学んだ「技術」で形にする。ピン芸人として培った「個」の強さが、映画という「集団作業」の中で化学反応を起こし、爆発的なエネルギーを生み出した。「吉田有里」という本名を捨て、「ゆりやんレトリィバァ」として世界と対峙する覚悟を決めた本気は、じわじわと世界に広がっている。(取材・文・撮影:磯部正和)

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