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差別問題を描いた日本映画

今週のクローズアップ

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今週のクローズアップ 差別問題に挑んだ日本映画の監督

 人種差別を扱った『クラッシュ』(2004)『タイタンズを忘れない』、性同一性障害への差別問題を描いた『ボーイズ・ドント・クライ』などハリウッドでは差別問題を扱った映画が数多く製作されてきた。日本映画界でも、人々が目を背けてきた“差別”を敢然と描いた監督たちがいる。

独特の視点で在日コリアンへの差別を描いた大島渚

 昨年亡くなった巨匠・大島渚は、在日コリアンへの差別問題を長年にわたって提起してきた。その始まりとなったのが1963年に製作されたテレビドキュメンタリー「忘れられた皇軍」だ。先日再放送もされ大きな反響を呼んだ本作は、日本軍の兵士として徴兵され、手足を失うなどして帰還しながらも手当を一切もらえることなく困窮した生活を送っている在日コリアンの現実を真正面から捉えた。大島監督が作品の最後、「日本人たちよ、わたしたちはこれでいいのだろうか」と投げ掛けた言葉は観る者の胸に突き刺さる。

 本作が発表されてから約30年後の1992年に、元日本軍の在日韓国人二人が日本からの補償年金を求めて裁判の申し立てをしたが1994年に彼らの訴えは棄却。このときも裁判の傍聴をしていた大島監督はその結果に憤慨していたという。

 その後、大島監督は小松川事件を題材とした映画『絞死刑』(1968)で主人公である在日コリアンの青年死刑囚を通して民族差別問題を社会に提起している。社会への怒りや疑問を描き続けた大島監督の魂は、映画の中で今なお熱いエネルギーを放ち続けている。

 

故・大島渚監督が、若かりし頃

「「絞死刑」(1968) 監督:大島渚」
「「絞死刑」(1968) 監督:大島渚」
生涯を社会問題にささげた、巨匠・今井正

 映画『ひめゆりの塔』(1982)や『青い山脈』(1949)で知られる巨匠・今井正監督もまた、差別問題を臆することなく取り上げ、映画で表現した監督の一人。原爆症の少女をヒロインにした『純愛物語』、在日コリアンの漁師の目を通して日韓問題を描いた『あれが港の灯だ』など数々の社会派作品を製作して続けてきた。

 1959年に監督した映画『キクとイサム』では、実際に黒人と日本人との間に生まれた子役を起用して東北の田舎町でたくましく暮らすハーフの姉弟の姿をリアルに描き、人種差別問題を提示。作中では、いつも元気いっぱいの姉・キクが肌の色が違うことで周りから心ない言葉をぶつけられ、明るく振る舞いながらも深く傷ついてしまう、というシーンがある。今井監督は、純粋な子どもの心を通して時に凶器となる差別意識の重みを問うた。

 今井監督は、1969年から1970年に監督を務め、被差別部落をテーマにしたことで大きな話題を呼んだ映画『橋のない川』でも子どもたち同士の何げない言葉から深く傷つく少年の姿を通して差別の痛みを描いている。だが映画『キクとイサム』でも『橋のない川』でも希望の存在となるのが、傷ついた子どもたちを優しく、そして厳然とした態度で大人から守ろうとする祖母の姿だ。どちらの作品でも30代から老け役を演じてきた女優の北村谷栄が、心を突き刺すような熱演を見せている。

映画『キクとイサム』
映画『橋のない川第一部』
映画『橋のない川第二部』
DVD廉価版
3,800円(税抜)
発売:新日本映画社
販売:紀伊國屋書店

 

<映画『キクとイサム』より>

<映画『橋のない川』より>
<映画『橋のない川』より>
近代における「差別」を描く監督たち

 現代の日本映画はどうだろうか。2000年代には朝鮮学校の女学生と日本人学生との恋を井筒和幸監督が描いた映画『パッチギ!』や、窪塚洋介が在日コリアンの学生を演じた宮藤官九郎脚本、行定勲監督の映画『GO』などが数々の映画賞に輝くなど今なお続く在日コリアンへの差別を描いた作品が誕生している。

 大島監督の助監督として師事していた崔洋一は、放送禁止用語とされている差別用語をあえて映画全編に飛び交わせて、日本映画界に挑んだ。在日コリアンとフィリピン女性との恋をテーマにした映画『月はどっちに出ている』やビートたけしが在日韓国人の暴力的な父親を演じた『血と骨』、そして江戸時代の身分階級では最下層とされた身の上の忍者・カムイを主人公とした『カムイ外伝』、どの作品でも共通しているのは差別を受けながらもたくましく生き抜く人間の姿。差別されるだけではなく、そんな逆境を乗り越えるリアルな強さを描いた。

 
<映画『GO』の行定勲監督>
<崔洋一監督>
現代の差別をあぶりだす若手監督、飯田基晴

 「ホームレスは生きている価値がない」などという差別的な考えを持った若者たちによるホームレス襲撃事件が起きる現代。路上生活者の男性に3年間密着して撮り上げたドキュメンタリー『あしがらさん』で映像デビューを遂げた飯田基晴監督の存在も忘れてはならない。作中には差別的な表現も問題提起もないが、本作に登場する路上生活者・あしがらさんの後姿が映されたとき、無意識に路上生活者に差別的な目を向けていた自分に気付かされる人もいるのではないだろうか。

 飯田監督は昨年、東日本大震災で被災した障害者にフォーカスした映画『逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者』も発表。どちらの映画も低予算ながら、わたしたちが普段目を背けようとしている現実を突き付ける。見終わった時に多くのことを考えさせてくれる作品であることは、いまだに全国で上映会が行われていることからも容易に想像できるだろう。

 ネット社会の日本では、至るところに差別用語が飛び交っている現実がある。顔が見えない匿名性があるだけに、心ない言葉は差別される側の人間の心を残酷に傷つけている。身体障害者への差別、出自の差別、人種差別、職業差別……。差別をなくすことは容易ではないが、相手を知ろうとしたり、考えるだけで何かが変わっていくことは事実。冷たい現代だからこそ、昔も今も情熱を懸けて差別される者の痛みを描き出してきた監督たちの作品を改めて見直す必要があるのではないだろうか。

 
<映画『あしがらさん』より>
<映画『あしがらさん』より>
<映画『逃げ遅れる人々 東日本大震災と障害者』より>

構成・文:シネマトゥデイ編集部 森田真帆


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