胸アツ!80年代の女子プロレス界を描く「GLOW」シーズン1評

厳選!ハマる海外ドラマ

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GLOW

 人生でプロレスに一度も興味を持ったことはなくとも、1980年代のアメリカの女子プロレス界を舞台にしたNetflixのオリジナルシリーズ「GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング」を楽しめるのか? 答えはイエス! クリエイター陣も俳優陣もプロレスとはこれまで無縁だった人々だし、登場人物も初めて挑むわけだから視聴者と目線は同じ。何より、これは女子プロの世界を描いているが、夢に敗れた人々の再起の物語であり、男社会の中で自らのアイデンティティーを再確認しながら前進していく、時代を先取りした女性たちの物語なのだから。

 1980年代のアメリカと言えば、本作にもしばしば名前が登場するレーガン大統領による「強いアメリカ」がイケイケだった時代。シンセサイザーや肩パッド、超強力なヘアスプレーで立ち上げたボリューミーなヘアスタイルに蛍光色のネオンなど、文字通り光り輝いていた10年を象徴するカルチャーが劇中にはてんこ盛り。ハワード・ジョーンズ、ビリー・ジョエル等々、ヒットソングの挿入歌も効果的だし、ブライアン・デ・パルマから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで、映画ネタもわかりやすく散りばめられているのも楽しい。でも、本作で描かれるのは美化されたノスタルジーではなく、光の裏側にあるショボい現実だ。

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 物語はいたってシンプル。女優志望だがさっぱり目が出ないルースは、「型破りな女性」を求めるオーディションへ。実は、女子プロレスをテレビ番組として放映するという企画で、集まってきたのは女優の卵やモデル等々、冴えない素人ばかり。場を仕切るのは、“低俗の帝王”ことB級映画の監督サムで、お金のために引き受けた仕事だ。1985年のロサンゼルスを舞台に、さまざまな理由で人生崖っぷち、かつ風変わりで人種も背景もてんでばらばらな女性たちが、最低な監督のもとテレビ放映を目指して悪戦苦闘する。1986年~1990年に実際に放送されたテレビ番組「GLOW」と、舞台裏を追った2012年のドキュメンタリーから出発した企画だが、ほぼフィクションといっていい。

 主演格のルースは、ハリウッドの端っこで必死にしがみついて、なんとかスポットライトを浴びようとする女性。スウェーデンの劇作家アウグスト・ストリンドベリや、アメリカで最もリスペクトされている大女優の一人、キャサリン・ヘプバーン部屋にポスターが貼ってある)に憧れている。でも、そうした知識も高い志もさっぱり役に立たない。という以上に、冒頭のオーディションの場面でルースがわざと男性役のセリフを読んでみせるように、ルースが望むような女性の役自体がほとんどなく、ハリウッドがまだまだ男性社会であることとルースのくすぶる不満、そして作品の方向性を最初の5分できっちりと伝えている。

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 このルースと仲違いした長年の親友で、出産に伴い女優業に見切りをつけて自宅に引っ込むものの、サムに説得されて女子プロレスに参加するデビーが、ヒーローとヒールとしてコンビを組むことになる。ブルネットVS.ブロンド、仕事か家庭かといった対立構造もわかりやすいが、本作は文字通り“多様性”を体現する個性的なキャストのアンサンブルが見もの。

 例えば、インド系アメリカ人・アルシーのリングネームは“ベイルート”で、レバノン人のテロリストで爆弾魔という設定。カンボジア系アメリカ人のジェニーは、“フォーチュン・クッキー”という中国系のキャラだし、アフリカ系アメリカ人のタミーは“ウェルフェア・クイーン”(政府の社会福祉制度を悪用して多額の生活保護費や福祉給付金などを不正受給する)として、リングではフードスタンプ(アメリカの低所得者に向けた食料費補助制度)を振りかざす。いやもう、あからさま過ぎてKKK(!)が登場するあたりではヒヤヒヤしつつ、苦笑いしたり吹き出したり。今時の秀作ドラマに欠かせない社会風刺の描き方もまた、明白過ぎるほど明白なのだ。

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 このリング上のペルソナ(人格)は、世間がいかに見た目によって彼女たちを定型化しているかを端的に表している。一方で、彼女たちは改めて自らのルーツとアイデンティティーと向き合い、自分は一体何者なのかと自らに問いかける。実は、この問題に最もうまく対処できないのは、誰よりも知的で目的意識も高く、努力を惜しまないルースに他ならない。サムにヒールを言い渡され、納得できないながらも、四苦八苦しながら強いロシア語訛りで、資本主義や民主主義を罵り倒す“ゾーヤ・ザ・デストロイヤー”を作り上げていく過程は、ばかばかしくも泣けてくる。なんてみじめで、なんて滑稽で、どうしてこんなにも胸が熱くなるのだろうか!

 ステレオタイプの打破や人種・文化の多様性は、キャスティングにも如実だ。メインキャストには映画監督のマリアンナ・パルカや、英シンガーソングライターのケイト・ナッシュら女優業に本格参戦組も。また、ルース役のアリソン・ブリーは、かわい子ちゃんキャラからイメージを一新。典型的なブロンド美女を演じてきたデビー役のベティ・ギルピンは、セルフイメージを逆手に取って一躍注目を集めている。もちろん、数少ない男性キャラクターの存在も重要だ。特にコメディアンのマーク・マロンが演じるサム! 自分のことを天才と信じて疑わず、セクハラ発言も多いし無責任な男だが、ルースたちのメンター(指導者)となるサムのセリフは、なかなか振るっている。フェミニストってなんだろうなと改めて思ってみたり……。

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 技を習得していきながら、ルースはエゴを捨て去り、自分は相手が輝くための存在であることを受け入れていく。ヒールが罵声を浴びて、観客に憎まれれば憎まれるほど、ヒーロー=相棒デビーは際立つ。イコール、それはプロレスというショウの成功にほかならないのだが、誰もが思い切った技をかける際には、お互いを信用していなければ絶対にできない。だからチーム「GLOW」のメンバーには、最大限に自分の個性を発揮しながら、協調性と相手へのリスペクトが求められるのだ。これって、今の社会にすごく必要なことなんじゃないのかな。

 Netflixにおいて、1980年代の要素は「ストレンジャー・シングス 未知の世界」アンチヒロインのアンサンブルドラマ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」で成功する要素として証明済み。そういう意味ではマーケティングの勝利とも言えるが、クリエイターには「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」「Weeds ~ママの秘密」これも面白い!)、さらにはこちらも秀作「ナース・ジャッキー」などのリズ・フラハイヴとカーリー・メンチ、ジェンジ・コーハンら、それぞれに型破りなアンチヒロインを描いてきた女性の才能が集結。今のアメリカのテレビ業界の活況に、2000年代からめきめきと台頭して黄金期を迎えた彼女たちの存在は欠かせないのだ。

「GLOW:ゴージャス・レディ・オブ・レスリング」(原題:GLOW)
89点
コメディー ★★★☆☆
アクション ★★★☆☆
ロマンス ★★☆☆☆

視聴方法:Netflixでシーズン1(全10話)独占配信中

今祥枝(いま・さちえ)映画・海外ドラマライター。「BAILA(バイラ)」「日経エンタテインメント!」ほかで執筆。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。こぢんまりとした人間ドラマ&ミステリーが大好物。作品のセレクトは5点満点で3点以上が目安にしています。

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