性感染で尻尾が生える?R指定の壁と奇妙すぎるエフェクトが足かせに

幻に終わった傑作映画たち

幻に終わった傑作映画たち 連載第14回

デヴィッド・フィンチャーの『ブラック・ホール』

『ブラック・ホール』のフェイクポスター
Poster Designed by Rich Fox『ブラック・ホール』のフェイクポスター

 多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の第14回は、デヴィッド・フィンチャーが異色コミックの映画化に異常な執念を燃やす『ブラック・ホール』をお送りする。

BLACK HOLE

監督:デヴィッド・フィンチャー

想定公開年:2008年

製作国:アメリカ

ジャンル:ホラー

スタジオ:パラマウント

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映画向きではない?70年世代の若者にフォーカスした感染症の寓話

デヴィッド・フィンチャー
デヴィッド・フィンチャー監督 - Alberto E. Rodriguez / Getty Images

 1970年代に青春をおくる高校生たちが、謎の奇病にかかっていく。皮膚がはがれ、尻尾が生え、目玉が生え変わるなど、体に異変が起きる。そんな設定のチャールズ・バーンズによるコミック「ブラック・ホール」が、1995年にキッチン・シンクプレスより発行された。ベトナム戦争と冷戦が長引く虚無的な時代を背景に、デヴィッド・ボウイに心酔する70年世代の若者にフォーカスして、性的接触による感染症の寓話(ぐうわ)として描いたものだ。不気味な白黒のタッチ、憂いに満ちたトーン、夢と心理描写に重点を置いたプロットは、一見すると、映画向きとはいえない。それでもあえて、2006年、フィルムメーカーたちは映画化に挑戦した。

異色コミック「ブラック・ホール」
不気味な白黒のタッチ、憂いに満ちたトーンの異色コミック「ブラック・ホール」(チャールズ・バーンズ著) - Tony Bock / Toronto Star via Getty Images
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クリステン・スチュワートも望んだ「超エロくて生々しい」コミックの映像化

クリステン・スチュワート
『トワイライト~初恋~』でブレイクする直前のクリステン・スチュワート - Vera Anderson / WireImage / Getty Images

 最初に手をつけたのは、『ハイテンション』(2003)や『ピラニア3D』(2010)のフランス人監督アレクサンドル・アジャだ。『パルプ・フィクション』(1994)の共同脚本を務めたロジャー・エイヴァリーと、コミック界の巨匠ニール・ゲイマンがタッグを組んで、脚本化に取りかかった。エイヴァリー、ゲイマンのふたりは、当初ゲイマンの「サンドマン」の映画化を検討していた。アジャはCHUD.comのインタビューでこう語っている。

 「できる限り、原作のコミックに近づけようとしている……原作は素晴らしいの一語につきるよ。ティーンエイジャーとはどういうものか、きわめて正確にとらえた成功例だろうね。われわれはその精神を大事にして、思春期と、15、6歳の若者が自分をモンスターのように感じる気持ちを、ありのままに描こうとしている。製作費を抑えた脚本にできれば、原作同様にイッちまった映画を、こそこそっと撮らせてもらえると思う」

 だが、2008年の初めにアジャが抜けた。監督として「適任かどうか疑問」に思っていたチャールズ・バーンズは喜んだはずだ。次いで、パラマウント映画を後ろ盾にしたデヴィッド・フィンチャー監督が加わる。短い間だったが、相当いいところをついた噂がネットに出回った。『トワイライト~初恋~』(2008)でブレイク前のクリステン・スチュワートが主演するというものだ。実際、4年後のELLE誌のインタビューでスチュワートは、こう語っている。

 「この映画に出たい! 原作コミックは、グロくて超キモくて……超エロくて、欲望に触れるぐらい生々しいの」

ニール・ゲイマン
コミック界の巨匠ニール・ゲイマン - Ulf Andersen / Getty Images

 フィンチャーが参加して早々、問題が勃発する。監督と脚本家の間で不協和音が生じたのだ。ニール・ゲイマンはMTVのインタビューに、こう答えている。

 「デヴィッドは、草稿を何度も練り直し、10回は書き直すというんだ。ロジャーと僕に、そうする意向があるかと尋ねた。願い下げだね」

 ふたりは最終稿をフィンチャーに託す。「今後の展開を見守るよ。どうなるにしろ、原作に忠実になるよう願う」とゲイマンは語った。

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ひどく不気味な突然変異を起こしたティーンエイジャーのビジュアル

デヴィッド・フィンチャー
コミックの映画化に熱心に取り組んだデヴィッド・フィンチャー - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 フィンチャーがコミックの映画化に熱心なのは明らかだ。『ブラック・ホール』と『トルソー(原題) / Torso』に加え、アンソロジー映画『ヘビー・メタル』(SF/ファンタジーコミック原作、1981年に1作目が公開)および、エリック・パウエル著のダークな墓場泥棒シリーズ『ザ・グーン(原題) / The Goon』のプロデューサーとして、長年映画化を目指してきた。2011年の12月には、フィンチャーはSuperHeroHype (superherohype.com)で『ブラック・ホール』の映画化への希望的観測を述べている

 「ダンテ・ハーパーの脚本が素晴らしく、実現の可能性が見えてきた。相当変わってるよ。映画化できたらすごいことになる。難しいけどね。特殊メイクとデジタルエフェクトは製作費がかかるし、正しく作るには、正しくやらねばならない。人体の概念への挑戦となるからだ」

ソーシャル・ネットワーク
『ソーシャル・ネットワーク』でウィンクルボス兄弟を一人の役者に演じさせた - (C)Columbia Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 フィンチャーは『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)でブラッド・ピットを老けさせ、『ソーシャル・ネットワーク』(2010)のウィンクルボス兄弟を一人の役者に演じさせるなど画期的な視覚効果を実現させてきた。『ブラック・ホール』に出てくる突然変異を起こしたティーンエイジャーのビジュアルは、現実的かつひどく不気味なものになるはずだ。だがこの手のエフェクトは、フィンチャーも言うようにコストがかかる。さらにR指定となれば、観客層をずいぶん狭めることになり、その分、興行収入も減る。

ウォッチメン
成人向けコミックの映画化『ウォッチメン』 - Warner Bros. / Photofest / ゲッティ イメージズ

 加えて、フィンチャーが原作コミックのダークな性質を薄める可能性はまず考えられない。『ウォッチメン』(2009)や『キック・アス』(2010)といった成人向けコミックの映画化のパッとしない成績を目のあたりにしたメジャースタジオにとって、『ブラック・ホール』はリスキーで、食指が動く企画とは言えない。

 少なくとも、原作者チャールズ・バーンズはフィンチャーの施すだろう味付けに対してオープンだ。バーンズは2008年、 ShockTillYouDrop.com(現ComingSoon.net)にこう語っている。

 「映画化の承諾をしたときに、干渉もコントロールもしないと決めた。脚本を書いてみることもできただろう、もっと発言権を求めることだってできたはずだ。だから、僕が映画化に関わる可能性もあったと思う。でもどうだろう……ストーリー自体は映画に向いていると思うが、自分で、自分の考えをコントロールし続けようとするのはほぼ無理なんだ」

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パラマウント、ソニー・ピクチャーズとの確執を経てテレビ界へ

ベンジャミン・バトン 数奇な人
パラマウントとフィンチャーの仲をこじらせた原因の一つ『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

 コミックの映画化が、いまや大きなビジネスチャンスなのは否定しようがない事実だ。しかし、スーパーヒーローが出てこない、より難解で実験的な作品は、興行成績・批評ともに、成功が保証されているとは到底言い難い。『アベンジャーズ』(2012)や『ダークナイト』(2008)など億ドル単位の成功例の影で、『アメリカン・スプレンダー』(2003)や『スコット・ピルグリムVS. 邪悪な元カレ軍団』(2010)といった、控えめな興行収入しかあげられなかった作品がある。それを考えれば、『ブラック・ホール』のように変わった作品を、メジャースタジオで製作するのは常に難しいと言わざるを得ない。

 加えて、フィンチャーは当時契約していたパラマウントとの仲をこじらせてしまう。2007年、パラマウントのもとでフィンチャーが発表した傑作『ゾディアック』(2006)は、興行成績こそ振るわなかったものの、批評家受けはよかった。そのため、彼の株に傷はつかなかった。だが、パラマウントとの2本目の契約作品『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』では、監督とスタジオとの関係に緊張が生まれてしまう。ブラッド・ピット主演のこの作品の上映時間の短縮をスタジオが求めたことが原因と伝えられた。フィンチャーはこれを拒否。それに不満を覚えたパラマウントは、監督が長年暖めてきたグラフィックノベル「トルソー(原題) / Torso」の映像化の権利を更新しないことで報復する。上映時間167分の『ベンジャミン・バトン』は、アカデミー賞にこの年最多の13部門にノミネート、3部門受賞を果たした。だが興行成績はいまひとつ振るわず、命運のつきたフィンチャーはパラマウントを去り、ソニー・ピクチャーズへと活動の場を変える。『ブラック・ホール』の企画も流れた。

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『ブラック・ホール』映画化の実現の見込みはあるのか?

マインドハンター
評価の高い「マインドハンター」(2017) - (C)Netflix / Photofest / ゲッティ イメージズ

 動きのなかった『ブラック・ホール』に、光明を与えたのがルパート・サンダースだ。2010年、コミックを基にした短編を製作する。この短編について、サンダース監督は Den of Geek でこう説明している。

 「売り込み用の素材として、自己資金で短編を撮ったんだ。70年代のバンクーバーに住む10代の若者たちが、性感染による奇病にかかって突然変異し、女の子に尻尾が生えたり、男の子が皮やオタマジャクシに覆われたりする、ひねった、幻覚みたいなストーリーだよ……まだ映画化の可能性があるかって? わからないな。もうどこか別の手に渡ったんじゃないかな」

ドラゴン・タトゥーの女
ソニーとフィンチャーの確執が取りざたされた『ドラゴン・タトゥーの女』 - (C)Music Box Films / Photofest / ゲッティ イメージズ

 一方で、新天地ソニーとの関係も順風満帆とはいかなかった。『ソーシャル・ネットワーク』でデヴィッド・フィンチャーの株は上がったが、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)でソニーとの確執が取りざたされ、フィンチャーはテレビ界に転身した。ケヴィン・スペイシーを起用して、BBCドラマ「野望の階段」(1990)をNetflixでリメイクした「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(2013~)で成功を収め、同社オリジナル作品「マインドハンター」(2017)でも気を吐いている。

 フィンチャーに関して言えば、『ブラック・ホール』映画化の意志は固いと思われる。『ベンジャミン・バトン』のプロジェクトに長年情熱を注ぎ、ついに実現にこぎつけた実績もある。フィンチャーの実現していない企画のリストは実現したものと同じぐらい長いが、どれも再始動の可能性がないとは言えない。とはいえ、ダークなテーマが『ブラック・ホール』の見こみを狭めているのも事実だ。

Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝

「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より

次回はいよいよ最終回。更新は4月4日:ティム・バートンの『スーパーマン・リヴス』

 また、本連載は2018年12月1日に書籍にて発売となった“誰も観ることが出来ない幻映画50本を収めた”「幻に終わった傑作映画たち」(竹書房)の一部を再構成したものです。(B5変形判・並製・264頁・オールカラー 定価:本体3,000円+税)

書籍「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」の概要は以下の通りです。

幻に終わった傑作映画たち
「幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?」竹書房刊

偉大なる監督たちの“作られなかった傑作映画”たち……なぜそれらはスクリーンに辿り着くことができかなかったのか——巨匠たちの胸に迫る逸話の数々を、脚本の抜粋、ストーリーボード、セットでのスチルや残されたフッテージたちを添えて描き出す。さらに各作品には、定評あるデザイナーたちによって本書のために作られたオリジナル・ポスターも掲載。収録図版数400点以上。

お買い求めの際には、お近くの書店またはAmazonなどネット通販などをご利用ください。

竹書房公式サイト

【本書に掲載されている幻映画の一覧】

チャールズ・チャップリン監督『セントヘレナからの帰還』

サルヴァドール・ダリ&マルクス兄弟『馬の背中に乗るキリンサラダ』

セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督『メキシコ万歳』

エドガー・ライス・バローズ原作『火星のプリンセス THE ANIMATION』

名作『カサブランカ』続編『ブラザヴィル』

カール・テオドア・ドライヤー監督『イエス』

H・Gウェルズ×レイ・ハリーハウゼン『宇宙戦争

アルフレッド・ヒッチコック監督×オードリー・ヘプバーン『判事に保釈なし』

ジョージ・キューカー監督×マリリン・モンロー『女房は生きていた』

ロベール・ブレッソン監督『創世記』

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督『地獄』

フェデリコ・フェリーニ監督『G・マストルナの旅』

アルフレッド・ヒッチコック監督『カレイドスコープ』

スタンリー・キューブリック監督『ナポレオン』

オーソン・ウェルズ監督『ドン・キホーテ』

宮崎駿監督『長くつ下のピッピ』

ジェリー・ルイス監督・主演『道化師が泣いた日』

オーソン・ウェルズ監督×ジョン・ヒューストン主演『風の向こうへ』

マイケル・パウエル監督×シェークスピア原作『テンペスト

アレクサンドル・ホドロフスキー監督×フランク・ハーバート原作『デューン/砂の惑星

ショーン・コネリー主演、もうひとつの007『ウォーヘッド』

フィリップ・カウフマン監督、幻の映画版第1作『スタートレック プラネット・オブ・タイタンズ

セックス・ピストルズ主演×ラス・メイヤー監督『誰がバンビを殺したか?』

スティーヴン・スピルバーグ監督『ナイト・スカイズ』

ピーター・セラーズ主演『ピンク・パンサーの恋』

サム・ペキンパー監督『テキサス男』

ルイ・マル監督×ジョン・ベルーシ主演『マイアミの月』

リンゼイ・ナダーソン監督×チェーホフ原作『桜の園

オーソン・ウェルズ監督『ゆりかごは揺れる』

フランシス・フォード・コッポラ監督『メガロポリス』

D・M・トマス原作『ホワイト・ホテル』

セルジオ・レオーネ監督『レニングラードの900日』

デヴィッド・リンチ監督『ロニー・ロケット』

デヴィッド・リーン監督『ノストローモ』

テリー・ギリアム監督『不完全な探偵』

スタンリー・キューブリック『アーリアン・ペーパー』

アーノルド・シュワルツェネッガー主演×ポール・ヴァーホーヴェン監督『十字軍』

リドリー・スコット監督『ホット・ゾーン』

ケヴィン・スミス脚本『スーパーマン・リヴス』

ダーレン・アロノフスキー監督『バットマン:イヤー・ワン』

第二次世界大戦の悲劇『キャプテン・アンド・ザ・シャーク』

コーエン兄弟『白の海へ』

ニール・ブロムカンプ監督『HALO』

ウォン・カーウァイ監督×ニコール・キッドマン主演『上海から来た女』

マイケル・マン監督『炎の門』

リドリー・スコット×ラッセル・クロウ主演『グラディエーター2』

ジェームズ・エルロイ原作×ジョー・カーナハン監督×ジョージ・クルーニー主演『ホワイト・ジャズ』

デヴィッド・フィンチャー監督『ブラックホール』

スティーヴン・スピルバーグ監督×アーロン・ソーキン脚本『シカゴ・セブン裁判』

ジョニー・デップ主演・製作総指揮『シャンタラム』

デヴィッド・O・ラッセル監督『ネイルド』

ジェリー・ブラッカイマー製作『ジェミニマン』

チャーリー・カウフマン監督・脚本『フランク・オア・フランシス

トニー・スコット監督『ポツダム広場』

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