ファッションから紐解く2つの世界『COLD WAR あの歌、2つの心』

コラム

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ヨアンナ・クーリグ、トマシュ・コット

 ソウルメイトは存在するのかーー。愛はすべてを超越するのかーー。誰もが一度はその答えを探したことがあるのでは? 映画『COLD WAR あの歌、2つの心』はそんな普遍的な疑問を美しいモノクロ映像と音楽で問いかける傑作です。衣装デザイナーであるオーラ・スタシュコ氏は、本作が映し出す東と西の2つの世界を衣装で見事に表現し、2019年度のポーランドアカデミー賞の衣装部門でノミネート。彼女にインタビューを行った内容をもとに、ファッションが映し出す2つの世界を考察してみましょう。(取材・文:此花さくや)

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映画『COLD WAR あの歌、2つの心』

 タイトル「COLD WAR」は“冷戦”という意味で、その名のとおり、1950年代に世界を二分した“鉄のカーテン”をくぐり、愛と自由を求めてヨーロッパの東側と西側を行き来する2人の男女を描いた壮大なラブストーリー。

 『イーダ』で2015年度アカデミー賞外国語映画賞を受賞したパヴェウ・パヴリコフスキが監督を務めた本作は、2018年度の第71回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、第91回アカデミー賞では3部門にノミネートされました。

パヴェウ・パヴリコフスキ、クリステン・スチュワート、アブデラマン・シサコ
第71回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した際のパヴェウ・パヴリコフスキ監督 - Pascal Le Segretain / Getty Images

アイデンティティのメタファー【民族衣装】 東の世界/ポーランド

ヨアンナ・クーリグ、ほか

 1949年、共産主義政権下のポーランドは、全国各地から歌とダンスの才能がある少年少女を集めて、各地方の民族音楽を披露する国立のマズレク舞踊団を立ち上げました。舞踊団の養成所で訓練をつむズーラ(ヨアンナ・クーリグ)はその美貌、才能と人を食ったような性格で一際目立つ問題児。そんな彼女に惹かれていくピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)。いつしか2人は愛し合うようになり、ズーラは抜きん出た実力で団員に選ばれます。

 劇中のマズレク舞踊団のモデルとなったのは実在の国立民族舞踊団「マゾフシェ」。戦後から現在もポーランドの民謡を継承し続ける舞踊団で、今回の映画化にあたり、パフォーマンスから衣装まで全面的に協力をしてくれたのだそう。衣装デザイナーのスタシュコ氏は、マゾフシェが1950年代に使用した海外遠征用の衣装を忠実に再現し、モノクロ画面に映えるような色に変えたのだとか。

ヨアンナ・クーリグ

 モノクロ画面からでもその豪華さがにじみでる刺繍に飾られたベスト、ブラウス、ベルトやフレアスカートと、幾重にも巻かれたビーズネックレス。体を動かすたびに揺れる髪飾り、広がるスカートやビーズのネックレスは軽やかで自由で“民族の誇り”を高らかに謳い上げます。

 なんでも、マゾフシェの団員がひとつの舞台で着替えるのは、多いときで12回! これらすべて、ポーランド各地方の民族衣装なのだとか。

 なぜ、ポーランド人にとって民族音楽や舞踊を継承するのは大切なのかーー。そこには、ポーランドの悲しい歴史に理由が。18世紀にはロシア帝国、プロイセン王国とオーストリアの3強国が、第二次世界大戦中にはナチス・ドイツとソ連がポーランドを分割し、かつては地図から抹消された歴史があることから、民族的アイデンティティを保つことはポーランド人にとって非常に重要なのです。(※1)劇中に登場する民族衣装はポーランド人としてのアイデンティティのメタファーだと言えるでしょう。  

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音楽的自由のメタファー【ニュー・ルック】 西の世界/パリ

ヨアンナ・クーリグ、トマシュ・コット

 1952年、西側の自由な音楽、ジャズに魅了されるヴィクトルは東ベルリンの公演の後、ズーラと一緒にフランスに亡命しようとしますが、待ち合わせ場所に姿を現わさなかった彼女。その後数年にわたり、2人は魂が惹かれあうかのように何度か再会しますが、一緒になることはなく、1957年、ついにズーラはヴィクトルとパリで暮らすことを決意します。

 このとき、西側の自由なジャズを弾きたくて亡命したヴィクトルは皮肉にも音楽的に満足していませんでした。なぜなら、彼が生活の糧に演奏していた音楽はジャズではなく、ホラー映画用に作る“クラシック音楽”だったから。映画のシーンに的確な旋律を入れ込んでいくという作業は、彼が望んだ自由な創造性からはかけ離れていたのです。

 そして、音楽的ミューズでもあり、最愛の恋人でもあるズーラと再会し、彼女をジャズシンガーとしてプロデビューさせることで、自分の夢を叶えようとするヴィクトル。当時一世風靡していたクリスチャン・ディオールのフェミニンでセクシーな“ニュー・ルック”の影響が見られるブラックドレスをズーラに着せ、音楽界の大御所に「気に入られるように」振舞うよう彼女に強います。パリのジャズクラブで歌い、パーティーに明け暮れていたズーラは次第に自分の居場所がないことに気づき、ポーランドへひとり帰ることに……。

ヨアンナ・クーリグ

 1950年代に大流行した“ニュー・ルック”は、第二次世界大戦中の動きやすく機能的で地味な女性の衣装を華美なものへと一新させることによって、不況にあえぐヨーロッパの女性に“未来への夢と希望”を与えました。作中、ズーラが着ているV字ネックラインのブラックドレスとパールネックレスのコーデは、この頃大人気だったグレース・ケリーのアイコニックなスタイルとして大流行中。

 しかし、西側の“夢”を象徴する“ニュー・ルック”の下には、コルセットが女性の身体を締め付けていました。事実、スタシュコ氏は若々しくフェミニンな体形を強調するために、コルセットをズーラに装着させていたそう。

 第二次世界大戦前には廃れていたコルセットは、戦争から男性が帰還した直後に“ニュー・ルック”というファッションの名のもとに復活し、戦時中は社会進出していたのにも関わらず、女性は再び“女らしさ”というジェンダーにコルセットとともに閉じ込められるようになったのです。西側の夢と希望のシンボルである“ニュー・ルック”の外面の派手さと内面の窮屈さのギャップは、ズーラやヴィクトルが陥った“音楽的理想と現実の格差”に重なることから、“ニュー・ルック”は音楽的自由を指しているようにも思えます。

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2つの世界でも幸せになれないズーラとヴィクトル

 自由の街、パリへ移住してもズーラが幸福になれなかった理由ーー。それは、彼女が恋人の夢を叶えるために、窮屈でセクシーなドレスを纏い、自分のセクシュアリティを切り売りしなければいけなかったから。その上、パリでジャズを歌うことは、自分の民族的アイデンティティを失うことでもありました。

 世界を“鉄のカーテン”で東側と西側に分断した“COLD WAR(冷戦)”。ズーラとヴィクトルはお互いを求めて2つの世界を行き来しますが、どちらへ行っても、自分の一部ーー民族アイデンティティや音楽的自由ーーが欠落してしまい幸せになれません。それでも、どうしようもなく惹かれあう彼らが最後に行き着く先はーー。人によって観方が異なるであろうラストシーンは、パヴェウ・パヴリコフスキ監督から私たちへの、こんな問いかけなのではないでしょうか?

 「結局、大きな疑問は、永遠に続く愛の可能性はあるのか? 愛は人生を、歴史を、この世界を超越することができるのか? ということだ」(※1)

映画『COLD WAR あの歌、2つの心』はヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開中

【参考】
※1…『COLD WAR あの歌、2つの心』プレス資料
※2…Mazowsze公式サイト

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